日常47(権太他)
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増田との歓談中、権太は端末のメッセージ着信に気付き、失礼と言ってから端末を確認する。それは歳三からのものであった。
──ああ、あの一件の事か
あの一件とは、旭真大館が京都で主催する空手大会 "旭真祭" に一試合だけ参加してくれないかと頼んだ件である。というのも、協会からは旭真祭に数名参加する事になっているのだが、その招待枠で参加する協会所属の探索者が一名、ダンジョン攻略に失敗して未帰還となってしまったのだ。
これは問題である。
今年はやや趣向が代わり、エキシビジョン団体戦が行われるのだ。旭真大館から5名、探索者協会から5名で団体戦を行う。ただし八百アリで。何がどう転ぶにせよ、どちらかがどちらかを圧勝となれば非常に深い禍根が残る事は明白で、それはよろしくない。だからある程度は星をわけあう事になっている。しかし、大将戦だけはガチだ。
その大将である所の乙級探索者、甲賀 平一が未帰還なのだ。
──Stermのバイタルサインも停止していましたし
権太は内心で首を振る。
甲賀 平一は既に京都入りしており、肩慣らしにと現地のダンジョンへ向かったものの、そのまま未帰還となった…と京都支部から連絡が入っていた。ダンジョンへ潜る際は必ずStermを所持するのだから、その端末からバイタルサインが消失すれば、それはすなわち所持者の死亡を意味する。
通信障害という事はありえなかった。
Stermに通信障害は発生しない。
Stermは量子エンタングルメントの仕組みが応用された特殊な通信方式で通信している為、どれほど距離が離れていようと、たとえそこが異界であろうと通信が可能となっている。
ちなみに量子エンタングルメントは、2つの粒子が互いに関連付けられる現象で、一方の粒子の状態が変化すると、もう一方の粒子の状態も即座に変化するという原理だ。メッセージを送信する際、端末はエンタングルメントされた一方の粒子の状態を変化させる。これにより、もう一方の粒子も同時に変化し、受信端末に情報が伝達される。そしてこの情報は、デジタル信号に変換されてメッセージとして解読される。
§§§
協会と旭真大館の関係は良くはない。それは旭真の現館長と探索者協会前会長との確執だけでなく、 もっと根本的なものが原因であった。
要するに気に食わないのだ。
"旭"は太陽が昇ることを意味し、新たな始まりや希望、光を象徴する言葉である。一方で、"真"は真実や真剣さを意味する。すなわち"旭真"とは "新たな時代で真実の道を追求する" という何となく探索者っぽい理念を持つ。
しかしながら協会は…というより、協会やそのバックにいる日本政府やらなにやらはどうにも胡散臭い。政治の匂いが強すぎる。ダンジョン時代という新時代になってなお政治、政治、政治かと旭真大館側はモヤモヤしているのである。
しかし同じ時代に生きる者として、ダンジョン探索者協会の功績も旭真大館側はよくわかっている。未知の危険地帯に真っ先に人員を送り込んで血と汗を流すのは協会の職員だ。だがそれはそれとして、全身から強くぷんぷん匂わせる政治臭さは気に食わない。だから妙に強く当たってしまう…旭真大館主催の大会に毎年探索者協会を招待する理由の一端がそこにある。
対して協会としても面子はある。
規模としてはバカにできない格闘団体からの招待状を無視したとあっては、日本のダンジョン界を牛耳る探索者協会の格というものに瑕がついてしまう。花より実を、というのが協会のモットーではあるが、様々な事情により "人財" が欲しいのだ。協会の格に瑕がつく事で、協会が舐められることで有為の人財が別団体へ流れる事を協会は良しとしない。
ゆえに毎年それなりの探索者を送り込み、空手ごっこに興じさせる。当然空手ルールでは探索者は優勝などは出来ないが、それでも矜持は示せる。そもそも探索者というものは本来なら銃でも刃物でも超能力でもなんでもつかう連中だということを観客たちも理解している。だから敗退することで格に瑕はつかない。しかし逃げたとあっては話が変わってくる。
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甲賀 平一乙級探索者が協会側の大将に抜擢されたのは、類まれな体術の使い手だからである。乙級探索者の中で、ブレード捌きに優れた者は珍しくない、銃火器の取り扱いに優れた者も珍しくはない。強力なPSI能力を有する者も珍しくはない。しかし純粋に体術に優れている者は案外少ないのだ。
しかも人格もまともだ。有力な探索者の多くが一癖も二癖もある付き合い辛い人格である中、甲賀 平一は人格者といっても過言ではないまともな人間であった。異常者の内の健常者がはたして正常かどうかはさておくとして、甲賀 平一が付き合い易い人物であることは確かであった。
実力も折り紙付きだ。本人曰く、甲賀忍者の先祖を持つというのが本当かウソかはわからないが、生身で分身をするというのはこのダンジョン時代でも珍しい。緩急織り交ぜた足捌きで分身を体現できる者は多くない。
彼の先祖は更にキワモノであったようで、邪眼と呼ばれる能力を使えたとか使えなかったとか。自身に対する殺意を反射し、相手を絶命せしめるという恐ろしい技があるそうだ。もっとも、甲賀 平一はその技を会得してはいない様だが。ちなみに分身も分身で凄い事だが、これは何かツールを使用して分身という事ならばそこまで珍しくもない。
例えば"桜花征機"は、小型のホログラム発生装置を開発し、販売している。この装置は、探索者がモンスターから逃れたり、モンスターをかく乱する目的で使用されることを意図していた。ホログラムを用いて人間や他の生物の姿を再現し、敵の注意をそらすという画期的なアイデアによって、一時期は多くの探索者から注目を集めた。
しかし、実際にはこのホログラム分身ツールは売上が伸びなかった。その主な理由はダンジョンのモンスターが非常に高度な知覚能力を持っており、簡単な欺瞞なら容易に看破してしまう。
つまり目の前で何か(ホログラム発生装置)が転がって、それから人の姿が現れたとしても、モンスターはほとんどの場合でそのホログラムが偽物であると直感的に理解してしまう。
そして戦闘中にかく乱出来なければ意味はない。勿論、戦闘中以外でも考えれば何らかの使い道はあるのだろうが…ゆえに、探索者達は "桜花征機" の分身ツールを産廃を揶揄してバカにしていたりする。
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権太は歳三が空手家…というより、立ち技系の格闘技を得意としていると思っていた。人格面でも…問題は…ないはずだと権太は思う。だが断られればそれはそれで良いとも思っていた。とにもかくにも、声をかけたという事実が大事なのだ。
歳三が体術に於いては乙級の範疇にはないというのは協会の職員の多くが知る所だが、そんな人材に声をかけなかったというのはやはり問題になる。京都の話だから京都支部で人材を探せという話になるのだが、この件は協会全体の面子に関わる話であり、放置はできない。
だが全国を見渡しても条件を満たす者というのは非常に少なかった。エキシビジョンマッチの大将戦は勝利が望まれているのだが、当然だが旭真大館チーム大将は強い。
──空手ルール縛りというのが曲者だ
空手ルールさえ無ければどうとでもなりそうだが、と権太は顔を顰める。甲級を出すわけにもいかなかった。というより、面子のためとはいえ格闘技イベントに甲級を出すというのはあり得ない。
甲級探索者達が齎す超難関ダンジョンの素材は日本の経済に大きな影響を与えている。国にとって金の流れは血の流れも同じであり、これを止めるというのなら相応の理由が必要であった。格闘技イベント、それにより毀損される面子というのは理由としては弱い。
──そこで佐古さんだ
権太は思う。
歳三は一部の職員からはグランドマスターと呼ばれるほどの体術巧者であり、協会に対して異常なほどに忠実だ。メンタルの問題はある。大いにある。しかしその点をクリアできれば…
「佐古さんって人前、苦手でしたよねぇ」
唐突に言う権太に、増田は少し考えるようにしてから頷いた。
「多人数の前で自己紹介とかも厳しいでしょうね」
そうなんだよなと権太は内心で項垂れた。
──まぁ、話があるというのも、きっと断りについてのことでしょうな。仕方ないか
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