日常77(マァ君、みぃちゃん、望月 織絵)

 ◆


 望月 雅人は父親に対して複雑な感情を抱いている。


 立派な人間だとは思うが、母親の連れ合いとしてはどうなのかという疑念があるのだ。


 勿論嫌っているわけではなく、その複雑な感情の根底にはリスペクトの念がある……のだが


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「はあ?今日で4日目!?」


 雅人が恋人である栗木 美奈子こと "みぃちゃん" を連れて横浜の実家へ顔を出したのは、11月のアタマ頃だった。


 実家には母親が一人で暮らしており、雅人としても気に掛けている。更に言えば距離自体も非常に近い。雅人がみぃちゃんと同棲している蒲田から横浜までは電車で20分もかからないのだ。


 だからちょくちょく顔を見に行く。


 ちなみにみぃちゃんの事は既に親に紹介しており、二人は親公認の関係と言う事になる。


 そんな雅人だが、父である望月 柳丞りゅうすけがもう4日も帰っていないと母から聞くと、腹の奥からグツグツと煮え滾るモノが頭に向けて昇り始めた。


 そう、柳丞という男は "これ" が非常に多いのだ。毎月、家へ帰る日数はといえば10日もないくらいだ。


 父不在の間、母親がこの広い家に1人でポツンと居る事を考えると、柳丞が立派な職業人であろうとも、父親……というか、夫としてはどうなのかと思わざるを得ない。


 雅人のこめかみに太い血管が浮き出してくるのを見たみぃちゃんは、すかさず「まー君、ステイステイッ」と背を撫でる。


「く、分かってるよ……それで、親父はなんで……まさか、怪我でも!?」


 雅人の表情が真剣なものになると、母親である望月 織絵おりえは苦笑しながら首を軽く振った。


「お勤めが最近大変みたいで。でも毎日電話をくれるから寂しくはないわよ」


 長く美しい髪がふわりと揺れる。


 それを見たみぃちゃんはふと妙な想像をしてしまった。


 それは織絵の長い髪の毛に、"夜" が逃げ込んでいるという想像だ。


 外は秋晴れで、これでもかと言う程に空が青い。


 そんな明るい世界では "夜" はとてもとても生きてはいけない。


 だから織絵の髪の裏に隠れて、時間が経つのを待っているのだ、と。


 織絵の髪の美しさは "夜" を宿しているからなんだ、と。


 ──じゃなきゃ、あんなに綺麗な髪の毛なんてあり得ない


 などと、自分のやや荒れた髪先を見て勝手にげんなりするみぃちゃんだが、これはいつものことだ。髪の毛の手入れを怠っているみぃちゃんの自業自得とも言えた。


 ──そもそも年齢は!?30代にも見えるし40代って言われたらそうかもって思っちゃうし、50代でも "そういう可能性はあるよね" って思えちゃうのってどういうこと!?お義父さんもそうだけど、望月家の人ってどうなってるの……


 望月 織絵の年齢は雅人の話では46なのだが、外見からは全く判断がつかない類のものだった。じっくり見ていると焦点をボカされるというか、思考がまとまらなくなるのだ。


 内心で唸り散らすみぃちゃんだが


「とりあえず、玄関で話していてもなんですから、リビングにいきましょうか」


 そんな涼やかな声で正気を取り戻した。


 ◆


 そんなこんなで雅人とみぃちゃんはリビングでくつろいでいる。向かいのソファには織絵が座っており、三人は世間話に興じていた。


「探索者はどう?美奈子さん。大変でしょうに……」


 織絵が心配そうにみぃちゃんに尋ねると、みぃちゃんは壊れた赤べこの様に何度もうなずき、「でもまぁ君一人だと絶対トラブルになるし」等と答えた。


 ちなみに雅人は既に丁級となっている。みぃちゃんはまだ戌級だ。戦闘行為への忌避感は既に消えているものの、雅人が過保護すぎてなかなか大きなチャレンジが出来ないでいる。


 対して雅人はみぃちゃんを守りたい思いがブースト的なアレとなって、ここ最近は著しく実力を向上させていた。


 ただ、素材の扱いが非常に雑で職員からの苦言が絶えない。


 みぃちゃんはその逆だ。


 非常に繊細で丁寧な解体をする。


 結果として、二人はなんだかんだで探索者としても良いコンビとなっていた。


「聞いてください、お義母さん!この前なんて私が少しからかわれてただけでまぁくんったら……」


「あらあら」


「手を出さなかったのは偉いですけど、腕を掴んだままずっと睨みつけてるんですよ!相手の人も最初は抵抗してまぁくんをぶったりしてたけど、段々と……」


「あらあら」


「そこまでだったら良いんですけど、まぁくんは相手の人が泣き出してもずっと睨んでるんです」


 探索者規約では、協会本部、または支部での戦闘行為は禁止されているが、ガンをつける事は規約違反ではない。睨まれたくらいで探索者を辞めるのならどうぞご勝手にというスタンスである。


「わかんねェーかなぁ、男は背中と目で語るんだよ!あのおっさんみたいにさ」


 あのおっさん?と織絵が目でみぃちゃんに問うと、みぃちゃんもそれを察して一つ二つ頷いてから答えた。


「はい、えっと私は覚えてないんですけど前に二人で居る時に駅前であったおじさんで、えっと、探索者みたいなんですけど。池袋で登録してたみたいで。あの辺はダンジョンも沢山あるし、情報も集まっているからってことで私たちもそこで登録してて、えっと、それでこの前たまたまそのおじさんが不良たちと話してたんですけど……」


 みぃちゃんがド下手糞な説明を続けようとすると、雅人は呆れた様子で声をかぶせた。


「説明ヘタすぎねぇか?俺が言うよ。そのおっさんがなんだかすごいんだよ、おっさんがクソガキ共をグッと睨むとバババってなんかやばいのが散らばって……」


 ──なんだかさっきよりも分かりづらくなったわね


 などと思う織絵であった。


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「それじゃあ気を付けて帰るのよ。雅人も、帰り道喧嘩したりしないようにね」


 雅人はそんな母の言葉に "するかよそんなもん" と内心吐き捨てつつも、様々な可能性を勘案した結果、 "出来るだけしないようにする" と軌道修正した。

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