日常83(歳三、金城 権太)
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歳三の部屋を描いた絵に題をつけるとしたら、それは "残骸" になるだろう。
煙草の空き箱とビールの缶が床に散乱しており、煙草の灰や埃がそんなゴミを薄汚くデコレーションしていた。掃除という言葉はそもそも歳三の辞書にはないか、もしくは完全に忘却されている様だ。
この部屋に掃除用具があるとすれば、掃除用具として購入されたにもかかわらず全く使用されない事からアイデンティティを見失い、自己崩壊を起こして自らもゴミと化してしまったに違いない。
ただ、歳三自身はそんな部屋でも特に違和感を覚えずに、むしろ居心地の良さすら感じていた。
歳三という男は各種の精神疾患を抱え込んでいるが、そのうちの一つに分離不安もあるのかもしれない。
分離不安とは身近な人や場所から離れることに強い不安を感じる心の状態を指す。歳三は敢えてゴミを放置し、それらを擬人化し、イマジナリーフレンドで自身の孤独を慰めているのかもしれない……などと、以前歳三の部屋を訪れた金城 権太などは考え、歳三を呑みに誘う回数を増やしたとか増やさなかったとか。
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腐界めいた汚部屋にグゴゴガといびきが響く。
いびきの後には静寂が訪れ、ふたたびグゴゴガと音がする。
そんなサイクルが何度か繰り返された後、枕元に置いてあるデジタル時計の時刻が午前9時を表示した。
途端にテレビの電源がONとなり、アナウンサーが画面に映し出される。
『時刻は午前9時を回りました、12月としては平年並みの気温が続き……』
各地の一般人向けのニュースが流れる。平年並みの気温が続くとか、クリスマス商戦がどうとか、あとは事件、事故、不祥事──……そういういつも通りの内容だ。
いつの間にか目を覚ましていた歳三は、ぼんやりと半目でニュースを眺めていた。
どうやら煙草税がまた増税されるとのことで「またか」とちょっとした不満を表明すべく、ぷくりと鼻を膨らませている。
この時代、煙草は増税に次ぐ増税で、一箱2000円を超えていた。歳三が好んで吸う紙巻煙草などはもっと高額で、5000円にまで達している。
結果として一般人の喫煙者は激減したが、探索者は別だ。探索者にとって5000円などという金額ははした金どころか便所紙の様なものなので、探索を生業とする喫煙者は全く減っていない。
テレビの画面が次のニュースに切り替わる。
『続いてのニュースです。品川に新たに現れた複数のダンジョンについて、ダンジョン探索者協会からの発表によりますと、先週末から数チームの探索者がこれらのダンジョンに挑んだものの、残念ながら複数のチームから未帰還者が出ています。内部構造や危険度については品川支部が調査を進めている状況です。協会は探索者の安全を最優先に、入念な準備とリスク管理の徹底を呼びかけています』
画面にはしながわ区民公園が映し出され、探索者と思しき一団やスーツ姿の協会の職員達が公園内をうろついていた。
次に、如月工業の新技術開発のニュースが流れる。
『如月工業は生体適合性の高い新型生体金属の開発に成功しました。この金属は人体への埋め込みや、外部装着型の戦闘デバイスに使用されることを目指しており、その高い生体適合性と耐久性で、探索分野のみならず、ロボティクスや人工知能との融合も視野に入れた研究が進められています。如月工業の研究チームは「この新素材が人々の生活を大きく変える可能性を秘めている」とコメントしています』
歳三は無関心にテレビの画面から視線を外し、天井に目をやった。
彼にとって新技術の開発や世界の変化は遠い話だ。それより、隔週で更新されるお気に入りのweb漫画が、作者が原稿を落としたとかで掲載されていない事の方が大問題であった。
最後に旭真大館のニュースが報じられる。
『武術指導の名門として知られる旭真大館が新館長の凶津 蛮氏の下で大規模な組織縮小計画を発表しました。旭ドウムの事故で旭真大館は巨額の賠償金の支払いのため、保有する土地や資産の大部分を売却することになりました。この決定により多くの門下生が大館を去り、新たな拠点を求める動きが加速しています。凶津館長は「この困難な時期を乗り越え、旭真大館を再び武術界の頂点に戻す」とコメントし、決意を新たにしています』
これもまた「そうかい……」くらいの感想でしかなかった。そもそも歳三は蛮と共闘したくせに、彼の名前を忘れてしまっている。もし覚えていたら少しくらいは関心を示しただろうが。
不意に端末が震える。
見れば、鉄騎と鉄衛からの定時連絡であった。内容は朝から都内のダンジョンをいくつか回り、依頼の品を集めるというものだった。
鉄騎と鉄衛は毎日複数のダンジョンを探索し、凄い速さで功績を積み重ねている。エネルギー補充のために24時間ずっとというわけにはいかないが、それでもタフな探索者でも不可能なペースで探索を続けていた。
結句、年内の昇級がほぼ確定したとの事で……
「年内には丙級か。すごいなあ」
これには他人の事には鈍感な歳三も流石に驚く。歳三も基本的に寄り道はしないスタイルなので探索効率は良いが、鉄騎達の探索効率はそれ以上だ。
どのルートをどの様に回ればどういう素材が取得できるかを演算し、モンスターとの戦闘も無駄な戦いはせず、時には逃走をする事もある。素材を持ち帰るにせよ、買い取り価額と功績値のバランスを見て取捨選択する。この辺の事は歳三にはちょっと出来ない。
端末がもう一度震えた。
今度は今井 友香からの連絡だった。
内容は資産管理についての提案だった。
先だっての依頼で歳三の探索者用口座には日本円にして7億円相当の報酬が振り込まれたが、そうでなくても金は溜まる一方だった。
その資産を一部投資に回しませんかという提案に、歳三はやや後ろ向きな思いを抱いた。
これは偏見なのだが、歳三は投資だとかその手の言葉を酷く疑っているのだ。
と言うかうまい話系は全般的に疑っている。
なんといっても彼はつまらない占い詐欺に引っかかった輝かしい経験があるためだ。(日常28参照)
友香は別に歳三をひっかけようと投資を持ちかけたわけではなく、あくまで協会の業務の一環として持ちかけているに過ぎない。
協会は巨額の資産を有する探索者に対して、資産運用のアドバイスも行っている。もっともこれは希望するものに対して行われるサービスで、友香の様に職員側から持ちかけてくる話ではないし、不用意な勧誘は禁止もされている。歳三がこの話をよく知らなかったのもその辺の事情が影響している。
ただその辺は専属のオペレーターということで、友香には歳三の探索者稼業全般に口を出す権利と権限が与えられていた。サポートとは何もダンジョン内での活動のみを指し示す事ではないのだ。勿論歳三がその言葉に従わなければならないというわけではないが。
「うーん、どうするかな……」
端末を手にしながらも、すぐには返信をする気になれない。歳三の金融知識は生まれたてのチンパンジーと同レベルには高いため、投資は損をする事もある程度の事は漠然と理解していた。
だがいくら考えても良く分からなかったため、歳三は友香からの提案の件を金城 権太へ相談するという選択を取る事にした。
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『特に問題無いと思いますよ、協会から斡旋する投資先というのは桜花征機関連が殆どですし、この桜花征機にしても国営企業ですからねえ。国営企業への投資だからって絶対安全というわけでもないですが、協会からの斡旋である以上ある程度の担保はされますからね』
協会ひいては国としては、経済圏により多くの金を回したいという意図がある。だから探索者が貯め込んでいる資産を吐き出させたいのだ。
そしてそれは探索者達にとって一方的に損な話でもない。心身どちらか、あるいは両方による重傷が原因で探索者を辞める者も決して少なくない。そんな者達が投資に回した金の配当によって何不自由ない暮らしをしていたりする。
権太はその辺の事も歳三に説明した。
「そうなんですかい、まあ全部じゃなくて一部ってンなら少し考えてみますかねぇ……。それにしても毎回すみません、世話ばかりかけちゃって」
歳三がそういうと権太は豚の様に笑い、「何をいまさら」と言った。
『それよりねえ、佐古さん。今井さんは優秀ですが、彼女に乗せられっぱなしになってはいけませんよ。彼女はちょっと変わった性癖というか、性格ですからねぇ。能力事態はお墨付きです。何と言っても幾つもの特殊部隊のオペレーターをこなし、多くの困難な任務を達成してきました。しかし彼女が手をつけた特殊部隊、あるいは個人の多くが肉体的、もしくは精神的な死を迎えています。彼女が何かをしたわけではないんですが、彼女がかき集めてくる任務はどれもこれもが困難極まるものだったりするんですよ。質が悪いのは、実力と乖離した任務は決して持ってこないという点です』
それのどこがタチが悪いのかと歳三は首を傾げた。権太は続ける。
『実行者、つまり彼女がふってくる依頼を受ける者達の実力に応じた依頼といえば聞こえはいいのですがねぇ、それが死力を尽くして初めて達成できるモノってパターンが多くてねぇ……。100の能力の内、最低でも98以上出せれば達成できるってのは彼女によれば "努力" の内だそうで。協会も一昔前はそういうスタンスだったんですがね、ほら、その方が珠が良く磨かれますから。でも死人が増えすぎちゃってね、ガハハ。ま、そういう依頼を数多く達成し、なおかつ生き残った者もいます。そういう者は例外なく栄達していますな』
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この世界、この時代の価値観は武力偏重主義なので、死力を尽くせば攻略できる任務で死力を尽くせずに死ぬのは、これはもう死んだ方が悪いです。100人の凡人に限界ぎりぎりの物凄い試練を与えて、99人が死んでも1人が有能な探索者になったとしたら国益に適う、そんな感じの価値観です。この脳筋主義的な価値観は、ダンジョンが現れてから世界規模的に広がりました。友香はそれを1人どころか数人を栄達させてるので、あくまでこの作品のこの時代では非常に有能という設定です。
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感想、評価、レビューなどありがとうございます。下記の中、短篇もよろしければ登録、評価などお願いしまーす。
・「継ぐ人」(全年齢向け/中編/異世界ファンタジー/完結済み/なろう、カクヨム、ハーメルンに掲載)
・「しょうもな比呂ちゃん何度もイく」(R18向け/短篇/現代ファンタジー、おじさんスピンオフ/完結済み/なろうノクターン、ハーメルンR18に掲載)
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