特別な依頼⑧(了)~発達障害~

 ◆


 ──躱せねえなッ!


 回避不可の判断は早かった。


 歳三の奥歯がガチリと嚙み合わされ、左腕に力が注ぎ込まれる。


 そして、力む、力む、力む。


 次瞬、薄刃が歳三の腕に食い込み、そして骨で止ま──……らなかった。


「ぬうううううッ!」


 いきむ晃史郎。


 歳三の腕の骨に食い込む刃がぎゃりりと音を立てた。


 晃史郎のPSI能力で収束した物質が、チェーンソーの様に軌道しているのだ。


 血が飛沫しぶく中、歳三は動じない。


 この男は心の痛みに恐ろしく弱いが、肉体的な痛みには滅法強い。


「硬いな!お前も生身ではないのか!」


 晃史郎は言うなり、更に精神力を集中させる。


 塵を集めて刃にしたり、それを自在に動かすだけがこの男の能ではない。塵を細刃と見立てて、敵手の体内に浸透させる恐るべき奥の手を持っている。これ程の精密なPSI操作が出来る者は、同系統のPSI系乙級探索者にもほぼ存在しない。


 単純な出力だけなら晃史郎を上回る者は少なくないが、無数に等しい塵の一つ一つを操作するというのは、少なくとも常人の演算能力では不可能な事だった。


 そして、晃史郎はまさにその奥の手を切ろうとしている。


 だが歳三はそこに隙を見た。


 相手を仕留めようという時こそ、相手から仕留められる可能性が最も高くなることを忘れてはならないのだ。


 歳三の前蹴りが晃史郎の胸に叩きつけられると、そのまま後方へまっすぐ吹き飛んでいく。


 可愛らしい子犬が大型のトレーラーに衝突されてもこんな吹き飛び方はしないだろう。上半身が千切れて飛ばなかったのは奇跡といってもよかった。


『はあッ、はあッ……すごいキックです!でも気を付けて!多分まだ死んでいませんよ!照合をした結果、彼は恐らく……』


 やけに色艶がある声だったが、歳三がそれに答える余裕はない。


 我聞がもんが右掌を歳三に向けていた。手首から先が床に落ちていた。そして手首の部分には──……穴だ、穴が空いている。


『砲です!避けて!』


 友香の叫びと砲の発射、さらに歳三の蹴り上げがほぼ同時に行われた。


 大口径のレールキャノンから放たれた砲弾が上方へカチあげられ、天井を突き破ってどこかへと吹き飛んでいく。


「なァにィッ!?原子力潜水艦だって一撃で沈められるってのにッ!ち、畜生!」


 我聞がもんが叫んだ次の瞬間には、歳三のラフなぶん殴りが我聞がもんの顔面を叩き潰していた。いや、それどころか衝撃に首が耐えられずに頭部がもげ、吹き飛んでしまう。


 ばちり、ばちりと火花が散り、首無しの我聞がもんの遺体がどうと斃れ伏した。


 それを確認した歳三は我聞と出入口から視線を切らず、手早く治療キットの針を腕に突き刺す。治療用のナノマシンが歳三の腕に注入されているのだ。ちなみにこのキットにも格があり、一本ン百万円のものから数万円で購入できるものまで、傷全般に効くものや、火傷に特化したもの、凍傷用などと種類も豊富だ。


 歳三が使っているのはマルチに使える高級品である。


 ◆


『彼らは岩戸重工の特殊部隊の一つですね。特にあの"首切り" 屍が出てくるとは想定外でした。あのキックでも多分死んでいませんね。当たったのは胸部ですし、いくらでも増加装甲が積めるでしょうし……』


「はあ、特殊部隊。強盗じゃなくて仕事だったんですか。それでそのカバネさんってのは有名な人なんですかい?」


『有名もなにも!日本で最初にフル・サイバネティック手術を受けた元軍人さんですよ。脳みそ以外全部とっかえちゃうっていうのは結構大変なんです。当然体はぜ~んぶダンジョン素材で出来ていますから、ただのサイボーグだと思ってはいけません。超人ですよ、超人!』


「教えてくれたら良かったのに……」


 歳三がそう言うと、友香は申し訳なさそうに謝罪した。


『彼は大分前に中国の覚醒者……ああ、日本でいう探索者ですけど、その中国の覚醒者と相討ちになって木っ端みじんに吹き飛んだ筈なんです。当時彼……屍 晃史郎は日本国陸自特戦隊の副長でしてね、昔の中国は現在よりずっと剣呑で、覚醒者部隊を送り込んできては破壊工作を仕掛けてくる蛮族みたいな国だったんですよ。昔の大日本帝国よりよっぽど酷い領土拡張主義をとっていたそうで……まあその絡みで陸自特戦隊と中国の覚醒者部隊が衝突する事になったんです。ってこれ言って良かったのかな?まあ専属オペレーターだしセーフですね!でも口外したら大変なので黙っておいてくださいね!』


 なぜ友香がそういった事情に詳しいのかと言えば、それは彼女の来歴(特別な依頼③~今井友香という女~参照)を考えれば納得できる所ではある。


『ところで先程蹴り飛ばした屍氏ですが、確認しないでもいいんですか?』


「生きてるならまた来るでしょうし、死んでるならそれまでだ。でも、生きてて逃げたってンなら……あの兄さんが本気で逃げようと思ったら、今からじゃ追いつかねえな」


 歳三はそんな事を言い、自らの手で惨殺した死体の一体一体に一々手を合わせていた。


『何をしてるんです?』


 好奇心から友香が聞いてみると、歳三は「そりゃ、成仏できますようにってね」と当然の様に言った。


「聞けばこの人らも強盗じゃなくて仕事だったって話じゃないですか。仕事ならそりゃあ死ぬこともあらぁな、でも手を合わせて見送ってやる人が一人くらいはいてもイイでしょう」


 それを聞いた友香は、歳三のバイザー越しの光景を見て首を傾げた。


 どれもこれもまともな死に様ではない。


 惨死だ。


 真っ二つにされてしまった者


 全身に礫を浴びて孔だらけとなった者


 頭を吹き飛ばされた者…が2名


 そして、手を掛けたのはほかならぬ歳三である。


 一体どの口で「手を合わせて見送ってやる人が一人くらいはいてもイイでしょう」などと言えるのか、友香には歳三の精神構造がよく分からなかった。


 とはいえ、その疑問は忌避感を伴うものではない。


 むしろ、分からないから面白いという好奇の念が強い。


 ただいくつか分かった事もある。


 ──佐古さんの世界は凄く小さい。そして視野がとても狭い。ここまで人間が小さいと、他人を敵か味方かの両極端でしか分類できないでしょうね。白か黒か、0か100か。とても単純に世界を色分けしている。外の世界をどこまで複雑に色分け出来るかがその人の精神の成熟さを表すのだとすれば、佐古さんは酷く未成熟……アダルトチルドレン!協会のカウンセラーは佐古さんを強度の発達障害だと診断していたけれど、間違ってはいないみたいね


 友香は歳三が聞いたら泣いてしまう様な人物評価を下した。


 そしてその評価は間違ってはいない。


 歳三はずっと「自分に牙を剥いてきたから殺す、敵だから問答無用で殺す」という様なムーブを取っているが、健常に精神が発達出来ている者であれば、敵であっても殺す以外の選択肢を模索できた筈である。


 しかし、殺さないで利用したほうが後々の為に役立つというシーンだっていくらでもあったにも関わらず、歳三が取ってきた手段は殺害の一択だ。


 だが友香はそれで何が悪いのかとも思う。


 その人間が自身にとって忌避すべき存在かどうかを決める基準はその人間の気質にあるのではなく、その人間が自身にとってきた言動の有害性にあるのだと友香は考えている。


 つまり歳三がアダルトチルドレンだろうとASDだろうと発達障害だろうと、あるいは精神疾患の百貨店状態だろうと、直接的、もしくは間接的に害を受けていなければ忌避する理由にはならない──……それが友香の結論であった。


 ──それに、探索者としてはうってつけの気質ね!強敵を相手に命を削り合う姿……それは尊くて、儚くて、芸術的で……。ただ、佐古さんのそういう姿を見るには、もっとハードでエキサイティングな依頼じゃないとダメね


 友香の瞳が濡れはじめた所で、歳三からの通信が入った。


「今井さん、終わりましたぜ。それで、チップは手に入れましたけど、どうするんですかい?あと、ちょいとあの兄さんがふっとんだ方を見てきたんですけど、死体もなにもなかった。多分逃げちまったンでしょうね」


『はい!依頼の品は既定の数だけ手に入れたということで、帰還しましょう!帰還の道中も気を付けてくださいね、屍氏が奇襲の為にダンジョン領域内のどこかへ潜伏している可能性もありますし……』


 歳三は頷き、荷物をまとめてその場を後にしようとする。


 最後にちらと山積みになった死体に目をやった歳三は、「俺もどうあがいても死ぬってなったなら、そんな時はああいう風に仕事の最中さなか、前のめりになって死にてぇな」などと思った。


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 結局奇襲は無く、依頼は成功裏に終わった。

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