乙級指定墨田区錦糸堀公園ダンジョン(了)
◆
歳三のショートアッパーを頭を引っ込める事で躱した河童は、強烈な前蹴りを歳三の腹部へ叩き込む。
そのまま数メートル吹き飛ばされた歳三は、追撃を確認もせずに足刀で宙空へ月を描いた。
青い血が飛び散る。
河童の右腕が叩き切られたのだ。
しかし河童は切られた腕を残った方の腕でキャッチし、まるで長物の様に腕で宙を切った。
歳三は咄嗟に十字に受けるが、腕の表面には浅くはない傷が残る。
血液の散弾だった。
にたりと嗤う河童だが、次の瞬間には歳三が目の前に肉薄。
両の掌打が河童の左と右の側頭部を同時に打つ。
河童は頭部を含む全身の護りが非常に硬い。硬質というわけではなくむしろ柔らかいのだが、その柔らかさが打撃を完璧に殺す。
打撃殺しの完成度は非常に高く、歳三の手札がある程度制限されてしまった程だ。
しかし内部はどうか?
歳三が放った両側頭部への掌打は微細な振動を纏っている。
これで頭を打たれると頭の中身がぐちゃぐちゃになってしまう。
果たして河童はと言えば、両眼、両耳、鼻孔、そして口から青い体液を垂れ流し、ドンとその場へ斃れ伏した。
残心を崩さず、河童を睨みつける歳三。
体の各所を負傷している。
『お疲れ様です佐古さん!乙級指定、イレギュラー指定、"おいてけ河童" の討伐お疲れさまでした!収集対象部位はお皿です!』
「しっかり仕事出来たみたいで安心しましたぜ。それにしても手強いやつだった。殴っても平気の平左で殴り返してくるんだもンなァ」
『え?平左さんって誰ですか?』
「えっと、あ、いや……」
『検索しました!そうですね!平気の平左でしたね!凄くかっこよかったですよ、最後の技はなんていう名前なんですか?』
「いや、特に名前を決めてるわけじゃ……漫画で読んだやつをね、まあちょいと拝借して」
『そうなんですね!でも凄かったし、是非名前をつけてあげたほうがいいですよ!打撃がきかないモンスターや……敵とかも出てこないとはかぎりませんからね!技名があったほうが思い入れわいてすぐ"良し!あれを使おう!"と思い出せるんじゃないですか?』
確かに、と歳三は思う。
だが考えても考えても良い名前が思いつかない。
まさか漫画の技名をそのままパクってしまうわけにもいかない。
歳三は道すがらずっと悩み続けた。
◆
乙級指定墨田区錦糸堀公園ダンジョンは特殊指定のダンジョンだ。
特殊指定ダンジョンとは 丙級指定 "道了堂跡ダンジョン" の様な入場や退場に何らかの条件付けがされているダンジョンを指す。
乙級指定墨田区錦糸堀公園ダンジョンではただ一体の強力なモンスターが出現する。
その名は "おいてけ河童" 。
ダンジョンに入場した探索者はデフォルメされたコミカルな河童と出会う。そして、「おいてけ」と言われるのだ。
この時、探索者が何でもいいから所持品を渡すと河童はそれとほぼ同等の価値を持つ "何か" をくれる。
それが何かはその時々で異なるが、例えば葉っぱだったり一掬いの水だったりする。
それらは当然ダンジョン素材としての価値が高く、探索者としては決して損な取引にはならないのだが、一つタブーが存在する。
河童が渡してきたモノを受け取らない……それがタブーだ。
もし河童の提案を拒否すると河童はより価値のあるモノを渡そうとする。それは頭の皿だ。
この柔らかい皿は非常に生体適合性が高く、また埋め込まれた生体の状態を健全なものへ保とうという自己保全能力も有する。
この様な素材、使い道を考えるだけで軽く100、200は挙げられるだろう。
しかしこの頭の皿を得るにはとあるモノを置いていかねばならない。
物々交換という奴だ。
このとあるモノが曲者だった。
なぜならそれは"命"だからだ。
河童との戦いは困難を極めるだろう。何か変わった事をしてくるわけではないのだが、とにかく肉体性能が高い。シンプルに強いのだ。そしてタフである。特に打撃などに対しては強い耐性がある。
戦闘時のおいてけ河童はそれまでの愛らしい様子とは違い、筋肉隆々の巨大な河童の化け物と化す。両眼は爛々と深紅に輝き、強欲な侵入者を血祭りにあげようと襲い掛かってくるのだ。
本来なら乙級のチームで当たるべき強敵である。
しかし友香はそれを歳三に振った。
だが、負傷はしたものの歳三はまだまだまだまだ余力がある様にみえる。
友香はまだまだスパイスが足りてなかったかと反省をした。
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