日常64(歳三他)


 池袋本部で赤髪の謎の男と話した日の夜、歳三は特に何をするでもなく漫然とニュースを見ていた。ベッドに寝転がりながら、ビールを飲みつつ。


 画面越しでも緊迫した雰囲気が漂っているのがよくわかる。ニュースキャスターは真剣な表情で話している。


 ──『先日の旭ドウムのダンジョン化現象による犠牲者数は推定で10万人を超えます。国内でこれ程の犠牲者が出たのは1923年9月に発生した関東大震災以来で……』


 画面には旭ドウムの跡地が映し出されていた。


 歳三のせいである。


 跡地というのは言葉通りの意味で、ドウムは影も形もない。


 だが、逆説的ではあるがこの程度で済んだのは道元のおかげだ。


 歳三の放った加減無しの一撃は誇張抜きで小型の戦術核並みの破壊力を有していたが、その破壊力の殆どは魔蟲・道元の肉体を崩壊させる事に消費された。その為にドウムがぶっ飛ぶ程度で済んだのだ。幸いにも救援にやってきた職員達にも死者はでなかった。


 ──『旭真大館の前館長である旭 道元氏もダンジョン化によって亡くなり、この事故は都市部を襲う未曾有の大災害として……』


 ──『各国は政府に対して情報の提供を求めており……』


 ──『探索者協会に責を求める声もあり……』


 ──『また、高野グループ総帥、寂空じゃっくう大僧正はこの事故に対して実に80年ぶりに公式声明を……』


 歳三も自分がドウムをぶっ飛ばした事を理解しはいるのだが、特に責任は感じていない。感じる必要があるとも思っていなかったし、実際に歳三には如何なる責任も存在しない。


 協会からもこの件については歳三に一切の責任はなく、歳三は十分オーダーをこなしてくれたというお墨付きを得ている。


 ──『旭真大館の新館長に凶津 蛮氏が就任したとの情報も入ってきています。ご存じの通り凶津 蛮氏は六大陸それぞれの格闘技大会での優勝経験があり、世界で唯一 "ワールド・グランド・チャンピオン" の称号を持っています。旭真大館の新館長就任としては十分な実績があると言えるでしょう。凶津 蛮氏はこの惨事を受け、ダンジョン化問題への対応と被害者支援に全力を尽くすと述べており……』


 キャスターの表情は深刻だが、ニュースを見る歳三の顔は漫漫然然としている。


 漫漫漫然然然然とさえしているかも知れない。


 眠気飛ばしの為か、口元には火のついた煙草が咥えられているが……


 いつのまにか歳三は眠ってしまっていた。


 ・

 ・

 ・


 夢の中、闇の中。


 歳三は黒いドレスを着た少女の前に立っていた。


 少女の顔立ちは定かではない。


 前髪がだらりと垂れ、目を隠してしまっているのだ。


 目が隠れていると人の顔というのはたちまち不分明なものとなる。


 少女は歳三に何かを差し出してきた。


 そう、"何か" だ。


 歳三にはそれが何だかわからず、受け取る事をしなかった。


 だが、何となくそれがとても価値のあるモノの様にも思える。


 すると少女が屈みこみ、歳三の足元に "何か" を置く。


 再び少女はどこかから "何か" を取り出し、歳三に差し出した。


 歳三にはそれが何かやはりわからない。


 再び少女が屈みこみ、歳三の足元に "何か" を置く。


 歳三にはそれも先程のものと同様に、何かとても価値があるようなモノに思えた。しかし何なのかが分からないので受け取るわけにもいかない。


 その繰り返しだった。


 やがて少女は怒った様に何かを言うが、何といってるか歳三には聞こえない。


 闇の奥から複数の男女が姿を表す。


 顔はやはり見えない。


 少女の様に前髪がだらりと垂れているわけではないが、まるで盲点に入ったかのように顔を認識できない。


 何人かの男女の中から女が一人歩み出て、少女の方へ向かうと屈みこんで何事かを囁いている。


 女は歳三を指さし、呆れたように首を振る。


 歳三は女の仕草に悪意の様なモノは感じなかった。


 しかし強く強く、ひたすら強く女が……いや、その場の全員が歳三に対して呆れている事はなぜだか理解できた。


「俺が何をしたってんだ?」


 理不尽なものを感じた歳三は思わず口に出す。


 すると男たちも女たちも歳三の方を向いた。


 いまや無貌の男女たち、その全員からの注意が歳三へ集中している。


 歳三には彼らの顔は認識できない、しかし。


 ──なぜか、俺はこの人たちの事を知っている気がする


 ・

 ・

 ・


 そこで目が覚めた。


 何かが焦げた様な匂いが鼻をくすぐる。


 歳三はハッとし、下を向いた。


 シーツが焦げている。


「ベッドで煙草を吸うのはもうやめるか……」


 危なかったと思いつつ歳三は猛省し、考えをまとめる為に煙草を咥えて火をつけた。

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