旭真祭⑥~歳三他~

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 大会への参加が取りやめになったと聞かされた歳三は、失望と安堵を同時に覚えた。その比率は1:9である。そもそも人前に出る事自体がしんどかったのだ。しかし…


 ──俺も若くねぇしな…


 そう。若くない。47歳という年齢は果たしてどうなのか。男盛りという者もいるが、歳三にはそうは思えなかった。なぜならば、心身ともに衰えを明確に感じているからだ。


 歳三の全盛期、30代半ばの頃は蹴りの一撃で巨大な真空波を発生させ、全長240m…つまり、サンシャイン60ビルと同程度の巨大モンスターを真っ二つにしてしまったものだ。所要時間は3秒という所だろう。今の歳三が同じ事をやろうと思えば2分はかかる。


 歳三は乙級となって久しいが、甲級への昇級を望まないのは加齢による衰えを自覚しているからだ。甲級のモンスター相手に手も足もでないのではないかと、役立たずである事が明らかになってしまうのではないかと…つまりはビビっているのである。


 だが、と歳三は思う。


 若くない、そろそろ余生というものについて考えた方が良いと思うからこそ、一度は晴れ舞台に立ってみたかったという気持ちもないわけではなかった。


 47にしてこの承認欲求。歳三は自分を浅ましいと思う。未練に執着を脱しきれないような男は日本人としては少しアレで、修業の足りない低能児である知れない、と故萩原朔太郎も『老年と人生』で言っていたではないか。


 歳三はアニメや漫画だけではなく、意外にも純文学の類を軽く齧ったりもする。彼は純文学自体はどうにも面白くも楽しくもないと感じているのだが、言葉では言い表せない共感の念が想起されてしまうのだ。


 弱みや恥部を不特定多数の読者へと堂々と開帳し、淡々とそれを見つめていく様子。それが文学として昇華され、評価されているという事実。それはお先真っ暗(だと思い込んでいる)な自分の人生の救いの光となるのではないか…などと歳三は思っていたり思っていなかったりする。


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 一行はまっすぐ帰路へつく事はなく、陽キャの運転で静岡を観光する事にした。


 運転といってもこの時代は自動運転が完全普及しており、なんだったら運転手は熟睡したって目的地に辿り着ける。とはいえ、それでも運転免許所持者が運転席にいなければ車を利用する事はできないが。


 というのも、何らかの原因でシステムがダウンしてしまった場合などのトラブルに備えて手動運転が出来る者がいなければいけないからである。


 折角長時間車に揺られて来たのに、すごすごと帰ってしまったのではなんだか損をした気分になってしまう…それに、静岡のダンジョンというものにも興味があった…という陽キャの提案に全員無理やり乗せられてしまい、このような状況となっている。


 ちなみに、目的地はとりあえず静岡市清水区入船町にあるエスパルスドリームランドという事になった。ここは大変異以前は複合商業施設だったのだが、近くにダンジョンがあるということで、探索者向けのショップが豊富にあるのだ。


 ちなみにこのメンバーで運転免許を持っていない者は歳三だけだ。素材を持ち運ぶ際に車両が必要になる事もままあるため、探索者の多くは運転免許を取得している。


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 ところで陽キャたちは徒手空拳を旨とする珍しい探索者なのだが、防御面に関しては軽量のボディアーマーやボディスーツなどを着こんだりしており、護りをおろそかには考えていない。ただ、戦闘スタイルからボディアーマーの損耗も激しく、頻繁に買い替えが発生しているため、近接戦闘オンリーの探索者は昨今のトレンドには人一倍敏感だ。目的地がエスパルスドリームランドとなったのも、そういう事情による。


「桜花征機の新作でているかな。すぐ壊れるけど軽くてあれ以外使えねえよ」


 陽キャが言うと、スポーツ女が頷いた。


「岩戸重工のは頑丈ですけど重すぎますよね。Zephyr Innovations(ゼファー・イノヴェーションズ)はバランスが取れてて良いけれど、専属契約を結ばないと予約が何年先になるか…」


「ああいうのはコネがモノを言うらしいぜ。李のおっさんなら色んなコネがあったんじゃねえかな。年取ると色んな繋がりがあったりするもんだからな!それにしても怪我は大丈夫なのかねぇ」


「すぐ手当しましたから。あのくらいなら私も怪我したことありますけど、治療キットと造血剤ですぐ治りましたよ。もう少し深く首元を斬られていたら危なかったかな」


 そりゃあよかった、と陽キャは笑顔を浮かべる。


「それにしたって、あいつら(襲撃者)は…」


「たしかに…」


 同行者たちの会話が弾む中、歳三は沈んだ表情で窓の外を眺めていた。大会に出なくて済んだ事、しかしそれによって失った機会。残りの人生の年数を考えると、本当にそれでよかったのかと思ってしまう。


 ──そう、人生。俺の人生は残り僅かだろう。だから…こう、バチっと熱いイベントの一回くらいは…。いや、俺なんて所詮は犯罪者だ。痴漢野郎だ。表舞台にたっちゃいけねえんだ。反省だ、反省しなきゃあな。反省の日々…反省の人生…


 などと歳三が下らない事を考えていると、バックミラー越しに陽キャこと剣 雄馬つるぎ ゆうまと視線があった。


「佐古のおっさん、略して佐古っさん!元気ないけど車酔いかなにかか?それとも怪我でもしちまったのか?いや、血の臭いはしないな。腕から少し香るけど、このかんじなら擦り傷くらいなもんか」


 馴れ馴れしい陽キャだが、助手席に座るスポーツ女こと音斑 響おとむら きょうと、後部座席…歳三の隣に座る陰キャこと毛利もうり 真珠郎しんじゅろうはヒヤヒヤしていた。


 歳三は彼らの目から見ても化け物であり、そんな相手に対して調子コキ麻呂仕草をしている陽キャがあぶなっかしく思えたからだ。


 彼らも歳三を露骨に避けたりはしないが。たしかに陰キャやスポーツ女は歳三を不機嫌にさせたくはないと思っているが、必要以上の隔意を持つこともない。それは自身らもまた探索者であり、一般人から見れば化け物…超人である事を理解している為である。


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「おい、響ちゃん!お前、多分酔い止め持ってるよな。女は大体持ってるってきいたぜ!姉ちゃんがそういってたからな!女は男より準備が良いイキモノなんだってよ!よかったらおっさんにあげてやってくれよ!おっさん滅茶苦茶元気無さそうだ。怪我じゃねえっぽいから多分車酔いだ!おっさんよ~…三半規管だいじょぶそ?」


 馴れ馴れしいなぁと思いながらも、響はだまってポーチから小瓶を取り出して陽キャへと手渡した。


 助かるよ、と言いながら陽キャは蓋をあけ、錠剤を大胆にどっさりと取り出すと、歳三の腕を掴んで無理やり薬を手渡す。運転役である陽キャだが、自動運転中なので問題はない。


「一気にいこうぜ!」


「3錠までです!ラベルに書いてあるじゃないですか!それ、酔い止めなのは間違いないですけど…もっと重症の時に使う探索者用の…」


 探索者は基本的にこなれればこなれるほど、超人的な身体能力を持つのだが、毒や薬といったものは常人に毛の生えた程度の耐性しか持たない。これは特殊な訓練を積んだ一部の者を除けば大体そうだ。歳三でさえも例外ではない。


 だからこそナノマシンを利用した治療キットというのが広く流通している。毒には様々な種類があるが、毒素に直接干渉するナノマシンは非常に効果が高い。もっとも安価な治療キットでさえもサリンの中毒症を瞬時に癒せるほどである。


 陽キャの馬鹿な発言のすぐ後にスポーツ女の叫びが車内に響き渡るが、時既に遅し。

 別に酔ってなんかいない歳三ではあるが、陽キャの押しにNOと言えずに差し出された錠剤を呑み下してしまった。断れない男、歳三。


「なんだか眠くなってきたな…目も…変だ。ぱし、ぱし、と。明るく、なって…」


 歳三はぽつりと呟き、眠り込んでしまう。

 眠気や異常なまぶしさは酔い止めの副作用である。


 あーあ、と陰キャが興味無さげにいって、また視線を端末へと戻した。


 歳三が眠り込み、スポーツ女が陽キャへ説教をして、そしてしばらく。

 目的地のエスパルスドリームランドが近づいてきたところで…


 緊急速報にも似た通知音が車内に鳴り響く。しかも私用の通信端末ではなく、Stermにだ。


「はぁ?京都へ向かえって?なんでだよ。それに、っと…佐古っさんを必ず連れていくこと…?」


 陽キャが顔を顰めながら言い、後部座席を見た。

 歳三はすやすやと親指をしゃぶりながら眠っていた。



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