日常40(金城権太他)
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『はぁ。まあ良いですが。乙級探索者、榊 大吾さんでしたね。ええと…はい、新宿支部所属…ええと…死亡していますね。残念ですが。え?なぜ以前は教えてくれなかったかって?そりゃあアンタ、頼んできたのが外部の人間だからですよ。まあ内部の人間が聞いてきても、個人情報なので教える事は余りないんですが、今回はこちらの思惑もありますので…え? いやいや、そこまで教える義理はありませんわな。それじゃあこの辺で失礼させてもらいますよ。…いや、一つだけ。その端末の持ち主の探索者はちょっとお人よしな所がありまして、協会も目をかけているんです。くれぐれも変に利用しようなどとは考えない様に…』
権太は必要な事を伝え、電話を切った。
ふうとため息を一つついてタバコを取り出して咥える。
煙を吸い込み、吐き出す。
権太は吐き出される紫煙と共に、雑念の様なものも身体から抜けていく様な感覚を覚えた。
吐き出された煙は僅かな時間宙に留まっていたものの、すぐに薄れて消えていく。
ここは8畳程度の喫煙所だ。最新の空気清浄器の性能は凄まじく、喫煙所特有のヤニの匂いは全くしない。
「あら金城さん、厄介事かしら?」
「いえ、厄介事ではないですね。規定路線に乗ったというべきでしょうか」
背後からの声に、権太は軽く手を上げて答えて振り向いた。
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「どういう反応を返してくるにせよ、どうせ下らない事なんでしょうね。確か前回は青少年の育成がどうだと宣って、本部の前で抗議をしたのでしたっけ。わたくし、彼等の事が目障りだと考えていますのよ。どうにかならないかしら?」
端正な顔立ちの女だった。切れ長の目からは流れ星を連想させる。肩口で切り整えられた髪はよく手入れがされており、少し動くだけで光沢が軽やかに揺れる。
立ち居振る舞いにも育ちの良さが滲んでおり、彼女を目にした者はどこぞのご令嬢かと目を見張るだろう。服装こそ権太ら職員と同じ様な制服だが、材質は同じである筈なのに、女の着る制服の方が二段ほどグレードが上の様に見える。
権太はその女から圧を感じていた。プレッシャーだとかそういうものではなく、見えない何かに僅かに押されるような、物理的な圧だ。
強力な空気清浄能力を持つ機材が稼働しているとはいえ、煙の粒子から完全に逃れる事は出来ない。喫煙所に立ち入れば大なり小なり服にヤニが付着する事は避け得ようがないのだが、その女の近くまで流れた煙は急に別の方向へ流れ始めた。
──相変わらず妙な力を
権太の眼は女の体表の近くに何か薄い膜の様なモノが張り巡らされているのを看破していた。
「ええ、まあそうですねぇ。とはいえ、法令を遵守している限りは余り過激な手は取れませんし、マスコミと違って彼等もそれなりに人財を抱えていますから秘密裡に力尽くで…というのも宜しくない。ですが、今回はその辺のゴタゴタをもしかしたら一片に片づけられるかもしれないのです」
「そう。まあ、しっかりやって下されば構いませんわ。金城さんは長くお父様の手足として働いてくださっていますものね。佳きに計らいなさい」
権太は無言で頭を下げた。
内心では "偉そうにしやがって雌餓鬼が" と思わないのでもないのだが、実際に偉い事は間違い無いし、無能というわけでもないし横暴でもない。下々の功績をピンハネする事なく正当に評価する。
──多少、強権的ではあるが
権太は去っていく女の尻を見ながら、"あの尻の割れ目に鼻をぶっこんで、深呼吸したいなァ" などと思いながらもう一本タバコを取り出した。
勿論そんな事はしない。すれば会長にぶち殺されてしまいかねない。
女の名は
協会会長、望月柳丞の一人娘である。
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スパスパとタバコをやっつけながら、権太は今後の事を整理していく。
現在の旭真大館館長とダンジョン探索者協会の先代会長にはしょうもないしがらみがあり、それが原因で今にいたるまで両組織の関係はギスギスしていたのだが、協会としては内憂は可能な限り解消しておきたいという意図があった。協会は自らの立場を固定化し、旭真大館に対しての優越感を表明する方針を採るつもりであった。
──まず、揉めますな。揉める。これは間違いない。門下生が大量に離脱するでしょうな。すると旭真は当然原因を探ろうとする。そして原因はすぐわかるでしょう。ですが、榊 大吾が未帰還となった時、それを公開しないというのが協会と旭真大館の取り決めでした。となれば協会から横紙を破った事になりますが…
「…ま、どのみち揉める必要があったので丁度良かったです」
権太は2度3度と頷く。旭真大館については元々が目障りだったのだ。ダンジョン探索をしたいというのなら好きにすればいいが、事あるごとに旭真の力を誇示し、協会探索者と比べて…というような広報を打つ。
これには不都合な点がいくつかあった。
その最たるものは、協会弱腰と見た既存の協会探索者の離心、次点で強者へなりうる素質を持つ者がそもそも協会へ所属せず、別の組織を選んでしまうという懸念。
強くなりたいと思っている志ある者が、弱腰の組織へ所属しようとおもうだろうか?
ぶんぶんと飛び回る鬱陶しい連中…ただし、軽侮はできない。
武道の経験、その心構えというものがダンジョンの干渉力にポジティブな影響を与える事は榊 大吾という乙級探索者の存在を見ても明らかである。
そういった人材を多くそろえている旭真大館の組織としての力を、ダンジョン探索者協会は決して侮ってはいなかった。武力衝突という事になれば協会の力は相応に減じられるだろう。
武力衝突とはならず、しかし大義はこちらにあり、格を保ったまま上下関係を理解させる…そういう形で旭真大館を屈服させたい…。そうすることで、旭真大館を協会の実質的な下部組織とし、所属する高素質者たちを自由に引き抜けるようにする。その為に、まず良い形で揉める必要がある…これは権太の私的感情ではなく、協会の総意でもあった。
恐らくは、と権太は思う。
8月の末のアレを絡めて何かやってくる、そんな気がするのだ。アレとは、そう…
──旭真祭
旭真祭とは8月に行われる大会だ。
少年少女青年壮年と、一部を除いたカテゴリーで行われる空手大会で、毎年京都で行われる。
権太は端末を取り出して旭真祭の概要を確認した。
概要欄、下部…"エキシビジョンマッチ" という文言が目に入る。
これは外部団体の実力者を招き入れ、旭真の実力者と試合をするというものだ。これが案外に盛り上がる。故榊大吾も旭真側で出場した事があり、探索者協会所属の乙級指定探索者と試合をし、これに勝利した事がある。
武道の心得がある一般人と心得がない一般人、この両者がダンジョンの干渉を受けたとして、その強度が同じであるなら、戦えば勝つのが前者である事は至極当然の事だ。
各種装備、トラップ、ツールの数々を駆使して地形も利用して何でもありで殺し合うというのであれば話は別だが…。
勝てば名誉だが、負ければ恥だ。
特に昨今の世論は、より大きな力を持つ者に敬意が集まりやすくなっている。
時代と共に重視される価値観は変わるものだが、この時代ではダンジョンという異物への本能的な恐怖心がそうさせているのか、"強い" という事に非常に大きな価値が置かれている様になっているのだ。
これは日本のみならず、世界中でそういった価値観が広がっている。これが厄介なのだ、と権太は思う。
旭真大館が世界でも屈指の格闘団体として知られているのは、このエキシビジョンマッチをふっかけたり、他にも他団体を招いての大会をいくつも開き、最終的には旭真の門下生が勝利を収め、旭真の威を示すことで勢力を強めてきたという背景がある。
だがそんな旭真に利用されたくないとエキシビジョンマッチや大会参加を固辞する団体もあるが、旭真はそういった団体を盛大にこき下ろすのだ。
しかもそんなヤクザな真似をしてきながらも、門下生達は非常に練り上げられている。要するに強い。強い連中が喧嘩を売ってきて、断ればこき下ろされて世間から侮蔑の目で見られる。喧嘩に勝てばいいが、これが中々難しい。
旭真門下生の上澄みはダンジョンの干渉能力も利用し、生物としての階梯を存分に昇り、武道の心得も十分にある。これを試合の形式で打倒するというのは困難な事だった。
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