非日常①(歳三、金城 権太他)

 ◆


 歳三の答えは当然YES。


 金城 権太からの誘いの優先度は非常に高い。


 しかし──……


「アンタらは俺に用事があるのかい?」


 歳三は振り返って尋ねる。


 視線の先には複数の探索者らしき者達が居た。


 本部では見た事がない顔だ……といっても、歳三は基本的に限られた者達以外の顔を覚える事はないが。


 そもそも会話の機会がないし、会話の機会を自分から作っていけるほどコミュニケーション能力があるわけでもない。


 §


「やあ、初めまして。今から帰りかい?僕は協会所属の探索者で、箕輪 四五郎って言うんだ。随分とまぁ適当な名前でしょう?ふふ」


 一団の先頭に立つ青年が歳三に声を掛ける。頬に星型のタトゥーをいれており、もし髪を伸ばせば女性に見間違える程に端麗な顔つきだった。


「入場が被っちまったのかな、すまねえ。俺はもう出ていくからよ……」


 歳三は軽く詫びてその場を去ろうとしたが、男は再び言った。


「やあ、初めまして。今から帰りかイ?僕は協会所属の探索者で、箕輪 四五郎って言うんだ。随分とまぁ適当な名前でしょう?ふううふふふフ」


「あ、ああ。俺は佐古 歳三……協会の、探索者だ。あんたらはこれから探索なのか?」


「やあ、初め魔死テ、今かラ、帰りかイ?僕は協会所属の探索者で、箕輪 四五郎って言うんだ。随分とまぁ適当な名前でしょおおおおうふ、ふふ」


 §


「これはちょっと妙だぞ」と歳三が思った瞬間、ガクンと頭が後ろに反り返る。


 無音の銃撃だった。


 箕輪の背に隠れる様にして立っていた女探索者が撃ったのだ。


 発砲音がしなかったのは余程上等な消音器を使用しているからだろう。


 無防備で受けたのは偏に歳三の不注意ゆえだ。来ると分かっている銃撃を防ぐ事は容易くても、意識していない内に撃たれれば回避は困難である。


 ただ、それを差し引いても相手の抜き撃ちは速い。


 歳三の反り返った頭が同じだけの勢いでもって元の位置へと戻った。


 銃弾は歳三の額に着弾したが、当然無傷。


 そして、先制攻撃を受けた事で歳三の意識が完全に切り替わった。


 明から暗へ。


 歳三はどうしようもない中年オヤジの顔の他に、ただ殺す事だけしか知らない危険な男の顔もある。


 生と死が擦過し、命けぶる戦場が危険な男を喚び起こす。


 ◆


「どういう事なんだろうな」


 歳三は雑司ヶ谷ダンジョンの夜空に輝く月を見上げてごちる。


 このダンジョンでは決して日が昇る事はない。


「どういう事なんだろうなァ」


 歳三はもう一度ごちり、視線を襲撃者たちに戻した。


 視線の先には惨々たる光景が広がっている。


 どの死体にも過剰なまでの破壊が加えられていた。


 勿論歳三がやったのだ。


 中には肉という肉を引き千切られ、骨という骨を砕かれたモノもある。


 ここだけ切り取れば歳三がスプラッターな趣味を持っていると勘違いされかねないが、あいにく彼にはそんな趣味などない。


 こうしなければならない理由があったのだ。


「本当に人間なのか?」


 歳三は探索者達の血肉で真っ赤に濡れた手を振って、血を切った。


 探索者達は異様なタフさを見せた。それこそ人間ではあり得ない程の。仮に歳三自身が同じ破壊を受けたなら、決して生きてはいられないだろう。


 頭を吹き飛ばされても、心臓をぶち抜かれても死なないというのだからこれは異常である。


 それでいて動き自体も悪くはなかった。


 歳三は頬を軽く撫でる。


 そこにはよく見なければ分からない程度だが、確かに擦り傷が出来ている。箕輪と名乗った青年にやられたのだ。


 探索者用の銃からの銃撃を至近距離から額に受けて無傷だった男が、僅かとはいえ負傷する事実は重い。しかも相手は丙級だという。


 ──俺も、ロートルって事かねぇ


 そもそも一体なぜ自分は襲われたのか?


「これも、金城の旦那に相談だな……」


 歳三はすっきりしないままその場を後にした。


 ・

 ・

 ・


 誰もいなくなった雑司ヶ谷ダンジョンに、ひゅうと風が吹く。


 何かが腐った様な香りが混じった、酷く臭う風だ。


 地面に落ちていた "何か" を風が巻き上げる。


 それは紙の切れ端のようだ。


 巻き上げられた "何か" が偽りの月光に照らされた。


 "何か" には星柄の絵が描かれている様に見える──……


 ◆


 幾らなんでも、と金城 権太はかぶりを振った。


 どっこいしょと懐に手を入れて煙草を取り出す。


 今は高級品となった紙巻煙草だ。


 最高に健康に悪く、そして臭い。


 良い所ナシなのだが、加熱式だとかなんだとかはどうにもパッとしない。


 ──健康の事を考えれば加熱式にすべきなんでしょうけどねぇ


 禁煙という選択肢は全く思いつかない様だった。


 健康に悪く臭くても、今の様な状況ではずっしり肺に来る紙巻が良いという思いがある。


 権太はつまらなさそうに "それ" に目を向けた。


 視線の先には折り重なった幾つもの死体だ。


 太い首を回して周囲を見てため息をつく。


 穴が空いた壁、床。完全にオシャカになったテレビ、電子機器各種。


 そして──……


「む、ん!」


 権太が腕に力を込めると、脂肪でぱんぱんだった腕が筋肉でぱつんぱつんとなり、鼻の頭の脂を絞り出す様ににゅるりと銃弾が零れ落ちた。


「はあ、痛い痛い……。住宅街でパンパン撃つんじゃないよ全く。ああ、そうだ、この後は佐古さんと……」


 権太は億劫そうに立ち上がり、死体の一つに近づいた。


「ねえ、木島さん。アナタ、私の事がそんなに嫌いだったんですかねぇ?いや、好いてほしかったわけではないんですけどね、殺されるほどの事はしてませんよ私は。ま、それは置いておいて、一体誰がアナタらを唆したんですかねぇ。桐野副会長ですか?それとも彼の飼ってる犬?いいや、違う気がします。桐野は俗物ですが、こう言う事をするタイプじゃあない。それにアナタもですよ。アナタは才能は無かったが、暗殺仕事に手を染める程には腐ってなかった。すると私が関知していない誰かが、もしくは何かが協会に手を出してるって事になるんですかねぇ」


 権太は木島に、正確に言えば首を捩じり切られた木島の頭に向かって言った。勿論答えなぞ返ってこない事は権太には分かっている。まあ少し趣味が悪い独り言の様なものだ。


 そして権太の言った事はその大部分が当たっていた。


 ただし「誰がけしかけたか」の答えは権太には分からない。


 いや、権太だけではなく、少なくともこの時点では一人を除いては誰にも分かって居なかった。



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 ※

 木島→日常82参照


 箕輪 四五郎みのわ しごろう

期待の新星。兄が協会の職員で、結構イイ感じの地位で最近富士樹海の監視の任から帰ってきた。理由は余り長くとどまってるとおかしくなっちゃうため。協会は職員を定期的に入れ替えている。

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