非日常②(桐野 光風、久我 善弥他)
◆
ダンジョン探索者協会新会長、桐野 光風は野心家と言われる。
現に前会長であった望月 柳丞を追い落としたりもした。
彼を老害だとか、協会の癌だとかと罵ったりする者も多い。
しかし──……
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「で、久我よ。旧望月派の連中が襲撃されたとの話じゃが、随分とまた早いのう。もう少し猶予があるはずではなかったのか?それと豚男も襲われたというではないか。大丈夫なのか?」
うんざりと言った風に桐野が言うと、久我 善弥は苦笑を浮かべてかぶりをふって言った。
「先様あっての事ですからね、僕には与り知らない事ですよ。望月前会長も余り多く情報開示をしてくださらなかったので。金城さんは負傷したそうですが、襲撃を退けたそうですよ。ロートルだと馬鹿にできませんね」
「豚は無事か。なら良い。望月の小僧は……奴が秘密主義なのは今に始まった話ではないが、今回に関してはだれかれ構わず事情を教えるというわけにもいかんじゃろう」
桐野が言うと、久我はごもっともと言う風に頷き、奇妙なモノを見る目で桐野を見つめた。
「なんじゃ、気色の悪い目をしおって」
「いえ、本来は70過ぎのご老体がその様な姿でその様な言葉遣いというのはやっぱり気持ち悪いなぁと思って」
久我は答えてから改めて桐野をマジマジと見る。
桐野はどこからどう見ても小中学生の少女にしか見えない。髪の毛だけは白く染まっているが、白髪特有の乾いた感じはない。艶があり、白髪というより白銀めいた色合いをしていた。肌の質感も子供のそれだ。トータルで見て、美少女と言っていいだろう。ただ一点、目だけが──……
──気持ちの悪い目だ。体は脳死した子供の遺体を使ったらしいけど、このご老体の精神は既に人間のそれじゃあ無くなっているのかもね
久我は内心でそんな事を思う。
目は口ほどに物を言う、という言葉があるように、目つきというのは非常に多くの情報を相手に与える。
しかし久我は桐野の目から何も読み取る事が出来なかった。
桐野は "はんっ" と嗤って言った。
「肉体の性別などどうでもええわい。問題は年齢じゃ。若ければ若いほど生体義体としての適合係数が高まる。生体への人格投射はもう少し実験を重ねないといかんな」
「ゼロベースならば問題ないでしょうに」
「将来性がないじゃろう、機械の体では。それに十全な肉体操作の為にAIなりを組み込むのは御免じゃて。例の二機の件もある。ヘタをすれば多重人格なんてことにもなりかねんよ」
「まあ確かに」
倫理という言葉は辞書にないらしい、と久我は思いつつ、濡れた指先をハンカチで拭った。
桐野は久我から視線を外して手元の端末を見る。
「とまれ、後は望月の小僧頼みじゃな。せいぜい頑張ってくれぬと日本が沈む。まあそうなったらなったらで儂は高跳びさせてもらうがの。まあ "あちら" も手駒には限りがありそうじゃし、無制限に鉄砲玉を寄越してくるというわけでもないじゃろ」
そんな桐野の言葉に久我は「どうだかね」と言わんばかりに床を眺める。
人、人、人。
床には何名かの死体が転がっていた。
大きな損壊はない。
死因は喉を抉り千切られたことによる窒息、もしくはショック死だ。
男もいれば女もいる。
本来、この様に無惨に死んでいい者達ではなかった。
久我はくんくんと人差し指、中指、親指の匂いを嗅いで、少し顔を顰めて、再び指をハンカチで拭う。
◆
久我 善弥はダンジョン探索者協会池袋本部、外部調査部所属の職員である。
外部調査部は高年収だがひたすらハードだ。
新しいダンジョンができたと聞けば人員を送り込み、概要を調べたり。協会にちょっかいを出してくる外部の敵性組織を相手に暗闘したり。
外部組織との抗争はともかく、ダンジョンの調査は探索者に任せてしまえば良いという向きもあるのだが、協会はあくまでも職員をつかって調査をしている。
情報がないダンジョンの探索は非常に危険で、犠牲も多く、金も掛かる。しかしこれにはリターンも大きかった。
簡単に言えば、国民からの支持が得られるのだ。
ダンジョンの事なら探索者協会だなと、協会は所属の探索者を無下に扱わないのだなと。
そういった評判が得られる。
そして評判が人を呼び、探索者協会はより多くの人材を抱えて肥え太るという寸法だ。
そんなブラック部署に勤めている久我だが、現在は新会長のボディガードという任務を遂行中だった。
目下、協会は厳戒態勢である。
何らかの攻撃を受けているのだ。
職員、探索者を問わずに"何か"が憑き、憑かれた者は友人、知人、赤の他人でもあっても襲い掛かり、命を奪おうとする。
──憑かれた人間は明らかに様子がおかしい者もいれば、様子が変わらない者もいる。そこが面倒だな
久我は、というより外調の職員は目的の為なら手段は問わない者が多いため、例え同僚であっても"憑かれた"ならば何の葛藤もなく殺める事ができる。
ただ、憑かれてもいないのに殺してもいいとは流石に考えておらず、その辺りの見極めが中々困難だった。
「高野グループの協力は仰いでいるのですよね?」
久我の問いに桐野は頷く。
「ああ、危険性もかんがみて人員を選抜し、こちらへ寄越してくれるそうじゃ」
「内部調査部は感染性のある精神寄生体だと言っていました。洗脳に近いやり方でこれを排除する事も出来ましたが……深刻なPTSDが残った者もいます。この手の事象は高野グループの坊主のほうが適任でしょうね」
久我がそう言うと、執務室の扉が控えめに数回叩かれる。
「……入れ」
桐野がそういうと扉が開かれ、新田ミヒロが姿を見せる。
彼女は久我の補佐官を勤めている。良く言えば落ち着いた、悪く言えば陰キャ文系サブカルオタ女子といった風貌の女性だった。
「新田君か、どうしたの?」
久我が尋ねると、ミヒロがやや顔を曇らせながら言った。
「監視対象に挙げられている蒼島 翼乙級探索者が消えました。また、彼の専属オペレーターの生島 貴美子が自宅で死亡。首を吊っていましたが自殺ではなく他殺です。高野僧の白歳翁の検証によれば、犯人は蒼島 翼です」
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各キャラクターのイメージ画像は近況ノートにサポ限掲載しています。非サポーターは閲覧できませんが、画像だけなので別に見なければ話が理解できなくなるという事はありません。
久我 善弥
蒲田西口商店街ダンジョン、新宿歌舞伎町Mダンジョン③などを参照。名前だけなら色々な回で出てくる。非人道的な男。
新田ミヒロ
久我 善弥とセットで出てくる。彼女も外部調査部の人間なので、その気になれば非人道的行為も出来る。
桐野 光風
非人道的なTSお爺さん
蒼島 翼
日常69、70。他には日常87で帝王恵生大学の特別講師として招かれた描写がある。
人格投射
説明会「ゐ号計画」参照。非人道的。
専属オペレーター制度
桐野が考案、実施。監視制度と言い換えても良い。
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