旭真祭⑤~二回戦、ハン・ユンベvs黒峰 しゑ

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 第二試合は旭真大館東京支部所属、黒峰 しゑ7段と首都防衛機械化猟団、通称『猛弧隊』所属、ハン・ユンベである。


 猛弧隊といえば昨年、韓国の高難易度ダンジョンであるコンジアム精神病院ダンジョンを、多くの犠牲を出しながらも踏破した事で有名だ。コンジアム精神病院ダンジョン自体は乙級の下位といった所だが、職業軍人が高難易度ダンジョンを突破するという所に意義がある。一般的に職業軍人は、探索者とくらべてダンジョンの干渉を受けづらいのだ。軍人は渇望といったものではなく、任務としてダンジョンに挑む。


 その冷静な心構えがダンジョンの不可解な力に対して一種の抵抗力を持つとされている。


「さて、沢田さん。この試合はどう見ますか?」


 実況の野上公平が解説の沢田マリへ尋ねた。

 沢田は暫時思案をしてから答えた。


「ハン選手不利かと」


「それは何故ですか?」


 野上の質問に、沢田は答えた。


「ハン選手が修めているのは特攻武術トゥコンムスルです。韓国軍のお家芸ですね。あらゆるものを武器とする近接格闘技術です。胸に差すペン、メモ紙。こういったものも彼らの武器となります。ですが…」


 ああ、と野上は納得したように頷いた。


 あらゆるものを武器として初めて成り立つ格闘技術だと見る事もできるからだ。つまり、最初から得物が指定されている戦闘ではそのポテンシャルを発揮しきれない恐れがある。


「対して、黒峰選手は印伝流を修めています。これは発勁に優れた内部破壊の業ですね。ああ、発勁といっても創作物の様に何か得体の知れない力を放射するような業ではありませんよ。発勁とは、簡単にいえば力の出し方を意味します。突きにせよ、蹴りにせよ、技の一つ一つには最適な力加減というものがあります。発勁とはこの力加減を意味する言葉なんです」


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 ハン・ユンベは鼻を鳴らして黒峰 しゑを見た。


 見目は凡庸で強者が備えているべき覇気もない。細首に細腕は片手で圧し折ってしまえそうだ。


 ──『だからこそ、だな』


 と、ハンは思う。


 勝ち残っている時点で弱者ではないのだ。ハンはしゑを鋭い目つきで睨みつけた。いや、正確にはしゑの背からこちらを覗く影を睨みつけた。


 目が"縦に"ついた不気味な女の影を。

 その影は不吉の徴である。


 しゑから発される黒い精神波がハンの神経に幻想の毒を混ぜ込み、イメージを見せているのだ。


 ハンはごり、と上下の歯を強く噛み締めた。


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 開始の号令と同時に、ハンは駆け出し、まるで肉食の猛禽の様にしゑに肉薄した。しゑは中段構えである。右拳がぐいとひかれた。スタンダードな正拳突きで迎え撃つ様だ。


 工夫がない、とはハンは思わない。

 何かしらがあるのだろうことは確信していた。

 出なければこの場にいる筈もないのだ。


 彼我の制空権が触れ合った瞬間、ハンは口から自身の歯を射出した。


 実銃に優る程の威力を誇る歯弾である。韓国軍が誇る特攻武術トゥコンムスルはあらゆるものを武器とする。そこには当然自身の肉体も入っているのだ。勿論接近時に素早く放ったもので、審判はそれに気付かない。ちなみにもし気付かれていたらハンの反則負けである。


 歯をぺっと吐き出してるだけだと馬鹿にはできない。この歯弾は羆の頑強な肉体でも一撃で貫く事が出来る。


 しゑは歯弾を左腕を盾として受け止め、鋭い突きをハンに放った。それは彼女自身が能動的に放ったのではなく、放つことを強要されたのだ。歯弾の受けに支払った時間や、注意などといった僅かなリソースが、稲妻の様な迅さで迫るハンを有利な状況へ持って行った。


 ハンが速度をのせた突きを放つ。右腕から放たれたロシアンフック気味に弧を描く拳が、しゑのテンプルを狙った。もはやこの試合展開自体が空手からはかけ離れているのだが、原則として空手…なので問題はない。


 ──躱すか


 躱した先のプランもハンにはある。

 距離を完全に殺した超接近戦こそ特攻武術トゥコンムスルの真骨頂である。


「なにっ!」


 だが、ハンは驚愕の声をあげる。しゑはハンの突きを躱す事なく、その拳に直接自分の拳を叩きつけたのだ。


 衝撃が互いの拳から腕を伝わり、胴へと向かう刹那。

 しゑは空いている方の腕で突きを放った腕の、上腕二頭筋部分をバシンと叩いた。ただ叩いたわけではなく、水袋に衝撃を伝えるように打ったのだ。


 その衝撃は拳からのそれと衝突し、合一し、なんとしゑの腕を"遡った"。


 ──印伝流・返し波


 結句、ハンは二重の衝撃を利き腕に受ける事となった。それでどうなったかというと…


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 ハンは呆然と自身の腕を眺めていた。いや、腕だったものを眺めていた。急激に加えられた激烈な衝撃は、彼の強靭な筋肉でも抑え込むことが出来ず、かなしいかな破裂の憂き目に遭ったのだ。


 今のハンには右腕の肘から先がない。


 しゑは色の無い目でハンを見つめていた。よく見れば彼女も所々負傷している。ハンの歯弾を受けた箇所は僅かに肉が抉れてさえいた。


 通常、右腕が破裂してしまえばそれ以上の試合は続行不可能である。とはいえそれは、あくまでも一般人の理屈であった。


 ハンは一般人ではなく、超人だ。


 右腕から絶え間なく流れる血を左掌に取り、しゑ目掛けて勢いよく投げつけた。


 血液の散弾である。

 これもまた特攻武術トゥコンムスルの"あらゆるものを武器とする"というぶちあげに恥じぬ技であった。


 威力も軍用ショットガンに引けを取らない。

 攻撃範囲も広く、流石のしゑも避ける事はできなかった。咄嗟に防御態勢を取るも、弾丸のいくつかは彼女の肌に食い込んでしまう。


 それを見てにたり、と嗤うハンだが…


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「あああーーー!これはいけません!ハン選手!旭真祭では原則として空手かそれに準じる技術が許可されていますが、先程ハン選手が使用した技は違反となります!肉体を飛び道具とする事は原則禁止です!審判が気付かなければ問題ありませんが、流石にあそこまで露骨に使用すれば気付いてしまうでしょう!なんということだ!ハン選手、失格!失格です!反則負け~~ッ!!」


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 二回戦、勝者.旭真大館東京支部所属、黒峰 しゑ7段。


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