日常39(歳三他)
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「ふうん、そういう事情があるのね。でも言ってなかったけど、私は協会の探索者じゃないのよ。でもこっちの二人はそうだから、もし頼みがあるならこの二人に聞いてみれば?」
ティアラは撤退を決め込んだ。話が組織同士の対立に及ぶとあっては仕方がない事だ。
マサは視線をティアラから比呂と歳三に移す。
ちなみに歳三はローストビーフに赤ワインソースをかけるのか、それともヨーグルトソースをかけるのかで悩んでいた。
『僕は反対です。なぜなら旭真大館と探索者協会が潜在的な敵対関係にあったとして、あなたの願いを聞き届ける事は協会の決定に対して異を唱えるも同然だからです。聞きたいのなら自分で聞いて欲しいと僕は思います』
──と、言えたらいいんだけど
比呂はマサの視線を受け止めながら、言葉を飲み込んだ。
比呂の心の中では様々な感情が交錯していた。榊 大吾の件について、彼個人としては特に関心はなかった。それは単なる厄介な事態でしかなく、できれば関わりたくないとさえ思っていた。
だが、一方で彼の心には別の懸念が渦巻いていた。それは歳三がどう考えるのかという問題だった。歳三は比呂にとって尊敬すべき人物であり、彼の意見が自分の行動に大きく影響を与える存在だった。率直にいって、比呂は歳三に冷たい人間だと思われたくないのだ。
「歳三さんは、この件にどうお考えですか?」
そう彼は問いかけたかった。しかしその質問はどうにも浅ましい様に思える。歳三の意見が自身の意見を優越する、歳三の考えが自身の考えを左右する…なぜか?
──嫌われたくないから
これを浅ましいと言わずして何を浅ましいというのか。
比呂の美意識はこの思考の軌跡を自身の浅ましさとして自覚していた。
「歳三さん、この件についてはどうお考えでしょうか?歳三さんは僕らの中ではもっとも上位の探索者ですし、考えを伺って置ければと思ったのですが…」
と、彼はやっとの思いで問いかけた。声には少しの不安が混じっていた。
比呂の精神世界ではもう一人の比呂が冷たい眼差しで自分を見つめていた。歳三に対して最初に意見を求めたのは、単に彼がその場で最上位の立場にあるからだと彼自身が言った事だ。
しかしその行動の背後には、もっと微細で複雑な感情が潜んでいたことに彼は気づいていた。
それは生臭く、浅ましい感情で、まるで粘液のような存在だった。この感情を "媚び"と呼んでもいいが、それでは些か可愛げが過ぎるような気もすると比呂は思う。
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「ふうん、俺にはよくわかんねぇな!榊さんがどうなったかを知りたいのか?協会がそれを教えてくれない?でも協会がそう決めたんだったら俺たちが聞いても無駄だと思うんだけどな。とりあえず金城さんに聞いてみるよ。店内って電話は大丈夫なんだっけ?余りいい事じゃなさそうだが…いや、でもあそこの姉さんは空飛びながらタブレットで動画を垂れ流して観てるな。そういう感じの店ならまあいいか」
歳三は美味しいものを食べて機嫌もよく、ぺらぺらと喋りながら端末を取り出した。ローストビーフのソースはヨーグルトソースにしたようだ。
歳三は本当によくわからなかった。なぜって探索者の生き死にの管理は協会の仕事で、自分がそれを管理したり、それに対して何か意見を述べたりする立場ではないからだ。
はっきり言ってしまえばどうでもよかった。人がいなくなった、死んだかもしれない、しかしその相手は自分の知らない者だ。であるならば自分には無関係だ…そう歳三は思う。
歳三の世界は狭いのだ。身内に対しては強い執着を見せるが、身内でなければ極めて薄い関心しか持つことができない。強い個人主義、実存主義、利己主義という考えが歳三の人間性の根幹にあった。
とはいえ、歳三は助けを求められれば無条件にそれを断るといった狷介な性格でもない。出来る範囲、支障が出ない範囲でなら手を貸すくらいの事はする。
歳三は端末を取り出して、どこぞへと電話をかけ始めた。
相手は金城権太だ。歳三は困った事があれば相談してくださいと金城から言われていた。
「これこれこういうわけなんですが…」
「そうですかい、じゃあかわりますね」
「かわってくれって」
マサは歳三から端末を受け取り…ディスプレイにべったり脂がついているのを見て、さりげなくシャツでそれを拭い取る。
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