道了堂跡ダンジョン(終)

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 白い車が歳三達を轢き殺そうと速度を上げた。

 歳三、鉄騎、鉄衛の三者は思い思いの方向へ転げる様に回避行動を取りこれを躱す。


 躱し際、鉄衛の背負うバックパックからアンカーワイヤーが射出されるも、鋭利な先端が車体やいなや弾かれる。


『ヌッ!』


 鉄衛はぐるりとドームヘッドを回転させ、ビカビカとモノアイを明滅させた。その様子はどことなく怒っている様にも見える。


 佐々波曰く、二機には感情はない…というより二機のAIには感情を模倣する "エモーショナル・ドライブ" という機能がついていないとの事。だが、そう断言した佐々波自身がどうにも自身の言説に確信を持っていないように、その時の歳三には思えた。


 鉄騎がやや前傾姿勢に構えると、脚部のモーターから響く駆動音が段々と力強いものとなっていく。

 歳三はそんな鉄騎を手で制し、どっしりと腰を落として半身に構えた。


 白い車は反転し、再び三人に向けて凶走し始める。


 ドンッ!

 ドドンッ!!

 ドドドドンッ!

 ドドドドドンッ!


 1、2、3、4、5。


 歳三が踏み込んだ回数である。

 地が砕ける程の強い踏み込みは、大地からの反動を歳三の脚に返し、その反動を抑え込んで更に次の踏み込みをする。

 歩が進むたびに踏み込みは力強くなっていく。

 その某大なエネルギーは歳三の足の爪を内部より吹き飛ばしてしまうほどだ。


 しかし歳三はそんな些細な負傷など気にも留めない。

 最後の一歩、高まり切ったエネルギーは歳三の脚から逃げ場を求めて上半身へと伝導し、前方に倒れ込んだ歳三が背を突きあげると、轢殺せんと襲い掛かってきた白い車のフロントバンパーがまるで強烈なアッパーカットを食らった様にカチあげられ、

 更には間髪入れずに下から掬いあげられるように繰り出された掌打が車の前半分を吹き飛ばした。


 ・

 ・

 ・


 歳三はフウと息をつき、足指をモゾモゾと動かす。

 爪が吹き飛び、血が流れたせいで靴下の内が酷く不快な状態になっていたからだ。


 だが、その所作の何をどう勘違いしたのか、鉄騎がその場に跪き歳三のボロボロになったトレッキングシューズと靴下を脱がし、飲料水でもって血を洗い流して応急ツールを使用した。

 ちくりという感覚の次瞬には歳三の足指から痛みが消え、強い痒みを感じたかと思えば爪が再生し始める。


 もはや"応急"どころではないが、同じものを他の探索者に使用してもこのような馬鹿げた効果は発揮しない。

 25年もの間、男の肉体は強くタフであれという一念で探索に臨んできた歳三だからこそ発現するのだ。


 しかしそれはそれとして、と歳三はどうにも気まずい思いで胸が一杯だった。何せド偉そうに足を突き出し、女性めいたシルエットの鉄騎を跪かせて手当をさせて、しかもその姿を鉄衛や、"部外者" に見られているからだ。


 ちなみに"部外者"は最初からこの場に居た。

 花柄ブラウスに、マキシ丈のロングスカートというどこかビンテージ感のある服装の女性で、年の頃は20代か、あるいは10代後半かといった感じであった。


 ビンテージ感があるのは理由がある。

 そもそも彼女はこの時代の人間ではなく、それ以前に生者ですらない。


 ここは東京都八王子市鑓水八王子、丙級指定 "道了堂跡ダンジョン" だ。


 昭和48年の話だが、ここで女子大生が殺された。

 痴情のもつれが原因だと目され、犯人が乗っていた車が白かったことから、白い車に乗って道了堂を訪れると呪われるという怪談が生まれたのだが、探索者協会の調査ではその悲劇にまつわるエネルギーがダンジョン生成に寄与したのではないかとの事だった。


 しかし話自体も相当に昔のものだし、殺人現場が全てダンジョンになってしまうというのなら日本は、というか世界中ダンジョンだらけになってしまい、生き物はそれぞれの生存圏を追われてしまう。


 そういうわけで、ダンジョン発生に際しての条件はいまだにはっきりとはしないが、すくなくとも発生した場所には必ず何かしらの逸話、伝承、怪談なり…があるというのが定説だ。


 歳三達が女性の方を向くと、女性は頭を下げて次第に消えていった。そしてふわりと風が吹き、歳三はいつのまにかダンジョンの外に居る事に気づく。足元をみれば白い金属の塊がころがっていた。これはダンジョン素材で、買取価格は5、600万程度だろう。


 丙級指定 "道了堂跡ダンジョン" はやや特殊なダンジョンだ。

 モンスターは2種類しかいない。

 白い車と、若い女性の怨霊だ。

 入場の仕方によってどちらと相対するかが決まる。


 白い車で入場したなら、ダンジョン内では女性の怨霊が待ち構えている。それ以外の方法で入場すれば白い車がこちらを轢き殺そうと襲い掛かってくるのだ。

 ちなみに、探索者達はもっぱら車のほうをしばいている。

 やはり後味というものも大事であるので。


 どちらもそれなりに難易度が高く、丙級指定ではあるが厳密にいえば乙級相当のモンスターだ。しかしダンジョンの内部構成が非常に単純であるため丙級指定とされている。


 歳三は金属を拾い上げ、借金完済に至る長い道程を思って内心でちょっとため息をついた。




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歳三は暫く借金返済のために働きます。


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