魔胎②

 ■


 陽キャこと剣 雄馬つるぎ ゆうまの視線を背に感じながら、歳三は無言で通路を進んでいく。


 陽キャは段々と遠ざかっていく歳三の背がどこか寂しそうに見えた錯覚


 ──お前も俺についてこれないのか


 そんな声すら聞こえてくる気がしていた。無論それは幻聴だが、陽キャはノリと勢いで生きている部分もあるので特に問題はない。


 陽キャの胸に去来するモノ…それは男としての在り方である。調子コキ麻呂の如くホイホイと危地へついていって、やっぱり危ないから帰ります…そんなのが果たして男として許されていいのかという話であった。


 陽キャは力なくかぶりを振る。


 ──それに比べて


 陽キャは歳三の背中に熱い視線を注ぐ。


 あのおっさんときたらどうだ、あんなヤバいモンスターを相手に、無表情で少しもビビった様子もなく、サングラスを掛けた殺戮マシーンみたいにずんずん進んでいっているじゃねえか。明らかに足手まといだった俺を守ってくれて、かといって邪険に扱うこともなかった。むしろ俺を気遣ってくれた。この先は危ないぞって心配してくれた。


 陽キャの精神世界の土壌に変容の種が撒かれる。

 だが、いまはまだ種だ。陽キャにただちに何らかの変化が齎されるわけではない。


 しかし、ひとたび種が芽を出せば…


 ■


 長い長い、そして暗い通路だった。時折、羽虫・モンスターが一体、あるいは複数飛来してくるも、歳三はそれらを鎧袖一触でミンチにした。


 羽虫・モンスターは超音速の突撃と共に繰り出される羽斬撃が脅威であり、その切断力は最新鋭の戦車だろうと真っ二つにしてしまう程なのだが、言うまでもなく歳三の前では児戯である。


 "意"が足りないのだ。


 羽虫・モンスターは所詮、出くわした者を取り合えず殺してしまおうかなどという薄弱な意しかない。


 対して歳三はモンスターとの戦闘に一種のロマンティシズムを抱いている。自身とモンスターとの殺し合いはピュアでホーリーで、オーネストな意思の交歓であると思い込んでいる。ダンジョンでこそ生きる道があるというある種の信仰心すら抱いている。


 だからダンジョン内のモンスターとの戦闘では、振るう手刀や繰り出す拳にダンジョンからの強い干渉が宿る。


 ──ダンジョンからより強い恩恵を受けたければ、誰よりも強い愛をダンジョンへ注げ


 とある甲級探索者の言葉である。


 ・

 ・

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 音速羽虫・モンスターをどれだけ葬ってきただろうか?少なくとも50は下らないだろう。


 歳三は羽虫・モンスターから肉片を千切ったり、複眼や羽を毟り取っているうちにある事に気付いた。


 それは、羽虫・モンスターが各々異なる様相…例えば洋服の切れ端などを身に纏っているということである。ある羽虫はワンピースらしきもの、ある羽虫はスーツ、ある羽虫はベビー服というのもあった。


「観客…のなれの果てってことかよ。気の毒になぁ、運が悪かったな…」


 歳三はぼそりと呟くが、素材収集はやめない。


 それにしても奇妙なものだ、と歳三は思う。

 ダンジョンではなかった場所がダンジョンとなる際、その場に居た生物はモンスターと化してしまう…というのは歳三も知っているが、


 ──探索者がダンジョンに入ってもモンスターにならないのはどういう訳なんだろうな


 ボウッと左手刀が放たれた。


 空気の摩擦によって炎を纏った歳三の超音速爆炎手刀は、高速急襲してきた羽虫・モンスターを焼き切り、文字通りの塵と化してしまう。


 そればかりではなく、ソニック・ウェイブに乗った炎と熱波…戦慄の爆炎流が渦を巻き、通路一杯に広がって後続の悍ましい虫型モンスター…空を飛ぶ巨大ムカデやら、見るからに有害な極彩色の鱗粉を振りまく人頭大ほどの蛾やらの群れを焼き尽くす。


 歳三は客観視が出来ない男だ。


 ゆえに、彼は今の自分がまさにモンスターの様なものだという事に気付かない。


 歳三が何故ただの一人で探索者稼業をやっているのか、という疑問の答えがここにある。探索者稼業は危険な仕事であり、ダンジョン探索をするならばチームで臨む方が良い事は言うまでもない。歳三もかつてはチームに誘われた事もあるし、実際にチームで探索をしていたこともある。


 しかし今は一人ぼっちだ。それは、歳三が探索者目線から見ても異常な存在であるからだ。かつて歳三が組んだ者達は皆歳三を怪物視し、彼から離れていった。


 歳三がダンジョン探索を頑張り、協会の為に尽くし、社会に居場所をなどと幾ら望んでも、そんな日は決して訪れないだろう。


 歳三が探索者として完成度を高めていけばいくほどに、彼は人からかけ離れていく。そして、歳三を見る目は人間を見る目ではなく、モンスターを見る目になっていくのだ。


 ■


 やがて長い通路に終わりがみえた。


 "E33"という案内板が上部に設置され、その下には扉がある。ただ、その扉はべこべこに凹んでいた。外側…つまり、ドウムの観客席側から強い力で殴りつけられるなりして凹んでしまったのだ。


 これはよくよく考えると並々ならぬ事である。


 というのも、ダンジョン化によって変容するのは生物だけではない。無機物…例えばその辺の扉であっても、言ってしまえばダンジョン仕様に変容してしまう。


 子供でも割る事ができる窓ガラスが、対物ライフルをぶち込んでもヒビ一つ入らなくなる程に強化されてしまうというのもザラである。


 ダンジョン化によって強化されたわけわからない物質の扉をベコベコにするほどの衝撃力を放てる恐るべき存在…それが扉の向こうにいる。


 歳三はぐっと膝に力をためて扉に前蹴りをくれてやった。


 すると扉はロケットの様にふき飛び、向こう側に居た何かに衝突して、どす黒い血飛沫が盛大にあがった。


 歳三が視線をやる。


「あ、あんたは…」


 人の声だ。


 歳三が声のほうへ目をやると、そこには何人かの大会参加者と思しき男女が居た。


 怪我をしているもの、蹲っているもの、焦燥を目に宿してパニック寸前のもの、どうみても死んでいる者と様々だ。


「協会の依頼で来た。あんたらを助ける」


 歳三が短く言う。


 格好つけているわけではなく、知らない人が多すぎて精神的に疲労を覚え始めたからだ。


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