日常10(歳三)

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 依頼達成の報告は端末…Stermから行える。報酬は探索者用の口座へと振込も出来るし、最寄りの協会支部で直接受け取る事もできる。勿論税金は差し引かれた上で。


 その辺りの諸々を帰りの電車内で済ませた歳三は、この後二機はどうするのかを尋ねた。


『我々は品川で下車し、 "桜花征機" 本社へと戻り、メンテナンスを受けるつもりです。自己診断では損傷はありませんが、消耗した兵装もあります』


  "鉄騎" の答えに、歳三はああ、と頷いた。

 大磯から品川までは東海道線一本で行ける。所要時間は一時間少々だ。


『マスターはどうするのですか?』


「俺は帰るよ、少しのんびりしたい。2、3日…4…5…わからんが、何日か休んだらまたダンジョンに行こうと思うんだ。何処に行くかは決めてないけどな。ついてきてくれるかい?」


『ゼンジツ ニハ レンラク クレヨナ』


「おう」


 妙に偉そうな "鉄衛" に、 "鉄騎" は何か言いたげな雰囲気を出しつつも、結局ピカピカとモノアイを明滅させるだけに留まった。

 もし "鉄騎" が人間であったなら、ため息をついていたのかもしれない。


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 品川で二機を見送り、そのまま山手線へと乗り換えた歳三は池袋に向かった。そしてJR池袋駅東口を出た歳三は、そのまま東池袋方面へと向かおうとして、はて、と立ち止まった。


 ──このまま帰るのもちと芸がないかもな


 そう思い立った歳三は、ウィロードへと向かう。

 ウィロードとは北口とパルコ側東口を結ぶトンネルの事だ。

 駅構内を通らず、直接北口へに行くことが出来るため、自転車乗りなどにはありがたい存在となっている。


 目指すは北口の居酒屋、『超都会』。

 安さと汚さに定評のあるアル中御用達の居酒屋だ。

 なお、営業時間は24時間である。


 歳三はこれでいて根が日陰者気質にできているため、この薄暗く汚い居酒屋でひっそりとビールを聞し召しながら端末をポチポチするのが好きなのだ。


 その気になれば高級クラブで美女肉を堪能しながら一本ン十万、ン百万のボトルを開ける事も訳はない歳三だが、どうにもそんな気力が湧いてこない。若かりし頃に毎夜下腹で燃え滾っていた情欲の焔が、今はもう湿気たマッチの火となってしまっている。


 更にいえば今の歳三は大借金持ちである。

  "鉄騎" と "鉄衛" の機体買い取り料金、更に機体のメンテナンスや諸々の兵装の調整費用を考えると…毎月使える金は生活費を除いてせいぜい5、60万円といった所であった。


 一般人からすればそれでお金がないなんてふざけるなと言いたい所かもしれないが、乙級探索者の平均年収は10億円前後である。

 これはこれでとんでもない額なのだが、大リーグの選手の平均年棒が約5億5600万円であるため、社会全体へ齎す影響などを考えると妥当どころか少ない程だと言えるだろう。


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 ──そろそろよぅ、乙級ダンジョンにでも…


 歳三はビールとも発泡酒とも違う、なにやら得体の知れない苦味のある液体を煽りながら今後の事を考えていた。


 ここ最近、丙級ダンジョンを連続してこなしていたのにはワケがある。それは "桜花征機" から聞いていた話では、 "鉄騎" と "鉄衛" は丙級相当の機械探索者であるという事だ。

 しかし歳三が何度か共に探索した所、乙級指定でも場所を選べば問題なく探索ができるのではないかという結論がでた。


 むしろ自身が助けられた場面も多々あり、少なくとも足手まといにはならないだろうというのが歳三の見立てだ。


「ま、その辺は "桜花征機" のヒトらにも相談するか…金城さんにも」


 ウン、と頷いてとりあえずの結論を出した歳三は、ゴムみたいなタコぶつを齧る。


 先程から歳三はゴミみたいなものを呑み、ゴミみたいなものを食べているのだが、『超都会』がこんなものしか出さない店であるというわけではない。ちゃんとした料金の品を頼めばちゃんとしたものが出てくるのだ。


 歳三が食べているのは、無職無宿浮浪者ド底辺暗黒界隈向けのしょうもなビールとしょうもなつまみだ。ビール?の方は中ジョッキで一杯80円、つまみの方は小皿にたっぷり入って一皿60円という格安っぷり。金もなければ身よりもない、家もなければ人生に希望もない連中の数少ない娯楽の一つ。それがしょうもなセットである。


 歳三も戌級探索者時代によくこの店に通い、しょうもなセットを頼んでいた。しかし現在は乙級の歳三がなぜ今になってもそんなものを頼むのか。それは過去を振り返り、今に至る努力を再認識し、その上でよりよい未来の為に己が慢心を振り払う為だ。


 ──慢心しちゃなんねぇ。もし大怪我を負ったりして探索者ができなくなりゃあよ、俺は嫌でもこの不味い酒と不味いつまみを食わなきゃならねぇかもしれないんだ。今はその気になりゃあ毎日でもビフテキが食えるが、ちぃっとでも油断したらあっという間におっちんじまう。ああそれにしても不味い。やっぱり普通のビールも頼もう


 最後がどうも締まらないが、歳三の心がけは全探索者が備えているべきものであった。ダンジョン探索を繰り返し、身体能力を飛躍的に上昇させた探索者は遅かれ早かれ慢心の壁にいきつく。

 自身の実力を錯誤し、身の丈にあわない挑戦をし、結句として死ぬのだ。


 飯島比呂、四宮真衣、鶴見翔子らもその壁に行きついて、雑司ヶ谷ダンジョンで現実を知った。歳三が彼等を助けなければ確実に死んでいただろう。


 歳三だって若い頃は死にかけた事が何度もある。

 まあ歳三の場合は慢心ではなく焦心であったが。


 探索を重ねれば重ねるほど、理想の自分に近づけると知った歳三は馬鹿で阿呆で低能なダンジョンアタックを繰り返した。それはもう何度も何度も。


 そして当然の様に死にかけ、しかし挫けず。

 そのおかげで身体能力はわけがわからない事になった。ダンジョンの肉体への干渉だ。より強く、よりタフな、真の漢の肉体を夢見て頑張った歳三の努力の結実である。


 まぁ弊害もある。何度も死にかける事で自身への不信感が募り、精神への干渉…つまり性格の改変などは一切されなかった事だ。


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 ちなみに戌級探索者だが、10人いればその内の6人はさっさと丁級へとあがり、2人は死に、残る2人は探索者という名の浮浪者をやったり、犯罪者へと転身したりする。


 探索者崩れの犯罪者というのはそれなりに居るが、余程の才がない限りはすぐにどこかへと居なくなってしまう。

 街を出ていくのか?それともどこぞで野垂れ死んでいるのか?その辺りは定かではないが、探索者達の間では協会に "処理" されたのだという見方が多数を占めている。


 ■


 ともかくも、そんな努力の男である所の歳三だが、昼日中から呑み始め、夕方になっても延々と呑んでいた。端末で動画を観ながら。


 歳三は端末を弄り、ミューチューブを開く。

 すると右上のベルマークに通知が来ている事に気付いた。

 DETV所属の配信者の新着動画アップ通知だ。


 "ダンジョンエクスペディションTV"、通称『DETV』という組織がある。


 彼らは "探索をより身近に!" というスローガンを掲げ、一般の人々にダンジョン探索の魅力と興奮を届けることを目指している。所属する探索者も、"探索者" という名称ではなく、ダイバーという名称で呼ばれていた。ダイバーにはレベルシステムが採用されており、1~100までのレベルが存在し、レベルが高ければ高いほどダイバーとしての実力が高い事を意味する。


 更に、協会が指定する所の甲乙…という難度も、★レーティングシステムで表現している。つまり、映画やレストランなどでよく使われる星の数で評価を表すシステムだ。例えば、「★☆☆☆☆」は難易度が低く、「★★★★★」は非常に高い難易度を示す。


 彼らはダンジョン内の映像を録画し、それを動画配信サイト、ミューチューブを通して世界中に配信しているのだ。


 歳三は先程新着動画をアップロードした配信者のアイコンをタップし、端末を観ながら再びジョッキを煽った。

 今度はまずいビールらしきものではなく、普通のビールである。


 §


『ハロー、ダイブワールド!ティアラです!』


 鮮やかなブルーの防具に身を包んだ若い女性ダイバー、ティアラがカメラに向かって手を振る。ティアラというのは勿論本名ではない。


 髪の毛を金髪に染めたハーフめいた顔立ちの女性で、その背後には一見、工事中と思しき空地が広がっていた。

 空地そのものは何の変哲もない。白い一軒家とオンボロアパートに挟まれた雑草が生い茂る空地である。

 ただ、空地自体には異変・異常の類は見られないが、空地の周辺にはまるで工事中であるかのようにフェンスで覆いがしてあった。

 更に監視カメラも複数台周辺に設置されており、どうにも物々しい。


『さて、今日もダンジョンを探索していきますよ!今日は東京都は世田谷区、祖師谷の一画にあるダンジョンです!レーティングはダブルスタ~!』とティアラは明るく語りながらガッツポーズを取る。


 上祖師谷ダンジョンはDETVが定める所の★★☆☆☆ダンジョン…協会指定ならば丁級指定ダンジョンだ。


 アップロードされてからすぐにコメントが流れ始めた。

 ミューチューブは動画上にコメントが流れるというシステムを採用している。コメントが邪魔だという視聴者も多いが、このシステムは妙な一体感を生む作用があるようだ。



 "簡単すぎない?"


 "ティティはレベル34だっけ、余裕やね"


 "っていっても録画だしな。動画出てるってことは無事に探索ができたって事でしょ"


 "ここに協会の回し者がいまーす!探索じゃなくてダイブやろがい!"


 "ここのダンジョンの犬って、普通の犬とどう違うの?"


 "ちょっと凶暴なだけで何も変わらないです。所詮丁級ダンジョンなので"


 "あ!また協会のスパイがいるぞ!ダブルスターやろがい!"


 "みなさんこんにちは!"



 §


 内容自体は歳三にとっては何てことはないが、他者の探索光景を見るというのは一種の新鮮さがあった。

 それに安心感もある。


 録画ということは、配信者が生きて帰還したということで、純粋にエンタメとして観る事ができるのだ。根が小心ベビベビ気質に出来ている歳三は、種類を問わずバッドエンド系が何よりも苦手で、どんなに困難そうな探索動画であっても最後は笑って帰還が約束されているというのはメンタル的にとてもありがたいと思っていた。


 更にいえば、レーティングだのレベルだの、協会にはないシステムを採用しているというのもまるでゲームみたいで面白かった。



 ちなみにDETVサイドとしては録画ではなく生配信という形にし、リアルタイムショーとして成立させたい様だが、ダンジョンの内外は電波通信ができないという障害がある。


 ただし、ダンジョン探索者協会の端末はこの通信を可能としている為、DETVとしてはその技術の貸与、あるいは協会とのいわゆるコラボという形で生配信を実現させたいと考えている。


 とはいえ、このDETVの考えに対して探索者協会は慎重な見方を示していた。それはやはり技術漏洩の懸念があるためだ。国内への漏洩ならまだしも、海外組織への漏洩などは非常にまずい。

 なぜならば、海外では既に探索者という存在を一戦力として軍事転用している国もある為だ。


 DETV側は何度も協会にコラボを申し込んだが、協会は同じ様に何度も丁寧にこれを退けた。


「えぇ~?DETVとの…何、コラボ?論外!論外!!大論外!!!…ですよ君。お話になりません。いいですか?まず、ダンジョンの内外は電波通信ができないという制約が存在する中で、我々ダンジョン探索者協会の端末、Stermはこの通信を可能としていますよねえ?これはね、非常に貴重で重要な技術であり、協会独自の技術なのです。この技術が漏洩し協会以外の組織や者が手に入れてしまうと、我々が持つ情報の優位性が損なわれます。それはね、結果として探索者たちの安全や活動の効率が脅かされる可能性があるという事でしょう?なぜってそんなもの海外勢力の存在があるじゃあないですか。ダンジョンや探索者に関連する技術は既に軍事利用されているのだから。この通信技術が漏洩し、軍事利用されるとそれが武力衝突や戦争につながる危険性があるとおもいませんか?特に通信技術は情報収集や戦略の策定に重要な要素ですよ君。それが敵対する組織や国に渡るとなれば、その結果は計り知れないでしょうよ。君達DETV側からそれが漏れないと断言できるのですか?我々探索者協会が毎月何人のドブネズミを処理しているかご存じないのですか?十中八九君達の所にも潜り込んでいるでしょうよ。え?ダンジョンの内外の通信技術なんて戦争になっても何の役にも立たない?無知な雌犬だと思っていたら犬よりオツムの程度が低くて驚いてしまいましたよ!ダンジョン内外で通信が出来るってことはね、アンタ、ダンジョンという場所を…あ、いや、もういいです。おーい、警備員さん?この野良犬を叩き出してください」


 以上はダンジョン探索者協会広報部長、元丙級探索者 "平野 重森"(たいらの しげもり)の言だ。探索者として鍛えた彼の肺活量は、ここまでの長文を一息にまくしたてる事を可能としている。


 しかしこの平野の言はDETV側を強く反発させ、一時期は探索者協会をディスる動画が乱発されたほどである。

 ゆえにDETVの動画フォロワーは探索者協会、ひいては所属する探索者に対してちょっとした敵対心とまではいかないものの、隔意を抱いている者も少なくはない。


 §


 そんなわけで動画を観終わり、日もすっかり暮れた所で歳三は帰る事にした。だが立ち上がり間際、プゥとおならをしてしまう。

 やや早足で店を出る歳三の唇は強く噛み締められていた。

 少し恥ずかしかったのだ。

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