日常76(歳三、鉄騎、鉄衛)
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都内某所の戌級指定ダンジョン。ここは元は大型のペットショップだったのだが、様々な暗黒めいた経緯を経て現在はダンジョンと化している。色々フクザツな事情があるダンジョンなのだが、その大元の原因はショップの店長であった。
ちなみにその店長だが、協会が秘密裡にこの人物を "処理" している。
このディストピアめいた社会では、ダンジョンを次々発生させるような歪み切った人格を持つ者は早期処分されてしまう傾向にある。
そんなダンジョンの某所で、歳三は犬型モンスターと向かい合っていた。
ところで戌級モンスターと聞くと、世間ではかなり舐められた扱いをされる風潮がある。
例えば探索者が主人公のアニメや書籍などでは定番のやられ役だ。
しかし、実際に戌級モンスターと向かい合ったひよっこ探索者は、その少なくない数が敗死未帰還となっている。
武装をしているにも関わらず殺されてしまうのだ。
それはやはり、戌級だろうとモンスターはモンスターで、ヘタをすれば荒れ狂った
歳三が向かい合っているモンスター達もその様なものだ。
犬型モンスターとはいうが、実際は犬をグロテスクに変形させたような姿をしている。
唸り声からは明確な敵意に溢れ、その目は──…もし目と呼べるなら、モンスターの体に無造作に散らばっており、歳三を悪意を以て睨みつけていた。
四肢は筋肉質でねじれ、如何にも膂力に溢れていそうだ。
そして不釣り合いなほど大きな口!
太い針のような牙がびっしりと生えている。
そんな自然の摂理、生命に対する冒涜を形にした様な存在が向けてくるぴゅあぴゅあな殺意を浴びたなら、戌級探索者になりたての者など小便を漏らして腰を抜かしてしまうだろう。
歳三とて最初はそうだった。
恐怖のミキサーに精神を圧搾され、哀れ歳三青年は大便すら漏らしてしまった程だ。
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歳三の左拳がギリリと握り締められる。
その拳に握り込まれているモノは、今ここでこの瞬間にブチ殺すという確固たる意志だ。
その純粋さたるや。
悪意と敵意と害意が形を為したような犬型モンスターでさえも持ちえない澄み切った殺意であった。
一般的に、相手を殺害するという行為には負の感情を伴うケースが多いが、歳三の精神世界には燦々とした陽光が降り注いでいる。
──あの時、俺にはお前らしか居なかった。お前らだけが俺を俺として見てくれていた……そのおかげで今こうしてここに居られるぜ
この時、放たれた歳三の掌底は二種のモノを纏っていた。
すなわち、感謝の念とプラズマである。
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狂気的な握力によって大気を握り込み、圧縮し、プラズマ化したそれを纏わせた掌底を相手にぶち込む。
結句、相手は大体死ぬ。
元々歳三は人力でプラズマを作る事くらいなら出来たのだが、これまでは滅多な事では使用する事が無かった。
なぜなら加齢により衰えた歳三の肉体ではプラズマの高熱に耐える事が出来ないからである。
しかし旭ドウムをぶっ飛ばしたあたりから、歳三は思ったのだ。
「あれ?最近体が軽いな」と。
それなら昔使えて今はもう使えなくなったアレやコレも使えるのではないか、と。
それらの技の一つ、乙級指定のイレギュラー「アルジャーノン」を葬った "太陽" は敢えて敵群に飲み込まれ、群中で巨大なプラズマ火球発生させて自身もろとも敵を焼き殺すというものなのだが、歳三はこれをもっとカジュアルに使えないか悩んでいた。ボディスーツまで焼けてしまうというのは帰る時に困ってしまうからだ。
この悩みを解決してくれたのは鉄騎である。
青梅市の丙級ダンジョンで鉄騎は "赤肌"と戦闘した。
この時鉄騎はそれまでの戦闘スタイルを一変させてなんだか歳三ナイズされた動きを見せた。
鉄騎が見せた技の数々は歳三から見てもスタイリッシュなものばかりだったのだが、その中に自身の腕を高速回転して発生させた貫通力と熱──…これらを以て敵を焼き貫いて殺すという非人道的なものがあったのだ。
高熱を帯びた鉄騎の腕がドリルの様に回転して赤肌の皮膚を破り肉を焼き、周囲に血液と肉片が飛び散る地獄の様な光景。
そんな光景に歳三は目を奪われた。
なんといってもドリルである。
ドリルが嫌いな男など銀河系には存在しない。
しかも後で聞いてみればその技は歳三の戦闘スタイルから着想を得たというではないか。
確かに歳三は中国拳法めいた技を使う事もある。
鉄騎が放った技が発勁なのかどうなのかは議論の余地があるがしかし、歳三にとってはそんな事は些末な事であった。
これでいて根がエモく出来ている歳三であるので、感動してしまったのだ。
いささか子供じみた話だが、「誰かの手本になる」というのは歳三の夢の一つだった。しかも手本にしてくれたのが鉄騎とあっては、これはエモを超えたエモエモを意識せざるを得ないだろう。
勝利・友情・努力、歳三は実はこういったテンプレ要素が好きなタチに出来ている。
「自分は人生の敗北者だし、友情を交わせる友はいない、努力はしているつもりでも誤った努力であるかもしれない」……こんなネガティブな思いを常に抱いている歳三だからこそ抱ける感動の、一種の極点でもあった。
この振り切ったエモを技へと昇華させたのが "
灼熱というには生ぬるい歳三の掌打が犬型・モンスターの頭部を溶解させ、吹き飛ばす。
──太陽と発勁……太陽勁?
などと考えながら、歳三は灼熱に炙られた掌をモンスターの体内に埋めて熱気を逃がした。そして、当たり前の話だがそんなものでは熱は逃げない。
後日、正式に "太陽勁" と名付けられたその馬鹿みたいな技は、普段使いリストから名前を削除される事になる。
掌がアチアチだと色々不便だからだ。
◆
「ふう、まあちょっと色々あったけどココは悪くねぇな。てっこやてっぺーも功績ポイントを稼ぎやすいだろう……蒲田みたいに妙な事もねぇしな」
歳三は依頼の素材集め以外にも、ダンジョン内の探索などをしていた。これは普段はやらないことだ。それをなぜやるかといえば、二機に不測の事態がない様にという思いからである。ただ、歳三自身もそれが余計な事なのは内心で分かってはいる。二機は歳三が見るかぎり戌級などで不覚を取る能力ではない。しかし……
──ダンジョンだからな
そう、ダンジョンは何が起こるかわからない。
だから事前に色々情報を集めておきたい歳三なのだが……
──念の為だ、ねんのため……
歳三の胸中にはどこかうしろめたさではないが、罪悪感めいたものがある。
それは奇しくも、金城 権太が歳三に対して抱いたお節介根性と質を同じくするものであった。
◆
数日後、戌級座学講義にて。
戌級座学講義の目的は探索者としてのキャリアを始めたばかりの新米たちに、ダンジョン探索に必要な基礎知識を教え込むことにある。
といっても細かい知識などを教えていったら切りがない為、最低限必要な知識を重点的にという形になるが。
例えばstermは外界と連絡を取れる唯一の端末であることや、依頼の受け方、各種ペナルティや現行法と探索者新法についてといった事だ。特に法律まわりの事は協会では力を入れて教えている。
ダンジョンの成り立ちなど学術的な事も教えなくはないが、こういった講義は選択式となっている。
そんなこんなで、大講義室に集まった戌級なりたてのひよっこ探索者たちは講義が始まるのを待っていた。
仲間同士で来ている者、一人で来ている者、タブレット端末を見ている者や協会から配られた冊子を読んでいる者など、時間の過ごし方は様々だ。
そんな中、講義室のドアが開いた。
入ってきたのは、二人連れの奇妙な姿の者たちだった。彼らは全身を覆うフード付きの黒いボディスーツを着込んでおり、マスクらしきもので顔を覆っているため、表情は全く見えない。
つまり、兎にも角にも怪しいのだ。
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──え、なんなの?だれ?講師?
──ボディスーツは桜花征機のやつかな、エチ……エチ……
──生徒にしては雰囲気がありすぎるし、講師の先生じゃないですかね?
──あいつらに話しかけたりするなよ、どう見てもヤバそうだ
──見掛け倒しじゃねえの?
そこかしこでそんな声があがる。
若い声、老いた声。
ひよっこ探索者達の年代は幅広く、まだ10代と思しき若者もいれば、頭に白いものが多く混じっている者もいる。一般企業などで冷や飯を食っている中高年男性などが探索者として第二の人生に賭けるという例も珍しくはない。
「な、なあ。もしかして講師じゃなくて探索者なのか?」
勇気を振り絞り二人に話しかけた者もいるが、二人は全く取り合おうともせず、静かに座席に座って真正面を向きぴくりともうごかない。
「えと……聞いてる?」
尋ねるもやはり応えはない。
まるで人形の様に何も話さず、動きもしない。
完全に無視されているていのひよっこAだが、二人の纏う雰囲気が異様で言葉に詰まり、やがてそそくさと立ち去っていく。
だがひよっこAには気付かなかったが、二人は今も盛んに情報交換をしていた。
鉄騎と鉄衛──…同じ機械の胎から生まれた兄妹、もしくは姉弟は、言語に頼らぬ会話が出来るのだ。
二人がどの様な会話を交わしていたのか。
それを知る者は当の二人以外には居ないだろう。
しかし確実な事が一つあった。
それは鉄騎も鉄衛も、1日でも早く歳三とダンジョンに……それも低級のダンジョンではなくて、それこそ甲級ダンジョンを探索出来る様に探索者階級を駆け上がるつもりであると言う事だ。
この二人の存在理由はただ一つ、歳三である。
自分達の主を押し上げ、言ってしまえば彼らの知覚する範囲の世界での "王" の様な存在にするのが二人の夢であった。
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この回は計4枚の挿絵があります。近況ノートにあげておきます
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