日常79(歳三他)

 ◆


 11月25日、給料日。


 勿論給料日が25日以外の者も多いが、大変異以後も給料日は25日という慣習は廃れる事が無かった。


 これは経理作業が手作業であった頃の名残で現在はまた事情が違うのだが、給料日が25日だと問題が発生するわけでもない。


 だからこの時代になっても特に廃れたりはしていない。


 だが探索者には余り関係がない話ではある……とは一概には言えない。


 特定の条件を満たす戌級探索者については、協会から少額だが支援金が支給されるのだ。口さがないものはこの支援金を「餌代」などと呼んでいるが、この餌代で一部の戌級探索者が救われるのもまた事実。


 というのも、探索者を志す者の皆が自ら望んでなったという訳ではない。


 食い詰めて協会の門戸を叩いた者も少なくないのだ。


 そういった者はその日の食事代にも事欠く有様で、中には家がない者だって珍しくない。


 彼らはとにかく日銭が欲しい。


 だから無理をする。


 そして死んでいく。


 だから協会は探索者救済策の一環で、給料を支給している。


 しかも、タコ部屋まで!


 ・

 ・

 ・


 東京都豊島区、池袋西口公園。


 大変異前、ここには数多くのたちんぼがいたものだが、今はいない。


 現在では探索者協会が西口公園の一画に戌級向けマンションを建てており、協会が周辺環境を浄化した。


 故にたちんぼの類は北口のホテル街周辺へ活動エリアを変えている。


「支援施設A」という余りにも酷いネーミングのそのマンションは、名称通り戌級探索者達の仮の宿だ。


 家賃は0円。


 10帖一間の少し広めのワンルームに3名が居住する。


 なお、男女混合となることはなく、居住する際には生活に関するルールが細かく制定してある。


 戌級探索者達はそれぞれ番号を与えられ、部屋の掃除やトイレ掃除、台所清掃、ゴミ捨てなどが協会によって割り振られる。


 また、室内には監視カメラまでついており、プライバシーは尊重されない。


 流石にトイレやシャワー室などにはついていないため、女性などはシャワー室で着替えを行ったりする。


 居住している戌級探索者達はこのルールを守る必要があり、ルールを破ったならばその程度に応じてペナルティが与えられる。


 退去処分や探索者登録除名と言う事は余りない。


 なぜならば食い詰め者を放逐してもそれはそれで問題が出るからだ。


 簡単にいえば、「無敵の人」になってしまう恐れがあるということだ。


 だから余程悪質な場合を除いては口頭での注意か、精神的暴行での注意となる。


 精神的暴行とは協会職員のPSI能力による精神攻撃を意味する。


 なぜ殴ったり蹴ったりしないのかといえば、物理的に暴行を加えてしまうと探索者稼業に支障が出てしまうからだ。


 その点精神的暴行は怪我をさせることがない。


 ただ、トラウマを与えてしまう場合があるが、この点については協会職員の拷問・尋問能力を信じるしかない。


 ともかく、この支援施設はやや住みづらい。


 プライバシーは皆無だし、色々と制限されている。受ける依頼も協会が強制的に割り振っている。


 だが協会はこれでも甘い方だと考えている。


 生活金も無ければ家もない、力だってありゃしない者達の面倒を見てやっているのだから、というスタンスだ。


 ではここに身を寄せる探索者達はどう思っているのだろうか?


 ◆


 支援施設A801号室、時刻は21時過ぎ。


 まあ生活していけそうな程度に散らかっているリビングで、三人の若い女達が思い思いの時間を過ごしていた。


「やっとお給料入ったよ~。講義受けないで探索いくと大体死ぬらしいし、かといって働かないと生活費も無いし……。早く稼げるようになりたいよね~~って、ねぇねぇ明日のゴミ捨てって誰が当番だっけ?……あ!!ねえこのピンクの柄のナイフってみみのでしょ!?床に落ちてたよ、鞘に入れておいてよ」


 ホラー映画などで最初に死にそうな顔をしている女がいう。話題が二転三転して落ち着きがないが、それは彼女の常である。


 彼女の名前は佐藤ジェシカ。


 元風俗嬢、そしてホス狂であった。


 売掛金諸々で多額の借金を抱え、路上生活で売春をしていた所、協会の探索者募集の電光掲示板を見て応募した。


「あ、ごめんなさい!えっとゴミ捨ては私です。っていうかこのナイフかわいくないですか?パパが買ってくれたんです~」


 ホラー映画などで2番目に死にそうな顔をしている女がいう。


 彼女の名前はみみ。


 界隈では有名な小悪魔系女子だ。


 彼女は多くの中高年弱者男性から金銭を搾取し、つい最近まで刑務所に入っていた。


 出所後、なんとなく「探索者の方が稼げるよね」と思った彼女は協会に応募した次第。


「客とまだつながってるの?」


 ホラー映画などで終盤に死にそうな顔をしている女がみみに突っ込みを入れる。


 彼女の名前は民子たみこ


 元DETVの低レベルダイバーだ。


 プライドが高く、媚び営業が出来ない為に再生数があがらず、結句首にされ、協会の門戸を叩く事になった。


「いいじゃないですかぁ、頑張るみみを応援するよってプレゼントしてくれたんですもん。みみからは何も言ってませんしっ」


「また逮捕されても知らないからね。それより、今度の合同探索の教導役ってあの人たちも来るのかな?」


 民子が問う。


 合同探索とは、教導役の探索者がついて戌級のひよっこ達を連れて実際にダンジョンに潜る事をいう。


 モンスターは戌級といえども恐ろしい存在なので、戦闘にはある程度の "慣れ"が必要だ。


 その "慣れ" を得るために教導探索者のフォローの元、戦闘を行ったりする。


「あの人たちって誰ですかぁ?」


 みみの妙に間延びした声が民子を苛立たせるが、構わず続ける。


「ほら、黒い恰好の……」


 ああ、とみみは破顔し、「かっこいいですよねぇ~」などと言う。


「来ないんじゃないですかぁ~?だってあの人たちって講義に来なくなったじゃないですか、あれってもう実際に探索に出ているってことみたいですよぅ。でもでも、付き合ってるのか気になりません?いつも一緒でしたよねぇ。それにしては二人で話してる所とか全然みてないんですけどぉ~」


 確かに、と民子は頷いて言った。


「コンビを組んでいる探索者って珍しくないみたいだし、あの人たちもそういう感じなのかな。でも来ないのかぁ、残念。あの人たちって多分素人じゃないよ」


「民子はDETVの元ダイバーだもんね、やっぱりそういうのは分かるんだね」


 ジェシカの言葉にやや照れた表情を浮かべる民子だった。そして、ふと思い出した様に続ける。


「ねえ、教導役の探索者ってどんな人が来ると思う?丙級以上らしいけれど、増田先生だったらちょっと嫌かも笑」


 増田とは講師の一人で、現役の乙級探索者兼協会職員の事だ(日常45参照)。


 大柄で角刈りの壮年男性で、なぜか陸上自衛隊の迷彩戦闘服を着て講義をする。


 一言で言えば熱血教師と言った所か。


「マッスーはいい人だと思いますけど~。頑張ってれば絶対見捨てず、めっちゃフォローしてくれるタイプですっ」


 みみの男を見る目は確かだ。伊達に2億詐欺ってない。


「じゃあ頑張らなかったら?」


 ジェシカは何となく尋ねてみた。


「すっごくあっさり見捨てられると思いますっ!」


 みみは元気よく答えた。


 ◆


 ところかわって、歳三宅。


 歳三は今日は探索にはいかなかった。


 煙草、ビール、テレビ、インターネット。


 これらが歳三の私生活の四大構成要素であるが、この四つを全て堪能してくつろいでいる。


 そうこうしていると、玄関からガタガタと異音が聞こえてくる。


 きりきりと、不安を煽る様な甲高い音もする。


「またかよ」


 歳三は不満そうに呟き、玄関へと向かった。


 そして "それ" を手に取り、再びテレビの前に陣取る。


 安いゴミのような椅子に座る歳三が持っているのは、一振りの刀であった。


 いわゆる白鞘刀だ。


 装飾の類は一切ない。


 白鞘の刀はお守り刀として所持される事もあることから、どこか神聖なイメージがあるが、歳三の持つ刀は全く神聖そうではなかった。


 なぜかって、まず夜中にガタガタと震えだすのだ。


 たまにキリキリと音を出す。


 この刀はかつて新宿歌舞伎町Mダンジョンでまみえたシシドの所有物だったのだが、シシドを打倒した歳三が戦利品として持って帰ったのだ。


 というか、新宿支部でも池袋本部でも買い取りを拒否されてしまったので、仕方なく持って帰ったといった方が良いか。


 一応防犯グッズとして普段は玄関に立てかけてあるのだが、たまにこうして音を出して歳三の気を散らそうとしてくる。


 鬱陶しいには鬱陶しいが、実害と言えるほどのものではない上に、余りにうるさい時などはこうして刀を持つ事で静かになるということで処分には至っていない。そもそも刀を処分しようにも協会が芋をひくようなブツを、警察あたりが引き取ってくれるかという問題もある。


 まるでペットみたいだなと思い、意味もなく居合いの構えを取ってみたりする歳三だが、不意に端末から通知音が鳴る。


 メッセージの受信音だ。


 開いてみてみると、歳三は大きく顔を歪めた。


「教導役……?か、金城さん、無理だよそりゃあ……」


 戌級のひよっこを引き連れて、戌級ダンジョンに行く。


 これはいい。


 しかし、教導とは?


 ハプニングがあって犠牲者が出てしまったらどうするのか、怪我はセーフなのか。


 金城 権太からのメッセージには、ちゃんとマニュアルがあるから大丈夫だとあるが、それでも歳三には荷が重くて重くて仕方がなかった。


 頭がじんじんと痺れるような感覚に襲われ、鳩尾に鉄球が埋め込まれたような気さえする。


 実は夢の中にいるのだと考え、クワッと目を見開いて目覚めようとするが当然目覚めない。


 震える人差し指と中指で煙草のフィルターを挟み、大きく煙を吸い込む。困った時は煙草だ。ヤニカスなら皆そう考えるし、歳三もまた例外ではない。


 しかし有毒な煙を以てしても、胸の動悸は収まりそうにもない。


 歳三は世界が急速に狭まってくるような感覚を覚えた。


 空間そのものが自分という存在を圧殺しようとしているのではないか、そんな恐怖と不安が歳三の精神世界をこれでもかと荒らしまわる。


 その時、ふと思い出すものがあった。


 秋葉原エムタワーダンジョンの事だ。


 あの時、初対面であるティアラやハマオに対して、自分は平然と接する事ができなかったか?


 それは何故だったのだろうか、と考える。


 そして答えは出た。


「俺は、歳三を辞めるぞ」


 押し殺した様な声で呟く歳三。


 ふと手に握っているものを見れば、それは刀。


「なるほどね」


 歳三は大きく頷き、端末で大手通販サイト『MAMAZON』を開いた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る