旭真祭④

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 旭真祭、当日。


 京都の空は晴れ渡り、太陽が地上に降り注ぐ光で、旭ドウムの巨大なファサードガラスがきらめいていた。今日は特別な日、世界最大の格闘イベント『旭真祭』が開催される日だ。


 中継車や報道陣が列を成し、ドウムの外周には早くも熱狂的なファンや観光客が押し寄せていた。多くは日本人だが、その中には外国語が飛び交う姿もちらほら。これは単なる国内イベントではなく、国際的な注目を集める一大フェスティバルだ。


 テレビ画面では、アンカーが笑顔で視聴者に語りかける。その背後には、リングサイドで緊張感に満ちた選手たちの姿が映し出されている。彼らの表情は硬いが、力強い。


 スタジオでは専門家たちが解説を始めていた。特に注目されるのは、探索者協会の一部の個人戦参加者だ。


 無差別級の団体戦には不参加という異例の状況についても、静岡での最近の事件に触れられる形で説明される。この事件と探索者協会の不参加を惜しむ声もあった。逆に、無理をおしてでも出場するべきだという声もあった。旭真祭はスポーツイベントであると同時に、社会的、政治的な側面も持つからだ。


 やがて開会式が行われ、旭真大館副館長 立石 義男9段の開会宣言が行われる。これは本来は館長である旭 道元の役目なのだが、道元は高齢であり、車椅子での移動ということでこういった場合は立石が役目を代行するということになっている。


 試合が始まると、会場内は一気に熱気で溢れた。選手たちがリングに上がると、観客席からは歓声が湧き上がった。


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 夕刻。


「え~、旭真祭、スタジオ生中継で送らせていただいております。先程一般の部の試合が全て終わりましたね」


 スタジオでは無差別級一回戦の様子が実況されていた。実況はプチテレビの野上公平である。34才、独身。元戌級探索者。


「カメラは無差別級を中継しています。無差別級個人戦はトーナメント形式となっており、総勢18名の選手で行われます。三位決定戦は無く、勝敗は死亡か降参、もしくは意識不明状態が一定時間継続した場合に決着します。また、銃器の使用やPSI能力の使用は禁止されております。サイバネ手術を受けている選手については、ギミックなどの使用は禁止されていますが一般的な身体機能の行使は許可されています。それと、言うまでもありませんが空手の大会なので空手か、あるいはそれに準じる戦闘技術を使用しなければなりません」


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「まずは第一回戦…旭真大館福岡支部所属、飯塚サトシ5段と日本ダンジョン探索者協会京都支部所属、丙級探索者JJ万次郎選手…この両選手がリングに上がっています。飯塚5段は勿論旭真空手道を修めていますが、JJ万次郎選手は我間流凸拳道(がまりゅう・とっけんどう)という流派を修めています。余り聞かない流派ですが、それもその筈。実戦体験を重視するということで、もっぱらダンジョンの様な極限空間で業を振るうらしく…あ、向かい合いましたね、何か迫るものがあります。…アァー!、JJ万次郎選手、飯塚選手に対して中指を立てています!これはいけない!飯塚選手、露骨な怒りの表情を浮かべています」


 JJ万次郎は探索者協会京都支部きっての武闘派であり、チンピラ気質の嫌な男だが実力は高い。頭をつるりと剃りあげているが、これは髪を掴まされないようにするためとの事。本職はラッパーで、探索者は副業だと言ってはばからない。


 野上の実況に、隣に座る女性が答えた。


「安い挑発に乗った代償は高そうです。スポーツマンバトルシップに反した行いですね。戦闘は常に、沈着に。それでこそ100%の力が出せるというものです。感情のままに攻めかかるというのは余りよろしくありませんね……もしかしたらブラフなのかもしれませんが…可能性は低いでしょうね」


 解説は沢田マリ 東王大学教授。43才、既婚。、研究分野は単純力戦学。単純力戦学とはこの時代になって生まれた学問であり、簡単に言えば効率的な殴り合いの方法を研究するというものである。力と戦術、装備、PSI能力まで考慮にいれた総合研究であり……要するに沢田はバトルマニアだという事だ。


 試合が始まると、飯塚は怒れるイノシシの様にJJ万次郎へ突進し、激しい突きを見舞う。全くブラフではなく、ガチギレしていたのだ。


 飯塚サトシは門下生というよりは信者である。旭真大館という組織を崇め奉ること甚だしい。神聖な祭でファックサインなど、彼にとっては万死に値する蛮行であった。


 軸足部分の床が抉り取られるほどの剛力が飯塚の拳へと伝導していた。その様子が中継され、観客たちは湧き上がる。


 突きの一発で一般人を殴り殺してしまう超人同士の試合なのだ。毎年死者も少なからず出ており、だからこそ観客は熱狂する。あの突きが直撃すれば人はどうなるのか?どうなってしまうのか?血腥い興奮が観客席を覆った。


 そんな飯塚の突きはしかし、JJ万次郎は突きが伸びきる前に飯塚の懐めがけて飛び込み、ヘッドスリップで突きを躱し、膝で強烈な金的を叩き込んだ。


 呻き、蹲る飯塚。


 それに対し、JJ万次郎は止めとばかりに下段蹴りを頭部へ放つ。


 鈍い音…ではない。鉄の塊と鉄の塊がぶつかり合うような凄まじい音が響き渡った。飯塚は蹴られる瞬間、頭に気合を込めて衝撃に耐え抜く構えを取ったのだ。それを察知したJJ万次郎はより力強く蹴り飛ばした。だが、結果はJJ万次郎に軍配があがる。


 飯塚サトシはうつ伏せにたおれ、頭部からは大量の血が流れていた。


 決着である。


 我間流凸拳道とは戦闘の肝である"間合い"を我が物として、思いのままに凸るという空手ベースの喧嘩殺法だ。最初にファックサインを叩きつけたのも、これは相手を激昂させようというJJ万次郎のクールな作戦であった。


 死ぬか意識を失うか、あるいは降参すれば敗北、あとは空手に準じた業を使いさえすれば自由というフリースタイルこそが無差別級の魅力だ。JJ万次郎のダーティな戦法に観客席からは声援があがる。相手の強打をいなし、弱点を的確に攻め、止めにも手を抜かないという強かさが賞賛されたのである。無論、旭真大館側からは凄い目で睨まれているが…。


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 中継を見ていた探索者協会京都支部長、 西方月 仁よもつき じん は嘆息し、目を覆った。


「勝ったんだからいいじゃないですか」


 秘書がそういうと、仁は爬虫類のような温度の無い視線を向ける。


「馬鹿ですね、品が無さすぎるでしょう。勿論そんなものにかかずらっている余裕がない時もあります。しかし、アレは違うでしょうに。ああいうのはダンジョンでやれという話です。誰もみてない場所なら余計な敵を作らずに済むし…ほら、旭真連中の彼への視線が酷いモンですよ。親の仇を見るような目です。怖いですねぇ~…勝利の為なら手段を選ばないというのも一理ありますが、無駄な敵を作らないというのも、探索者としての心得の一つです。特にこの京都支部には、旭真大館本部との軋轢をダイレクトに処理しなければならないのですから。ええと、彼は…丙級でしたか。乙級への昇格はお預けですね。一生お預けです。バカが治らないかぎりは」


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 幾つかの試合が終わり、幸いにも死人は出ていない。

 18人いた猛者たちは10人へと減じていた。時刻は18時半を回ろうとしている。


 探索者協会奈良支部所属、シン・頭骸流空手道の達人で、ピンクのトサカが印象的な"トサカのダン"こと弾間 竜 乙級探索者。


 大韓民国陸軍が要する首都防衛機械化猟団、通称『猛弧隊』所属、ハン・ユンベ。


 旭真大館東京支部所属、高橋 一真6段。彼は剛柔流をベースにした印伝流を修めている。一般的な空手は外部破壊を旨とする戦闘技術だが、印伝流では内部破壊に重きを置く。


 同じく旭真大館東京支部所属、黒峰 しゑ7段。高橋 一真とは同門である。


 旭真大館京都本部所属、ドス・花柳(どす・はなやなぎ)8段。旭真流を修める正統派拳士である。脳内麻薬を自由自在に分泌させ、彼が言う所の"覚醒状態"からの無呼吸連撃は、さながら生きる嵐とでもいうような激しさを誇る。過去の大会では乙級探索者と死闘を繰り広げ、それに勝利したこともある。


 高野グループからの参戦、摩風まふう阿闍梨。拳打に意を乗せ外部破壊でもなく内部破壊でもない、精神破壊を得意とする武僧だ。PSI能力かどうかという疑義は抱かれたものの、気合の一種だということでまかり通ってしまった。高野グループは国内の霊的インシデントに対応する組織だが、力を示し、新規僧兵を集めるといった意味で、こういった格闘技イベントに参加する事も稀にある。


 他にも数名、一般人では及びもつかない様な業を修めた者達が勝ち残っており、観客たちを熱狂させた。


 これがただの武闘家ならばこの時代であってもここまでの熱狂に至らなかったであろう。しかし、ダンジョン干渉によって皆がいずれも超人と呼ぶにふさわしい身体能力を獲得しているのだ。


 彼らの単なる突きの一撃が大岩を砕き、乗用車を大破させてしまう。これでは一般人とはとても試合は出来ないが、超人同士ならば別である。


 勿論人には好みがあり、暴力的な行為は苦手な者もいるだろうが、力への傾倒ともいうべき価値観の上塗りが世界規模で進んでいる昨今、大変異前の様にコンプラ関係のこうるさい問題というものは激減していた。

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