秋葉原電気街口エムタワーダンジョン⑭

 ■


 炸裂乱舞する光彩の奔流と、極大の音圧が男たちを叩きのめした。


 怒号、叫び、悲鳴の坩堝るつぼと化したその空間に、真っ先に飛び込んだのはTHE・カラテ…ではなく、ティアラだ。


『動くな、ぶぁかたれがァッ!!』


 ただのティアラではない。

 ぶっちギレてるティアラである。

 いつのまにかかけているサングラスのせいで彼女の目は見えないが、もしサングラスをかけていなければ怒りで充血した夜叉の目を見る事が出来ただろう。


 当初ティアラはクールなマインドで突入したのだが、その際にヤク漬けになった全裸の男女を見て、瞬間的に事情を理解したのである。


 ティアラはヤクが嫌いだ。

 シャブ漬けセックスなどとんでもない事だと思っている。ハマオの使うカンフル剤すらも内心は余りいい気分はしていない。


 なぜならば彼女がまだピュアピュアだった頃にタチの悪い男にひっかかって、シャブ漬けにされた挙句に客を取らされたからである。ほろ苦い風俗デビューという過去を持つティアラは違法薬物を許さない。


 ティアラは怒れるパツキンの弾丸と化し、青龍刀を構える一人の男の胸部に照準を合わせると同時にマグナムをぶっぱなした。それで一殺。


 すかさず下品にも大口を開けて、綺麗にホワイトニングされた歯をガチリと咬み合わせた。


 金属音。

 同時にティアラの頭がやや後ろへかしぐ。


 頭を戻したティアラの歯には、一本のナイフが噛み締められていた。投げ放たれたナイフを口で受け止めたのだ。ティアラのオーラル・テクニックは現役時代から定評がある。


 ティアラは姿勢をぐんと屈め、前へ前へと疾走した。

 美しき雌豹の走りである。その手には自身へ投げられたナイフが握られており、その刀身を一人の男の胸へ深々と突き立てた。これで二殺。


 そして三殺目は一本の頭髪も生えていない小柄な男にしようとした所で、巨大なハンマーに真横からぶっ飛ばされた様に跳ね退いた。全身の肉に小さいバネがみっしりと詰まっているかのような動きだった。


 小男が片手を掲げている。

 ティアラは、小男のその何気ない仕草から強い厄を感じ取ったのだ。


 片手にマグナム、片手に血まみれのナイフを握って低く腰を沈めるなり、突撃した時の勢いと同じ勢いで後退した。行くも戻るも、ティアラの判断も動きもとにかく早く、男たちも素人ではなかったものの対応が出来なかった。


 男たちの中で泰然としているのは禿頭の小男のみである。


 ■


『THE・カラテ!ちょっと護って貰っていいですか!?』


 ティアラが言うと、THE・カラテは頷いてティアラの前に立った。そして、カメラに向かってやや煽り気味の笑顔を浮かべて口開いた。


『なんとなんと!このダンジョンの最上階には悪い人たちがいました!ご覧ください!典型的な反社組織です!全裸のお兄さんやお姉さんが酷い目にあわされてますよ~!変な薬を打たれているのかな?あ!ぐったりしているのは先程のフラッシュバンの影響でしょうね!一般人用なので、男たちには余り効果がなかったみたいです!一瞬怯ませるのが精々かな?でもちょっと威力偵察を仕掛けて2人ほど斃しました!リスナーの皆さん、褒めてくださいね~ッ!』


 ね~ッ、の時点で銃声がいくつも響いた。

 男たちが銃撃してきたのだ。


 ティアラがちらとTHE・カラテを見る。


『…大丈夫ですか?』


「ああ」


 THE・カラテが短く答える間にも頻りに銃撃音が聞こえてくる。


 ──彼のボディアーマー…サイズはハーフ、しかも桜花製でしょ?絶対大丈夫じゃないと思うんだけど…


 ティアラは内心で首を傾げた。2つの理由で解せなかったのだ。


 1つは絶対大丈夫じゃないはずなのに大丈夫そうな様子のTHE・カラテの様子が解せなかった。


 もう1つは絶対大丈夫じゃないんだからさっさと助けに入るべきなのに、なぜだかコイツなら大丈夫かなと思ってしまっている自身の気持ちが解せなかった。


 ハーフサイズとは簡単にいえばちょっとした胸当ての様なもので、主要臓器を保護する程度の…いってしまえば気休めである。しかも桜花征機のものとくれば、探索者用の銃で銃撃されつづければたまったものではない。そのはずだった。


 しかしTHE・カラテは腕を十字に交差し、銃撃を耐え忍んでいる。というより、腕以外の箇所も明らかに銃撃されていた。なんだったら鉄棒らしきもので殴られたり、刀剣で斬り掛かられたりしている。ばらばらとアーマーの黒い破片が床にこぼれ落ちる。過剰な負荷にボディアーマーが耐用限界を超えたのだ。しかしTHE・カラテはびくともしない。


「心配はいらない。これは十字受けクロスアーム・ブロック。あらゆる攻撃を防ぐ構えだ」


『ソウイウ モンダイカナ』


 鉄衛は思わず突っ込んでしまったが、歳三は人間関係構築は兎も角として、戦闘においては漫画やアニメでよく見る攻撃偏重馬鹿ではない。


 例えば十字受け。これ自体には余り意味はないが、今の歳三はひとたび攻撃を受けようと肚を決めれば、最新鋭戦車の砲撃の接近射をも無傷で受けきる圧倒的タフネスを誇る。


 当初の歳三には無かったタフネスだ。

 理由はある。これは歳三本人も気付いていないが、これまでのダンジョン経験は歳三の肉体強度を更に高めているのである。


 乙級指定である蒲田西口商店街ダンジョン(内環)からなぜか外環まで出てきたイレギュラー、アルジャーノンとの戦闘で負った傷


 自身の技、"太陽"によって重傷を負った経験


 乙級指定新宿歌舞伎町Mダンジョンのシシドから負わされた刀傷


 そういった経験が歳三を更に強くしていた。


「きてはぁ~~ッ!!」


 THE・カラテは絶叫と共に不注意にも接近戦を仕掛けて来ていた二人の男の腕を取った。


おれも使わせてもらうぞ、武器を」


 ここで初めて禿頭の小男が口を開いた。


『蛇腕闘鞭術、か。貴様、人の心がないのか?』


 ・

 ・

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 蛇腕闘鞭術じゃわん とうべんじゅつは古代中国の伝説的な武術家が考案した合理的かつ非人道的な武術である。この特異な技の本質は攻撃と防御を同時に行えることだ。瞬時に相手の腕を掴み、まるで稚児が蛇をつかんで振りまわすようにぶんまわし、人体を武器として敵を攻撃するのだ。


 倫理的な観点を抜きにすれば人体は武器としても防具としてもそれなりに使える事は言うまでもない。また、敵集団のボディを武器とすることで、心理的なダメージも期待できる。もっとも人体という武器の性質上、武器として使用している内に損壊し使い物にならなくなる可能性が低くはないという問題点もある。


 だがいずれにせよ、この武術が極めて冷徹な戦闘思考の下に編み出された恐るべき武術である事に変わりはない。ただし現代では創作物中でしか登場しない幻の武術でもある。


 理由としてはやはり、非人道的なので。


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