日常89(歳三、金城 権太)

 ◆


 権太は歳三に計画の全てを話すべきかどうか迷ったが、かくかくしかじか、と話す事にした。


「大袈裟な話ではないんです。過去、アメリカでも似たような事が起きましたがね。あれは異世界とでもいうのかなあ、異なる場所に存在していた筈の領域がこちらの世界に溢れだしてあんなことになってしまったわけでして」


 アメリカ合衆国、メイン州の悲劇を知らない者はいないだろう。


 91,646 km²もの土地がダンジョンと化し、100万人近い人命が犠牲となった。北海道が83,450k㎡であることを考えるととんでもない事態と言える。


 州内の建築物は全てねじくれ前衛芸術のようなモノへと変貌し、動植物も遺伝子変異を発したかのようなグロテスクなモノと成り果て、人々も全てモンスターとなってしまった。


 元凶はダンジョン領域の深層に巣食うモンスター…アメリカ至上最悪の怪物、"ファニー・ワイズ" 。


 ビリング・デンブロウら数名の最高級探索者チーム "悪ガキ倶楽部" を初め、当時アメリカ最大最強の発火能力者であったキャリエル・ブラックなどがこのモンスターを討伐して事態は収束したものの、今なおメイン州は人が住めない魔境となっている。


「ああ~……」


 歳三は寝ぼけた返事を返した。アメリカ史上最大の悲劇については歳三も聞いた事がある。


 ただ、昔の事だしアメリカなんて縁がないしということで現実味がないのだ。なんだったらどうでもいいとすら思っている。


 歳三が認識する"世界"というのは酷く狭い。


「Z作戦っていう計画がありましてね」


 権太がビールを煽ってからぽつりと言った。


「真珠湾攻撃にちなんだ作戦名なんですが、まあ趣味が悪い。それはともかく、その作戦はとーっても危険でね。ろくに情報もありません。まあ樹海浅層はある程度把握できていますが、それから先になるとさっぱりです。調査の人員も皆かえってこなかったものでね。望月会長……望月さんは富士樹海ダンジョンをヌシが存在するタイプのダンジョンだと考えています」


 ヌシが存在するタイプのダンジョンは珍しくない。例えば大磯海水浴場ダンジョンが挙げられるし、旭ドウムダンジョンもそうだ。


 この手のダンジョンはヌシを排除すれば領域が解除される。ただ、永続的に解除するためにはダンジョンの破壊が必要であり、ヌシを排除するだけならば一時的な領域解除となるだけだ。


「富士樹海ダンジョンはそのヌシがどんな存在かまだ誰にも分かっていないんです。Z作戦はそのヌシを見つけ出し、可能であれば討伐することを目的としています」


 割には合わなそうだな、と歳三は思う。


 歳三は確かに一種バトルマニアな面がある。モンスターだけが自分をまっすぐ見てくれるという妄想を抱いて、徒手空拳でダンジョンに挑むイカレだ。しかし別に自殺志願者というわけではないから、ダンジョンに挑む際にはある程度の安全を担保してから挑む。


「う~ん、甲級ってのは俺も経験がねぇからなあ」


「旭ドウムは甲級認定です。ただ、富士樹海と同格かどうかは……」


 歳三はかつてまみえた旭 道元の事を思い出す。


 ──ありゃあ強かったなぁ。死んでもおかしくなかった


 歳三の認識では"いきなり調子が良くなって良く分からない内に勝ってしまった"くらいの感覚だ。


「何人か甲級の探索者、あとは乙級探索者も参加する事になっていましてね。あとは他にも各企業の特殊部隊もね。陸上自衛隊も噛んでいますよ。ダンジョン領域には同時多発的に各所より突入します。これは当時、アメリカさんがメイン州のダンジョンを攻略する際に採った手法ですな。それはそれはド派手な作戦だったそうですよ、何せ数万という探索者が参加し、そのほとんどが未帰還だったという話ですから。ガッハッハッハ……ハァ……」


 権太はため息をつき、高級で上手いビールを酷く不味そうに飲み乾した。


 なあ佐古さん、と権太は言った。


「わたしゃ、正直佐古さんには参加してほしくないなァ。望月さんからは説得しろと言われているんですけどね」


「そんなやばいヤマなんですかい?」


 歳三はシュリンプを食べながらあくまでカジュアルに尋ねた。


「佐古さんでも死んでしまうかもしれませんねぇ」


 権太の言葉に歳三はふ、と笑う。


 怪訝そうに見返してくる権太に、歳三は苦笑しながら言った。


「ならその作戦に参加しなきゃあですね。馬鹿は死ななきゃ治らないんでしたっけ?なら俺の馬鹿も治るってもンだ」


 冗談めかした口調とは裏腹に、歳三の目には本気マジの念が籠っており、権太もそれを受け止めてから答えた。


「……作戦は、3月です。しかしね、佐古さん」


 各勢力の戦力調整の問題もある。


 "内憂" については楽観視は出来ないものの、望月は本格的な "侵攻" はもう少し先だと判断していた。それまで餌に食いつかせておいて──……というわけだ。


 準備期間、残された猶予。それらのバランスを鑑みて、Z作戦の決行は三ヶ月後という事に決まった。


 歳三に参加してほしそうにしながらも、同時に思いとどまらせようとする権太に、歳三は太い笑みを向けて言った。


「俺が必要だから言ってきたんでしょう?」


 珍しく歳三がイキった事を言うと、権太はしょぼくれたハゲ狸の様な風情で頷く。


 それを見て、"いつもは俺がそんなツラしてるんだけどなぁ" などと思う歳三であった。


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 ──『ああそうそう、襲撃があったら遠慮なく引導を渡してやってくださいな。ただ余裕があれば拘束し、高野グループの人に相談して欲しかったりもします。彼らはこの手の仕事が得意ですからね。これはウチが度々お世話になっている坊さんの連絡先です。摩風っていう爺さんなんですがね。一応協会全体には心霊インシデントが発生しているとアナウンスされると思います。まあ間違ってはいませんからね。流石に甲級ダンジョンが暴走中なんてのを知らせたらパニックが起きちゃいますから。……ああ、そうだ、私は暫く業務を休みます、というか望月さんのトコで動きますので、池袋からは離れるとおもいます。それじゃあまた会いましょ……む、ムゥー……恩に着ますよ、佐古さん、では……』


 権太の言葉を思い出して、歳三はため息をついた。


 権太が事細かく教えてくれたため事態は何となく理解したものの、明日からの仕事の事を考えると億劫極まりなかったからだ。これは富士がどうのとは全く関係のない、歳三のコミュ力欠如所以の悩みである。


 なにせ買い取りカウンターの職員は歳三の事を怖がる者が多い。


 ──なるようになるしかねぇか


 歳三はため息を一つ、二つとつく。


 白くなった息が夜に溶けるのを見ながら、歳三はぎゅっぎゅっと拳を握った。


 歳三なりに今の状況が大変なものだというのは何となくわかる。しかしそれはそれとして少しやる気が出てきたのも事実だ。


 世の中には自分の為よりも、気の置けない友人、知人、あるいは家族などの為に頑張る方がリキが出る者がいる。


 歳三もその手の人間であった。


 ◆◆◆


【探せん】ダンジョン探索者協会本部 part4649


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 893:名無しの戌級探索者さん


 協会が割れたか

 結構な上澄みの数が望月派だと思うけど望月の分離を副会長陣営が予想してるかしてないかでだいぶ情勢が変わるんじゃないか……



 894:名無しの戌級探索者さん


 どっちにつくの?



 895:名無しの戌級探索者さん


 >>894

 桐野でしょ。協会本体がないと誰が俺らの報酬を出すんだよ



 896:名無しの戌級探索者さん


 望月前会長って資産家じゃなかったっけ。投機でボロ儲けしてるとか



 897:名無しの戌級探索者さん


 そうは言っても限度があるんじゃないかな



 898:名無しの戌級探索者さん


 あ



 899:名無しの戌級探索者さん


 お。心霊インシデント?変なのひっぱってきた奴がおるんか

 昔、死の着信メロディとか流行らせた馬鹿いたよな。すぐ死んだけど。幽霊が



 900:名無しの戌級探索者さん


 どうせ高野グループが来ておしまいでしょ



 901:名無しの戌級探索者さん


 >>900

 次スレよろしく



 902:名無しの戌級探索者さん


 専属契約中なのに違う企業の製品使ったのバレたんだけど。誰か500万貸してくれない?違約金請求されたわ。この前マンション買って手元に金がなくってさ。来月2割乗せで返すちな丙級4年目


 903:名無しの戌級探索者さん


 >>902

 Stermアカウントでやりとりして電子契約結べるならいいよ



 904:名無しの戌級探索者さん


 >>903

 助かる!

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