新宿の影②


獅子喰が言うには、歳三はどうやら協会の武闘派の中では崇敬の念を集めているとの事だった。武闘派というのは要するに、様々な問題を力尽くで解決してしまえばいいのではないかという合理的な派閥を言う。


協会は協会で色々問題を抱えているのだ。

例えば外部団体…それもお行儀が良い団体ではなく、非合法な手段を平気で使う団体への対処などだ。例えば昨今粗悪な薬物が低質な探索者達の間で出回っているが、これもそういった外部団体の仕業と目されている。


ちなみにこういった非合法団体を協会ではレッドチームと呼んでいる。そういう外部団体は一本どっこでやっている所もあるが、大抵は黒幕がいる。黒幕は悪徳政治家だったり、暴力団だったり、もしくは…



「所謂、香港四合会ですね。歳三さんも既にご存じだと思いますが、四合会に連なる組織の "15K" を始め、いくつかの武闘派組織が国内に入り込んでいます」


何を言ってるのだかさっぱりわからない獅子喰の言葉に、歳三はもっともらしく頷…こうとしてやめた。

その場凌ぎの誤魔化しなど、いつかメッキが剥がれると思ったのだ。


この時歳三の脳裏を過日の記憶が過ぎる。

それは中学生時代の同級生、望月君との会話であった。

あれは、そう。

放課後、夕日が差し込む教室での事…。


§


『いいかい、佐古君。嘘というのはね、覚悟してつきなさい。なぜならば、嘘とはいうのは厄介でね、一つの嘘が多数の嘘を呼び込むんだ。最初の内はまだいいさ。でもいずれ捻じ曲げてきた現実と、今確かに其処に在る現実との整合性が取れなくなってくる。…でも人はね、都合の良い事しか見たくないし、聞きたくない生き物なんだ。質問だ、佐古君。で、あるなら、嘘つきっていうのは最後にはどんな風になると思う?』


歳三は何も答える事ができなかった。

それは歳三の中坊オツムではいまいち望月の言っている事が理解できなかった事もあるのだが、全身からなにやらただならぬ気配を発している望月が怖かったからだ。


そんな歳三に、望月は薄く笑みをなげかけながら懐からコンパクトミラーを取り出した。漆塗りの、物の価値を知らぬ歳三でも高級品だと分かる逸品であった。


望月はその鏡を開き、歳三の方を向けて机に置いた。

次の瞬間、望月の拳が鏡に叩きつけられる。


『こうなるんだッ!』


鏡が割れる音。

歳三は唖然とした。

粉々になった鏡、傷ついた望月の手、差し込む夕日がまるで血の色にすら思えたあの日の放課後。


望月はその日を境に、翌日から学校に来なくなった。

父親と母親を殺したのだ、という噂が流れたがそれは果たして本当か、どうか。


§


「俺は、何も知らない。…知らないんだ」


歳三が獅子喰の目を見ながら言う。

そう、歳三は何も知らない。

四合会とかいうのも知らないし、武闘派組織が国内に入り込んでいるという事も知らない。

だから根が見栄坊に出来ている歳三だが、恥を忍んで無知を告白したのだ。自身の無知を晒す事は勇気が必要だ。


そして勇気を発揮した歳三はある種の雰囲気を纏う。

それは他者を寄せ付けぬ威圧感というか、強者の雰囲気というか、そういうものだ。この気配にあてられてしまうと、仮に事前情報として歳三のメンタルがムシケラだと知ってはしても、"いや、あるいは" だとか "もしや、擬態?" などと勘違いしてしまう。


「…歳三さんは知らない。なる、ほど…」


そんな歳三の答えを聞いた獅子喰はなにやら思う所があるようで、歳三を観察するような視線を向ける。


──知らない筈がない。彼は金城の子飼いの探索者の筈だ。協会きっての人狩りマンハンターが、何の意図もなく乙級探索者と、それも池袋本部の最大戦力の一角と交流を密にするか?…恐らくは密命を帯びているに違いない。まてよ、するとあの情報はガセではなく本当だというのか?こんな極東の島国に、“奴”が…?目的はなんだ?…決まってる!会合の襲撃だッ…読めてきたぞ!要人暗殺計画の為に、奴は既に国内に潜伏している…そして木を隠すには森。奴は既に新宿にいるという事か!つまり歳三さんは、相手の大駒を叩き潰す為に金城が送り込んだ…刺客! 金城の親父も思い切ったものだ。まさか "グランドマスター" を切ってくるとは。それだけ奴が危険な殺し屋だという事か


獅子喰が言う所の "会合" 。

それは探索者協会の会長と複数の政治家、そして "桜花征機" の社長が参加する秘密会合である。


会合の内容はカジュアルに言ってしまうと、ダンジョンを活用して、人権を大分侵害する感じのちょっとダーティな実験をしようというものだ。


人権侵害されるのは犯罪者の類だが、勿論犯罪にだって人権はある。しかし、ダンジョン時代の次は必ず人と人が争う時代が訪れる。その時代に可能な限り備えるというのは、国体の護持という観点でも政府の責務だと言えるだろう。


そんなダーティな実験についての会合だが、当然というか案の定というか、漏れてしまっていた。結句、某国は子飼いの四合会を使って探りと潰しの人員を送ったという訳だった。


「わかりました。歳三さんは何も知らない」


獅子喰がそういうと、歳三はウンと頷いた。

ところで、と歳三がカタログを見せる。


「初心者向きの銃が知りたいんだが…あそこの受付の子は、ほら、ちょっと話しづらくて…」


獅子喰はちらとチンピラ・ガールを見遣った。


──流石だな。彼女は新宿支部の諜報部所属だ。諜報畑の連中は特殊なPSI能力を持っている事が多い。余計な事を読まれるのを嫌ったんだろう。ただの協会職員と接触を避ける理由がない。恐らく何らかの直感でPSI能力を察知したのだろう


「ええ、いいですよ。そうですね…歳三さんにとってはどれも玩具同然だとは思うのですが、敢えてお勧めするならばこの…」



獅子喰 恂、男性。

33歳、独身。

ダンジョン探索者協会新宿支部、特務対外対策部所属。

丙級探索者相当の探索を積んでいる。

かっこいいし、強い。

でも思い込みがちょっと激しい。



射撃場でバンバンバンバンバン撃ちまくった歳三は、結局銃は駄目だなと消沈して帰路についた。

なぜなら、分かってしまったからだ。

銃が如何に残酷で、その残酷さは自身とは相容れないであろうという事を。


探索者用の銃は確かに普通の銃よりはるかに強力だ。

しかし、歳三がこれまで赴いた事のある乙級指定ダンジョンのいかなるモンスターを相手にしたとしても、少なくとも今日触れた全ての銃は無力だろう。


──殴った方が早いじゃねえか…少なくともよ、俺には銃で嬲り殺すなんて真似はしたくない…あんなのを使ったら、きっとモンスターさんたちは苦しむだろうよ。目玉とか柔らかい部分を撃たないとダメージは与えられないだろうが、そんな事をして無駄に苦しめるなんてとんでもねぇ話だ。俺はそういうのはだめだ。確かにモンスターは敵だ、でもよ、敵だからこそガチンコでよ、本気で当たってきてくれてありがとうって殺るんだよ


そこでふと違和感に気付いた。

あれ?と周囲を見渡す。

人一人いない。

空はまだ明るく、午後に差し掛かったあたりだ。


──なんだ、なんかダンジョンみたいな感じだなぁ。この辺にダンジョンがあるなんて聞いたこともないが…


懐をまさぐって端末を取り出す。

Stermのマップ機能を使おうと考えたのだ。

これにはやや方向音痴のケもある歳三も何度も何度も世話になっていた。


次の瞬間、歳三の頭が激しく右へと吹き飛ばされるようにかしぐ。

狙撃だった。

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