日常11(金城権太、飯島比呂、四宮真衣、鶴見翔子)
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飯島比呂は "うっ" と胴体を可能な限り逸らした。
次瞬、黒い剛毛に覆われた太い腕が比呂の眼前を通り過ぎる。
比呂は前蹴りを繰り出し、その反動を利用して僅かな距離を稼いだ。
「比呂!」
四宮真衣の声に
「気を逸らしてくれ!」
と答えるなり、飯島比呂は槍を握る手に満身の力を籠める。
比呂の真横を黒い影が疾走していく。
真衣だ。
ともすれば女性とも間違えられかねない比呂の細身に、ギリリと力(リキ)が漲る。ただし、力んだ事で身体が硬直してしまっては意味がない。イメージとしては全身に回す "力" の総量を増大させている感じだろうか。
そして背後の鶴見翔子からは、圧。
比呂は準備が整ったと思った。
眼前では四宮真衣が舞う様な体捌きで刀を振るう。だが真衣の繰り出す斬撃は、悉くが金属質の剛毛に弾かれてしまっていた。
黒剛熊の名の由来は、金剛石から来ているのだ。
とにかく硬い。とはいえ、金剛石そのものと同様に衝撃に対してはそこまでの硬度を見せない。故にこのモンスターを好んで狩る探索者は鈍器の使い手である事が多い。
しかし斬るとなると…
──かったいなぁもう!この刀高かったのに刃毀れしちゃうよ…
チッと舌を打つが、しかし真衣の顔には焦りの様なものは見られない。彼女の役目は気を逸らす事だからだ。
ちょっと斬りつけるだけで切れるとも思っていない。
真衣は努めてなるべく大きな動きで斬撃を繰り出す様にしていた。
──目が慣れちゃったら困るからね
瞬間、んんっとくぐもった声が響き、比呂が槍を投擲する。
槍の先端には彼等の眼前のモンスター…黒剛熊の体毛と肉を貫くには十分な力が籠められていた。
狙いは胸部、心臓付近。
真衣の剣舞にも似た動きは黒剛熊の気を十分に引きつけていたようで、迫りくる投槍への反応が遅れた。
だが黒剛熊にしても、そのまま素直に心臓を貫かれてくれるならばモンスターなどとは呼ばれていない。
黒剛熊は飛来する槍を回避する余裕が無いと知るやいなや、僅かに半身となった。腕を上げる余裕も飛び退る余裕もないと判断し、最小限の動きで致命の一撃を避けようとしたのだ。
そのままの軌道ならば黒剛熊の肩を傷つけるだけに終わっただろう。しかし、ここで鶴見翔子。
掲げた両の掌から不可視の波動が迸り、うねり、飛翔する槍を捉えて軌道をむりくりにずらした。
PSI能力で発現できる現象は多々あるが、翔子の能力はその中で最も単純な現象だ。すなわち、念動。
機銃掃射もほんの数秒であるなら弾丸を宙に貼り付け、留める事ができる程に強力な念動だ。
槍の先端がばくんと跳ね上がり、先端が胸部から黒剛熊の頭部へと向き、勢いそのままにやや斜め上の軌道でそのまま左眼を貫いた。
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「はい、仰向けになって~」
真衣は翔子を膝枕し、鼻の辺りをハンカチで拭ってやる。
念動の反動で鼻血が出たからだ。
どちらかと言えばモンスター寄りの膂力を持つ比呂の投槍を、宙で捉え、狙い通りの場所に軌道をずらすというのは非常に負担が大きい。そんな事をする位ならば軽自動車をプレスする方が余程簡単である。
「真衣ちゃんありがと…大好き」
「私も。結婚する?」
「うん、しちゃう」
そんな色ボケめいた会話を横目に、比呂は集中して周囲の気配を探る。
「モンスターは…いなさそうだな。よし少し休憩していこう。それにしてもしんどいモンスターだったなぁ…」
比呂が言うと、真衣は頷く。
「計算違いがなくて本当に良かったわ。まあ月齢は何回も確かめたけど」
「ああ、満月の日は銀色の奴がでるんだったよね」
「うん、銀熊っていうらしいよ。黒いのより2億倍くらい強いんだって」
2億倍ってなんだよ、と比呂は笑い、暫くぼうっとしていた翔子も口の端に笑みを浮かべた。
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んん?と金城権太は眉を上げた。
買い取りカウンターの前に人が来たからだ。
歳三ではない。
「金城さん、こんにちは」
飯島比呂がぺこりと頭を下げると、四宮真衣と鶴見翔子も頭を下げる。権太はさっと三人の様子を見ると、うんと頷いた。
「やぁどうも。こりゃ、ご丁寧に。こんにちは、それでご用件は…ああ、買い取りですね。ハイ、ハイ…ではそこに置いて頂いて、ああ、黒剛熊ですか。やりますねえ、これをやっつけて初めて一人前と言えますわな。まあそんな慣例っちゅーか慣習も今では余り聞きませんがね…。ふぅん。毛皮は綺麗なもんですな…ああ、頭を?槍で?ん、ん、ん…」
比呂達は黒剛熊の全身の皮を剥ぎ取っていた。
勿論肝などの価値ある内臓類も忘れない。
少し前まで真衣などはこの剥ぎ取りが大の苦手であったが、いまはスイーツの話をしながらモンスターをバラバラに解体できる様になった。ちなみに、三人の中で一番グロ耐性が高かったのは意外にも翔子である。
権太は比呂達にちらと視線を向けた。
比呂、真衣、そして翔子の所で視線がとまる。
三人は権太の視線に妙な圧力を感じ、どうしたのかと尋ねる事ができなかった。しかしすぐに圧力は霧散する。
「PSI能力は使えば使う程鍛えられますけどねぇ、それも過ぎれば頭がアッパラパーになっちまいますよ。今の鶴見さんじゃあちぃっと荷が重かったんじゃないですか?今はペンを動かすのもちょっと目の奥が痛むでしょうな。痛みが消えるまでは能力はつかわない事です」
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この人は、と比呂は思った。
さりげなく他のカウンターの職員達も見る。
しかし何も感じなかった。
だが、金城権太は何か違っていた。
──圧というか、気配というか
そういえば、と比呂は思う。
──この人は佐古さんと親しそうにしていた
「あの、聞きたい事があるんですが」
比呂の質問に権太は顔をあげた。
なんだかカバに似ているな、などとは勿論口には出さず、比呂はストレートに疑問をぶつける。
「佐古さんって、どれくらい強いんですか?乙級だって聞いていますけど、僕らより一つ上の階級っていうだけであれは…あんな事は…」
比呂の脳裏に浮かぶは、月。
さてねえと権太は苦笑し…
「ま、その辺がはっきり分かるようになったら乙級も近いって事ですわな」
と言い、ぶちん、と鼻毛を抜いた。
比呂の背後で "うげ" という真衣の声が聞こえる。
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