特別な依頼⑤

 ◆


 ダンジョン化した空間はかなり無節操に拡大・拡張するため、元の広さの何倍にも、時には何十倍にも広くなる事がままある。


 それはこの "旧天津重工町田工場ダンジョン" も例外ではない。元の広さに比して数十倍もの広さを誇る。


 ちなみに日本で一番広い工場は千葉県君津市にある新日本製鐵君津製鐵所で、敷地面積は約1173万m²(東京ドーム約220個分)だが、流石にそれほどは広くはない。


 ただ、少なくとも東京ドームが数十個はすっぽり入るくらいには広いのだ。


 廃工場の残骸が散乱する広大な空間──……錆びついた機械が不気味な音を立てる中、歳三は探索を続けていた。


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『ちなみにですが佐古さんは気配を察知するPSI能力を使えたり、索敵に有効な機器などを所持していますか?先程から、その、何と言いますか……適当に探索している様な気がするのですが。確かにマップはありますが、もしかして端から端までローラー戦術で探索している感じですか?』


「あ、ああ……超能力とかは使えなくて。機器?は普段は持ち歩く事も、ある。ないわけじゃないですぜ、本当の事だ……」


 答えはNOに決まっているのだが、歳三はつまらない嘘をついてしまった。歳三は良く言えば直感に頼るタイプ、悪く言えば無計画にダンジョンを探索するタイプの探索者だ。


 とはいえ、直感に頼る探索者は珍しくはない。


 そもそも先人が残してくれたダンジョン内のマップも、一切誤りがないかと言えばやや怪しい。


 ダンジョン内の構造が変化する事はこれまでの一度もないが、その一度目が決して訪れないとも言い切れない。


 だからどうせ曖昧なモノに頼るなら、と自身の勘を頼りに探索をする者も居なくはない。


 生還率は余り良くないが。


『本当ですかぁ~?いえ、怒ってませんよ!そういうスタイルの探索者さんなら、こちらとしてもそれを踏まえた支援体制を……というのがありますからね!それで実の所はどうなんですか?結構適当だったりするんですか?』


 友香がふたたび問うと、歳三の額目掛けて金属製の太いスパイクが風を切って飛んできた。こんなもの、もし一般人の頭部に直撃したら頭が丸ごと消えてなくなるだろう。


 歳三はそれを前蹴りの爪先部分で弾き飛ばし、飛び上がって弾き飛ばされたスパイクを掴んで、それを前方へ投擲する。


 前方にはモンスター化した釘打ち機が立ちふさがっていた。


 まるで鋼鉄の蜘蛛とでも言う様な禍々しい姿のモンスターだ。全身から太い釘を生やし、大きく青いモノ・アイが不気味に光っている。


 しかしそんな釘打ち・モンスターだが、歳三が投擲したスパイクがモノ・アイに突き刺さって、断末魔にも似た電子音を掻き鳴らしながらその場に崩れ落ちた。


「ま、まあ気分で探索する事は多いんですがね」


『そうなんですね、でもここからは結構トラップも多いので少し注意しながら進んだ方がいいと思います。ほら、あそこの少し色が違う床。あそこを踏むと不味いですよ!……一応確認しますけど、ダンジョンについての情報ページは読んでこられましたよね?』


 友香がなにやら歳三を疑っている様な様子で問うと、歳三は心外だとばかりに少し早口で答えた。


「もちろんですぜ!確か情報ではこの辺から罠が出てくるって話……っだ!」


 と、歳三は腕を振って掌で大気を掻きむしった。


 歳三は随分前に自身の一挙手一投足で音の壁を打ち破ったり、真空を作り出したりできたのだが、簡単に真空とはいってもレベルがある。


 低真空、中真空、高真空、超高真空、極高真空と一口に真空と言っても種類があるのだ。歳三が作り出すそれはせいぜいが成層圏のそれと同レベルであり、程度としては低真空にあたる。


 それでも左右から襲い来る火炎放射を吸引し、鎮火せしめるには十分であった。


 そう、歳三はまんまとトラップに掛かったのだ。


 だが無傷で切り抜けた。


「あ、肘部分が破れちまった……」


 歳三が残念そうに言う。ボディアーマーが歳三の無茶な動きのせいでやや破損してしまった。歳三という男は始終そんな調子である。だから本来ならば命を預ける大切な防具も、歳三にとってはちょっとした作業服程度に過ぎない。まあ桜花征機のボディアーマーがどうにも脆いというせいもあるのかもしれないが。


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 友香はそんな歳三をモニタリングしながら、首を傾げる。


 ──あそこまで人間を辞めておいて、それでもみすぼらしく見えてしまうのは何故なんだろう?


 友香は歳三の行動を観察しながら、内心で彼に対する疑問と好奇心が交錯していた。


 大して長い人生でもないが、歳三は友香がこれまで観た者達の中で一番強く、そしてしょうもない。


 ──頭も悪い……様にみえるけど、自分の興味ある事なら目覚ましい成果を見せて、それ以外の分野では無能ってタイプかな。罠に無頓着なのは、そもそも罠なんて気にもしてないからだと思う


 友香はもっと歳三の事が知りたいと思った。やや潤んだ瞳、紅潮した頬がどこか艶めかしい。


 歳三に熱い視線を注ぐ友香──……ただ、それは "男" を見る目ではない。


 例えるならば、昆虫マニアが希少な昆虫を見つけた時の目であった。


 ◆


 ──やはりか


 屍 晃史郎かばね こうしろうは舌打ちをした。望遠機能を起動したバイザー越しに歳三の背が遠ざかっていく。


「誘われていますね」


 岩戸重工特殊部隊の一人、東条院が言った。


「あっちへふらふら、こっちへふらふら。俺たちが仕掛けてくるのを待ってるってわけですか」


 後を引き取る様にノノムラが言う。


 隊の切り込み役を務める蟻座魅ぎざみは明らかに不満そうな表情を浮かべていた。


 サイボーグの巨漢、我聞がもんは晃史郎を見つめている。指示を待っているのだ。


「時間を与えれば与えるほど……というやつだな。まずは交渉から始めるという方針は変わりないが、場合によってはこちらから仕掛ける。意見のある者は?」


 誰もいない。


 この時晃史郎は口では交渉とは言ったものの、胸中では既に歳三との交戦を決断していた。






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今日は「★★ろくでなしspace journey★★」のほうも更新しています。こっちはSFです。バトルアクションのないしょうもなおにいさんって感じです。こちらは近況ノートに何十枚も挿絵があるので宜しければ!

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