非日常③(歳三、金城 権太)
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「やあやあ佐古さん、待たせましたか?」
池袋北口の改札への下り階段をのぼりきったあたりで、歳三は金城 権太に声をかけられた。
「ちょうど来たばかりですぜ」
歳三はそう返すが、この男は基本的に誰と待ち合わせして、たとえどれだけ待ったとしても同じ事を言うだろう。
「それはよかった。そうそう、今日は内密に話したい事もありますので、 "超都会" じゃなくて別の店にしましょうか。個室があるならどこでもいいんですがね」
そんな権太の言葉に、歳三は先日飯島 比呂と一緒に食事をした店を思い出した。
──あそこは個室もあったな
「そうですかい、ああ、そうだ。ちょっとこの前人に連れていってもらった店があるんですがね」
予約していないのにいきなり個室が取れるかどうかは疑問だが、その辺は考えにない歳三である。
何せこの男の人生で、食事や飲みのために予約の連絡をするなどという経験はほぼ無いのだ。
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「こりゃまた随分と洒落乙な店をご存じなんですねぇ」
意外といった風に権太が言うと、歳三は比呂との食事会の事を話した。
「ああ、例の三人組のリーダー」
例の? と歳三が中年オヤジのくせに小首をかしげると、権太が続けた。
「飯島 比呂君……さん、四宮 真衣さん、鶴見 翔子さん。彼女らは最近、なんというか、躍進していましてね。2、3年後には乙級も見えてくるかなぁという感じでして。ほら、以前佐古さんが彼女らを雑司ヶ谷ダンジョンから助けたでしょう? それで化けたというかね、元々才気煥発だったのが才気爆発というかね。……おっと、外でいつまで話していてもアレですし、中に入りましょうか」
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「いらっしゃいませ。ご予約はされておりますでしょうか?」
店に入った歳三と権太に、若い男の店員が尋ねる。
この時点で権太は頭の中で店の候補をいくつか思い浮かべた。
信頼があるのだ。
事前に予約するなどという気の利かせ方、歳三にできるはずがないという負の信用がある。なにせ歳三と権太の付き合いは20年以上にも及んでおり、その辺の理解は早い。
とはいえ、その権太といえども歳三の戦闘能力の全容は知らないのだが。まあその辺は歳三自身にだって知らないのだから仕方がない。生まれてこの方、歳三は "本気" 、全身全霊の本気というものを出した事がない。
なぜなら出し方を知らないからだ。別に戦闘に関する事ばかりではなく、歳三はあらゆることで教えられた事は納得しさえすればできるが、教えてもらっていない事は何ひとつできない。
しかし世間は "暗黙の了解" を一々教えたりはしない。
この辺に歳三の生きづらさがあった。
「いや、予約は……してねぇです。すみません……」
歳三は視線を落とし、屠殺前の子豚の様な風情で落ち込み散らした。
良い店は事前に予約をするものという理屈は歳三にもわかるが、それが出来なかった情けなさで辛くなってしまったのだ。
「それですと……申し訳ないのですがお席がご用意できません。本日は既に予約枠も含めて席が満席となっておりまして……」
男性店員は申し訳なさそうに言う。この店は探索者向けともあって、夕方以降は日中探索者稼業に励んだ者たちがたむろする。予約なしではとても入れたものではない。個室だろうと個室じゃなかろうと席は埋まってしまっている。
あまりにしょぼくれる歳三を見かねてか、「佐古さん、大丈夫ですよ、実は私もよい店を知っていましてね」などと権太が言った。
歳三はそんな権太の優しさ、気遣いがうれしかったものの、自分の情けなさ、しょうもなさで今すぐこの瞬間に自殺してしまいたい思いだった。
ある種の器が小さい人間にとっては、他者の前で恥を晒す事ほど苦痛な事はないのだ。
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──……しかし神はいた。
若い男店員の横に今度はもう一人の中年の男店員が小走りで駆け寄ってきて、ほんの一瞬だけ歳三と権太に視線を走らせるなりこう言った。
「特別なチャージ料という事で費用がかかってしまいますが、秘匿性の高い個室をご用意できます。勿論そちらにつきましても他の個室席と同様特別な防音素材を使用しており、お声が外に漏れるといった事は御座いません」
そんな提案を受け、歳三と権太は互いに目を見交わす。これは予想外の展開だったが、まさに彼らが求めていたものだ。
それならという事で歳三は了承し、権太も頷いた。
歳三は内心でほっと息をついた。自分の不手際が原因で計画が台無しになるところだったからだ。
二人は店員に案内され、二階へ向かう。
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この店、『spada di misericordia』は一階部分が大部屋となっており、天井部分は吹き抜けで二階部分がぐるりと取り囲んでいる。
そのうちの一つ、他とは少し色合いが違う木製の扉の前で店員が立ち止まり「こちらになります」といって扉を開いた。
内部は以前歳三が比呂と食事をする際に通された個室よりもやや広い。
「ご注文はそちらのタブレット端末をご利用ください。ではごゆっくりお過ごしくださいませ」
そういって去って行く店員を見送り、権太はやや改まった風に歳三を見た。
「なんですかい、金城の旦那。というか服が破れてますぜ」
「ええ、ちょっと何発か撃たれてしまってね」
「そりゃあ大変だ。怪我は……大丈夫そうで良かったですけど、なんだってそんな事に? ダンジョンにでも行ってきたんですかい?」
歳三は驚いた風もなく尋ねた。
常在戦場の精神ともまた違うのだが、歳三という男は奇妙な肝の据わり方をしている。
「いえ、襲撃に遭ったんです。佐古さんはどうでしたか? 怪しい連中に襲われたりは……」
権太が尋ねると、歳三は「ああ、そういえば雑司ヶ谷でね……」と天気の事でも話すようなカジュアルさで答えた。
「頬に星のタトゥー。丙級の箕輪 四五郎ですな。手練れです。お怪我などは……されてなさそうですな。流石現役の乙級。私なんかは大分しんどかったのですが。バンバンバンバンと撃たれてしまってたまったもんじゃありませんよ」
権太は辟易した様子でそんな事を言い、ふと口を噤む。
鈍さにかけては定評のある歳三も、その場にぴゅうとシリアスな空気が流れるのを感じた。
「望月会長は以前よりこの自体を予見していました。会長の未来視についてはもうご存じですよね。多々あるPSI能力の中でも一等希少なものです。その能力ゆえに会長は協会権力を一手に握ってきたわけですが……」
権太は言葉を切り、ふと思い出した様にタブレット端末を見てから「取り合えず何か頼みましょうか。私はビールですなあ。ビールもセックスも生が一番ってね、ぐ、ふふふ」などと下品な事を言う。
「じゃあ俺はたまにはハイボールにしようかなあ」
権太の酷い下ネタは今に始まった事ではないので、歳三はさらりと流した。
ちなみに歳三は前会長が望月というのはつい最近知ったし、未来視がどうこうという話も今のいままで知らなかった。
襲撃についても襲われたから退けただけだし、襲撃された理由なんてもう気にしていない。
協会が割れるという話については不安を覚えたが、職場が完全になくなったりしなければそれはそれで良いやくらいに思っている。
そして、権太も歳三が色々な事を物凄く軽く見ている事に気付き、内心でため息をついたあと苦笑した。
──予約のことであれだけしょぼくれていた反面、物騒な事は全く気にしていない。器が大きいのだか小さいのだか……
そんな思いが権太にはある。
しかしどうあれそんな歳三が心強くもあった。
その時、権太の脳裏を望月との会話が過ぎる。
──『富士はただ戦力を集中するだけではだめだ。備えられてしまう。そうするだけの知恵を既につけている。だから"餌"を用意する。 "餌" にも了承してもらった事だよ。そして"餌"が食いつくされる前に本命の刃を刺し込む。この選択が最終的に正しいか誤っているかはまだ分からないが、少なくとも総力戦よりはマシだ。垣間見た限りでは酷かったよ。領域が日本全土に広がってしまっていた。どんな刃をどれだけ用意するかは……ある程度は決めている。僕の目算では、刃を遣い切ってようやく、といった所だ』
──『会長のお気に入りの刃も潰してしまうので?』
権太はそう尋ねたが、望月がその質問に答える事は無かった。
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