旭真祭⑨~歳三、行く~

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 旭ドウムのダンジョン化現象。


 これは外から見ても一目瞭然だ。ドウム全体が蠢くように、黒と赤が交錯する靄を放出し、不気味な赤黒いオーロラが上空で煌めいている。更に、そのドウム自体が、何か生物的な灰色の脳みそのように変貌していたのだ。


 外部からの変容がこれほどまでに顕著であることは稀で、そのために関係各所に与えた衝撃は計り知れない。


 これに対して探索者協会は迅速に反応した。ダンジョン化が確認されるやいなや、協会は周囲数キロにわたる規制線を敷き、機動隊も旭ドウムを取り囲むほどの大規模な動員を見せた。


 一方、マスコミ各社もこの異常現象に対し、猛スピードで報道を繰り広げていた。テレビのニュース番組では、旭ドウムから噴出する赤黒い靄と、上空で舞う不吉なオーロラめいた光の帯の映像が、まるで映画の一シーンのように画面を埋め尽くしている。


 オンラインニュースサイトでは、状況がリアルタイムで更新され、動画や写真、目撃者の生々しい証言が掲載されている。SNS上ではダンジョン化現象に対する反応が溢れ、探索者協会や機動隊の動員についての詳細なレポートも織り交ぜられていた。


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「おっさんはまだ寝てるのか?」


 陽キャこと、剣 雄馬つるぎ ゆうまが呆れた様に言った。元はと言えば歳三に大量の酔い止めをぶち込んだのは彼なので、この自身の所業を忘れた様な言に陰キャこと毛利もうり 真珠郎しんじゅろうとスポーツ女こと音斑 響おとむら ひびきらは非難の視線を向ける。


 だが、だからといって歳三を起こすというのはちょっと怖いという思いも禁じ得ない。


「君が起こしなよ」


 陰キャが言うと、陽キャはまるでリップを塗った後のように唇をンパンパとモニョらせる。やがて、分かったよ、と小声で呟き、歳三の肩を2度、3度と叩いて囁いた。


「おーい、おっさん…ついたぜ。朝だ、起きろ~……。駄目みたいだな、すっかり眠っちまってるよ。…いや、そんな目で見るなよ。お前らだって佐古のおっさんが起きた時、滅茶苦茶機嫌悪かったりしたら嫌だろ?暴れるタイプかもしれないじゃん。俺がそうだからさぁ」


 陽キャがゴチャゴチャと言い訳していると、歳三のズボンのポケットから端末の呼び出し音がなる。ただの呼び出し音ではなく、緊急サイレンを思わせる神経を削る音が鳴り響いた。


「はいっ、もうしわけぇっ…」


 その音で歳三は飛び起きる。


 ぺこぺこと空中に頭を下げ、ぎょろぎょろと周囲を見渡す様子はいかにも小物で、どうしようもなくしょっぱかった。


「え、ええ…?ああ、ドウム?はぁ…何だかもうついているみたいで…いや、いつの間にか寝ちゃってて…はあ、疲れ?う~ん、俺も年ですからねぇ、ちょっと動くと駄目なのかもわかりませんねぇ…。ああ…そうなんですね、じゃあ取り合えず向かってみますよ。それで難易度は…はあ、わからない、と。よござんしょ、とにかく現場に行きます。ええ、ええ…」


 端末を切るなり、歳三はディスプレイを無言で凝視する。


 そこには歳三宛てに緊急依頼の通達が届いていた。


「救出、依頼か」


 歳三は呟き、車を降りてドウムを見遣る。ダンジョンが形成されるにあたって、巻き込まれた一般人を救出せよという依頼だが、歳三の中の冷徹な探索者としての側面は"まともな"生存者など果たしているのだろうか、と懐疑的であった。


 だが上から言われればやるだけはやるのが歳三という男だ。果たして何人救出できるかは分からないし、もしかしたら0という事もあり得るが、既に行く気になっている。


 それに同行者たちの目も歳三には気になっていた。探索者としては初見の高難易度ダンジョンなどにろくに準備もせずに踏み込むなど、自殺志願でしかないのだが、ここで芋を引けば自分がどう見られるのか。歳三はそれが気になって仕方ない。


「おっさんだけ…みたいだな。どういうことだ?新しいダンジョンっていうのはまず協会の職員が先に踏み込んで危険度を調査するんじゃないのか」


 陽キャが首をかしげながら言った。


「たしかにそうですよ。佐古さん、どう見てもまともなダンジョンじゃないし、断ってもいいんじゃ…」


 スポーツ女も心配そうな様子で言う。


 陰キャも気づかわし気な視線を歳三へと向けていた。


 そんな皆の様子に、歳三はどうにも嬉しくなってしまう。これでいて根が承認欲求乞食に出来ている所の歳三であるので、どうにも"酔い"やすい部分があるのは否めない。


 大丈夫だ、心配してくれてありがとう、だが俺にはやるべき事、やらねばならない事がある。それはそれとして、もっと心配してくれ


 その様な思いがむらむらと胸の裡に湧き上がり、歳三の暴力的までの身体性能を支える仮想筋肉の筋量が増大した。そもそもが、社会に居場所を作ろうという思いから探索者稼業を始めた歳三だ。承認欲求こそが歳三の力の源泉である。自身を必要とする声が歳三に力を与えるのだ。


 大丈夫だ、と一言告げ、歳三は変容した旭ドウムへと歩を進めていく。


「おい、待てよおっさん!行くなら俺もいくぜ!」


 陽キャがそんな事を言うが、陰キャとスポーツ女は乗り気ではない…どころか、全くその気がない。ダンジョンに挑むなら挑むなりの準備が必要だし、身の丈に合った難易度というものもある。変容型のダンジョンというのは、丙級探索者である彼らには荷が勝ちすぎている。


 だからといって乙級探索者であるなら準備なく高難易度ダンジョンと思われる場所に突っ込んでいけなどと言う依頼が許されるのかといえば、これもまたNOである。今回のこの依頼、歳三だからこそ任されたという部分が多々あった。


 だが、陽キャは歳三の背を追って小走りに駆け出した。ついていくつもりなのだ。こんなものは首吊りや飛び降り自殺と比べると、多少は消極的かなという程度で、言ってしまえば広義の意味での自殺行為なのだが、陽キャこと剣 雄馬はこの様にしてノリで生きぬいてきた。


 それを見て、陰キャとスポーツ女は顔を見合わせる。


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