歳三という男

 ◆


「ちょっと! さっきから聞いていれば散々な言われようですけれど、私はモンスターでもないし蒼島さんが言うような危険な存在なんかじゃないですよ!」


 マリが憤慨しながら言う。


 目つきは険しく、顔は紅潮し、小さな手をぎゅっと握りしめている。


「というか、いきなり殺しに来ましたよね!? それに、私になぜこんなところにいるなんて質問をしていたのちゃんと聞いていましたよ。もしかして誰かと間違えているんですか? その人と蒼島さんの関係がどうであれ、いきなり攻撃してくるなんて、それこそ蒼島さんが言う"危険な存在"って言うやつなんじゃないですか? 歳三さんはどう思います?」


 そんなことを言われてもな、というのが歳三の偽らざる本音である。


 歳三が蒼島に対して思うところは危険な存在なんてものではなく、心は弱いが若いのに乙級にまで上り詰めた顔見知りの青年……といった所だ。


 探索者協会所属と思われる"同僚"にいきなり攻撃するというのは確かに褒められたことではないかもしれないが、それはあくまでも蒼島の価値観による行為であって、自身には関係がない……などと歳三は考えていた。


 これは非常にシビアでウルトラドライな価値観だ。


 要するに結局のところマリも蒼島も所詮は他人なのだから自分の知ったことではないということだからだ。


 ただ、仮に蒼島とマリが本格的な戦闘となった場合、歳三はもちろん蒼島に助太刀するつもりではあった。


 なぜなら所詮他人とは言っても、マリよりも蒼島の方がわずかに付き合いが長いからである。


 先ほど蒼島の攻撃を妨害したのも、マリを心配したからではなく蒼島が罪の意識を膨れ上がらせることがないようにという理由による。


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「まあよくわからないけど、敵じゃないと言っているんだし信じてもいいんじゃないかな」


 歳三がゲロ甘なことを言う。


「……っ」


 蒼島は非常に渋々と言った様子で頷き、ふと歳三の目を、いやその精神をわずかに覗き見た。


 考えていることを読み取るというほど深くは覗かない。


 というのも、この手のマインドリーディングめいたPSI能力は察知することも可能だからだ。


 もちろん蒼島ほどの達人ならば能力の行使を隠蔽することもできるが、それとて相手による。よほど敏感なものならばどれだけ隠蔽しても察知されてしまうこともある。


 蒼島と飯島比呂らが遭遇した際、蒼島は隠ぺいされたPSI能力を行使しようとしたが、それを鶴見翔子によって察知された様に。


 しかし、そんな危険を侵してでも蒼島は歳三の真意が知りたくなってしまった。


 結句、蒼島は歳三の精神のその殺伐さに気づいてしまう。


 ──この人は口ではこんなことを言っているけれど、本心は真逆だ。敵じゃないと言っているから信じてもいい、なんて言っていたけど内心はそうじゃない。敵だと分かればその時始末すればいい、そう考えている。これ自体は僕も何とも思わない。そのくらい割り切れないと探索者になって仕事はできない。でも……


「佐古さん、1つ聞いていいですか。僕のことは味方だと思っていますか」


 蒼島の口調は奇妙に抑揚がない。


「なンですかい、急に。もちろん蒼島君……さん、は味方でしょうよ」


 妙にたどたどしいのは後ろめたいからというわけではなく、ここに及んでいまだにさん付けか君付けかで悩んでいるからだ。


 探索者としては自身が先輩にあたり、年もまた歳三が年上である。


 歳三のつたない社会経験から考えると、こういった場合君付けが多かったような気がするがゆえの懊悩。


 そこまで認識がない蒼島に対していきなり君付けというのは果たしてどうなんだろうか……そんなしょうもないことを考えている歳三であった。


 そんな歳三の答えを受けて、蒼島はただ「良かった」とだけ答え、笑顔を浮かべる。


 内心を押し隠したまま。


 ──違う。この人は僕に対しても思っている


 蒼島の推察通りだ。


 確かに歳三は思っていた。


 とは、要するに必要があれば蒼島も手に掛けるという事だ。


 ただ、歳三は別に嘘をついているわけではない。


 歳三の考える味方と、蒼島の考えるそれが一致しないだけである。


 佐古 歳三という男にとって、とは身内ではない、ただそれだけの話であった。

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