その頃の "桜花征機"
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技術戦略部門副部長、佐々波 清四郎のオフィスは"桜花征機"本社の17階に位置している。この階は技術戦略部門が主に占めており、彼のオフィスもその一角にある。
内装はどちらかというと清四郎のバランス感覚の様なものが色濃くでていた。仕事だけに寄らず、趣味だけにも寄らず。これには清四郎の多面的な性格が反映されている。
壁には高度な技術設計図と、彼の好きな古典的な日本画が飾られている。デスクには最新のコンピュータと古風な万年筆が並び、書棚には戦略に関する専門書が多く、その隣には歴史や文学に関する書籍も見受けられる。
整理が出来ないだけでは?と言われればそれまでかもしれないが、清四郎としては一応の意図があってこのようなレイアウトにしているのだ。
仕事だけが人生じゃない、もっと人生を楽しみたい…という思いが彼にはあり、その思いが募って自分の体も大分弄っている。仕事は忙しいが、忙しくなった分余暇を思い切り楽しみたい、その為には健康で強靭な肉体が不可欠である…と考えたからだ。
清四郎も良い年だが、その肉体は健康そのものだ。規則正しい生活も健康には大きく寄与するが、ガタがきた部分を取り換えてしまえば規則正しくなくとも健康でいられる。 それが生物として正しいかどうかは清四郎にもわからないが、その辺は深く考えない様にしているのであった。
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オフィスの椅子に深く座り込み、目の前のモニターに映し出されたデータに目を通していた清四郎は、一通りのデータを読み込んだあと眉間を揉みしだく。
──昨晩から詰めっぱなしは流石に堪えるな
そんな事を思いながら、清四郎はデスクの隅を二度ほど指で叩く。これはマウスジェスチャーの様なもので、とある機能を起動するための動作となっている。
それから3、4分も経った頃であろうか。
一体の黒いロボットがオフィスまでやってきた。
脚部は
ワーカーは清四郎のデスクに珈琲を置き、去っていった。
データの内容は"鉄騎"と"鉄衛"のHI-TUNED(高次調整)についてのものだ。彼はその内容に満足の表情を浮かべた。
"鉄騎"は近接戦闘に特化している。その設計ポリシーは一貫しており、最新の調整でもその方向性は崩れていない。一方で、"鉄衛"は戦闘を含むあらゆる探索行動の補助を目的としている。その多機能性は、今回の調整でさらに高まった。
清四郎は特に歳三の戦闘データに注目していた。
歳三は"桜花征機"に多額の借金をしているが、その戦闘能力は非常に高く、今後の"桜花征機"の飛躍に大いに貢献すると彼は確信していた。
なにせちょっと頼めばどかどか危険な依頼を受けてくれるのだから。
"桜花征機" が求める戦闘データはよりダイナミックでアグレッシブでデンジャラスなものである。他の探索者の様に安全策に安全策を重ねるようなスタイルではちょっと都合が悪いのだ。
何も考えずに徒手空拳で突っ込んでくれるような探索者こそが "桜花征機" にとって望ましい人財である。勿論その分報酬も弾んでいるので歳三としても文句はないはずだ、と "桜花征機" サイドは考えている。
──よし。どんどん予算を消化しよう。佐古さんも彼ら2機が強く、かっこいいものになれば文句はないだろう。そして掛かった金は借金に加算する。これは仕方ない事だ、良いものには金がかかるものだから
借金がある限り、歳三は"桜花征機"側の立場にいさせることができる。ゆえに "桜花征機" 借金を完済させまいとしている。
清四郎は"桜花征機"の「技術戦略部門副部長」という肩書きを持っている。一見するとただの中間管理職に見えるかもしれないが、彼の役割は非常に多岐にわたる。部門長の指示のもとで新技術の研究開発から、それが実際の戦場…主にダンジョンでどのように活用されるかまでを見据えている。
歳三の戦闘データを参考にした"鉄騎"と"鉄衛"の調整は現在の彼に任された一大プロジェクトであった。仮に甲級相当の戦術人形を大量生産する事ができれば "桜花征機" はまさしくこの世の春を享受できるであろう。
「…とはいえ、どこまで参考になるか、だな」
清四郎は嘆息する。データを参照しているのは蒲田西口商店街ダンジョンと新宿歌舞伎町Mダンジョン、大磯海水浴場ダンジョンおよび秋葉原のダンジョンだが、そのどの戦闘データもなんだか現実味がないというか、まるでゲームか漫画の登場人物を現実世界に引っこ抜いてきたかのような感じなのだ。
「佐古さんもモンスターだったりして。噂では聞いた事がある。探索者という存在は生物としての階梯を昇るにつれ、人ではなくなっていく…と」
それはうすら寒い考えではあったが、あながち間違いでもないだろうなと清四郎は思う。
──人間が人間らしい精神、外見であるのは、内面、外面が生物としての人間の範疇に収まっているからだ。そこから外れれば、人間ではないモノに変容する事は当たり前の話だ
例えるならば、たき火。
それだけならばネガティブなイメージで語られる事はないだろう。
しかし、その火を家屋に、あるいは山などに移したらどうだろうか。途端に恐ろしいものへと変わってしまわないだろうか。
「火が、大きく大きく燃え盛り。いつかは人間という種全体がいまとは別のモノになる時代が来るのかなァ、いいなァ。おっかない事だが、僕ァ歓迎したいね…」
清四郎はにたりと嗤って、再び端末のデータに視線を移した。
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近況ノートにしょうもなおじさん1022画像更新アリます
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