魔胎①
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旭ドウムへの入口には数名の協会職員が立っていたが、歳三がStermを見せると神妙な表情で一歩横へずれた。
しかし歳三(と陽キャ)がドウムへ入場しようとすると、職員の一人が口を開いた。
「先程、外部調査部から連絡がありまして、明朝から初期調査侵入を行う様です。依頼は確認させていただきましたが、内部の様子が分かってからでもいいのでは?」
職員の言葉に歳三はかぶりを振る。
今の彼は心身が使命感で満たされているのだ。
親方日の丸である協会からの直々の依頼、それは権威やらなにやらにクソ弱い歳三の小市民的承認欲求ソウルを佳く佳く満たしてくれるものであった。
「行きます。仕事だからね」
歳三はそれだけ言い残して前を向く。
そして、後からついてくる陽キャを顧みることもなく旭ドウムの入場ゲートをくぐっていった。
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おいおいなんだかかっこいいんじゃないのか、このおっさん!
陽キャこと
乙級にふさわしい、あるいはそれ以上かと思われる戦闘能力がある事は既に分かってはいたものの、歳三特有の異様なまでのうだつのあがらなさのせいで、陽キャの中では"なんかちょっと…まぁおっさん"といった評価であった歳三だが、ここで評価が上方修正される。
率直に言ってビビっていたのだ、この旭ドウムの放つ妖気というか邪気というか、その厄さに。
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「ここから先は危ないと思う。戻った方がいいよ」
歳三は実の所、そこまで陽キャの命には拘ってはいないものの、社会人として一応言うだけは言った。
というより、なんだったら内部の人命すらも歳三ににとっては割とどうでもよいのだが。
歳三が危険と目される旭ドウムに足を踏み入れたのは、協会からの依頼…つまり、仕事であるからで、自分と直接かかわりがあるわけでもない赤の他人の命というのは単純に興味がないのだ。
これは彼が冷血だとか冷徹だとかというよりも、極めて狭い彼の世界観ゆえの問題であった。
歳三は世界を自分に関わりのある内の世界と、自分に関わりのない外の世界とに分ける部分がある。内の世界の事に関しては歳三は執心する。しかし外の世界の事に関しては、端的に言ってどうでも良い…そう考えている。
例えば中東でも中南米でもどこでもいいが、ニュースかなにかでしか聞いたことがない外国で、貧困のせいで子供が餓死したとする。
そのニュースを見て、多くの人はどう思うだろうか。気の毒だなとは思うが、30分後にはどうでもよくなっているだろう。どこの国の何という名前の子供が死んだのか、そういった事に興味を示す者は少ない筈だ。
その人間がどれだけ成熟しているかというのは、つまるところその内の世界がどれだけ広いかということに尽きる。
ゆえに歳三は冷徹だとか冷たいわけではなく、単に幼いだけなのだ。
がきんちょ!!!歳三!!
しかし、このクールウルフ然とした態度は陽キャには自信と映った。
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「いや、ここまで来ちまったし…なんつうか、俺の中で、こういう場面で逃げたら俺自身が弱くなるかもしれないっつーか…いや、勿論おっさんの邪魔になると思ったら逃げるよ。ここはやべえ、俺にだって分かる…」
陽キャは警戒をのせた視線を周囲へ飛ばす。
二人が現在居るのは、入口/出口ゲートからすぐそばの拓けた空間だ。通常はここから野球で言う一階内野席へと向かう。
だが、ダンジョン化という異常を経た旭ドウムは様相を一変させていた。
壁面に赤黒い蔦めいたモノが走っており、これが如何にも不気味で気味が悪い。
まるで生き物の体内のようなその様相に、歳三は特に何かを思う事はなかったが、陽キャの方はといえば生存本能がしきりに警鐘を鳴らしていた。決して一人になってはいけないという思いが陽キャの胸を満たす。
明らかに場違いだと陽キャ自身も思うのだ。
しかし、おっさん一人を危地へ送り出すのは陽キャの美学というほうでもないが、何かそんな感じのアレに反する事であった。
──同じチームで大会に参加する筈だったんだしよ、なんかなぁ、一人はなぁ
陽キャはそんな事を思いながら、歳三の背を追う。
本来、彼はここまで自殺志願傾向が強い青年ではないのだが、この時は歳三と共に居る事から生存本能の警鐘にやや真剣味が足りなくなっていたという事情がある。
だからといって命懸けになるかもしれない、いや、高確率でなるであろう場所へわざわざ自分から飛び込む理由は、ほかならぬ陽キャ自身にもよくわかってはいなかった。
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歳三はドウム内部へ続く赤茶けた錆で覆われた扉へ視線を向けた。そして、陽キャの方を見てもう一度警告を発そうとしたが、思う所があり口を閉じる。
──自分で決めた事だからなァ
陽キャの意志を尊重したというのもあるし、命に関わる選択に干渉したくなかったというのもある。前者だけならば聞こえは良いが、後者は責任逃れの感が否めないというのがちょっと情けない。
ともあれ、歳三は錆びた扉を押し開けた。
歳三達の前方に通路が伸びていた。漂白された骨のような色をしている壁がぐるりとトンネル状を形作り、壁面の各所を血管めいた筋が縦横無尽に走って如何にも気味が悪い。
空気はひんやりと冷たく、重苦しい。
そして……
「佐古のおっさん、何か…来るぜ」
陽キャが言った。
前方から音が聞こえてくる。
例えるなら、大きな…それこそ、人間大程にも大きな羽虫が羽を打ち鳴らしているような、そんな音だ。
羽音、そして人の笑い声。
歳三の両眼がぐわりと見開かれた。
瞬間、音速を突破する際に発生するソニックブームの轟音。
陽キャこの時、凄まじい速度で飛来してくる不気味な生物の姿を認めた。羽虫・モンスターだ。
大きな複眼、そして鋭い牙から滴るのは血液か?口元は邪悪な笑みに歪められ、見る者に強い生理的嫌悪感を与えるだろう。そんな怪物が音を超える速度で突撃を仕掛けてきたのである。
陽キャは最速で右拳を引き絞る。迎撃の体勢だ。しかし…
──間に合わねぇかッ!?
相手…モンスターの速度は余りにも早すぎた。
だが陽キャが被弾の覚悟を決めた瞬間、水袋を力任せに殴りつける音と、水袋が破裂する音が同時に響く。
歳三だ。
羽虫・モンスターのマッハの突撃に対して、マッハの膝蹴りを合わせてぶち込んでやったのだ。この時の衝撃力は40トントラックが時速100キロで正面衝突した際のそれに匹敵する。速度にかまけた単純突撃など、歳三の前では女子供の児戯も同然であり、その迎撃に"業"など不要であった。ちょいと膝を高めにあげれば済む話だ。
ぱちゅん、とも、ぶちゅん、ともつかない音が響き、羽虫・モンスターは文字通り消し飛んだ。僅かな肉片が周囲に散乱するのみだ。
返り血すら許さぬ音速の処刑キックに陽キャは表情を険しくする。恐らくは雑魚モンスターであろう相手が、明らかに自分の手に余る存在であったからだ。
──こりゃあ、だめだな。足を引っ張っちまう。乙級ダンジョンでも少しは潜れるんだけどな。だからついてきたんだが…乙級どころじゃねえかもしれない
出来るだけついていきたかった陽キャだが、明確な足手まといとなるのはごめんであった。
「なあおっさん、やっぱり俺戻るわ。さっきはおっさんが助けてくれたから良かったけど、俺一人だったら死んでたと思うんだよな。ここは俺には早かったみたいだ」
歳三は陽キャを振り返り、うん、と頷く。陽キャの生死にはそこまで興味はないが、失わないで済む命なら失わないに越したことはない…その程度の思いは歳三にもあった。
「戻りは一人で戻れるぜ、っていうか、まだこの辺は入口も同然だもんな。……おっさん、助けてくれてありがとうな。でもここはマジでやべえよ。甲級…ってこともあるかもしれねえ。おっさんも乙級だろ?無理はしないほうが…」
陽キャの言葉に、歳三は目をしばたたかせて先程吹き飛ばした羽虫・モンスターの残りカス…羽の断片や、複眼の破片…などを拾い集め始めた。
「そ、素材か…たしかにモンスターの体は、買い取ってくれるかもしれないけどよ…」
おいおいめっちゃ余裕あるなおっさん、と言う言葉を飲み込んで、陽キャは所在なさげに歳三を見守る。
せっせと血肉をかき集める歳三はむしろ不気味ですらあるのだが、なぜかその背が陽キャにはとても頼もしいものに映る…
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