渡り廊下

 ◆


 ──なぜ歳三さんと看守は戦闘にならなかったのだろうか。歳三さんは明らかにやる気だった


 モンスターというものは、相手がたとえはるかに格上の探索者であっても、敵意と殺意をみなぎらせ襲いかかってくるものだ。


 それは戌級相当の最も弱いモンスターでさえ変わらない。いわばダンジョンの摂理のようなものである。


 ──ダンジョンにもいろいろあると言われてしまえばそれまでだけど……


 先を歩く歳三の背を見ながら、蒼島は自分なりにいろいろと考察を巡らせるが、当然答えは出ない。もちろん周囲に気を配りながらではあるが──


「蒼島さん、大丈夫ですかい?様子がおかしいけどよ……牢屋生活で体調を悪くしたかな、確かにあそこは変に疲れちまう場所だったからなァ。気持ちも変に重ッ苦しくなっちまうし」


 気づけば歳三が気遣わしげに蒼島の方を見ていた。


 瞳には不安の波が揺れている。


 今蒼島に何かあってしまっては歳三としては困るのだ。


 道案内がいなくなってしまう。


 歳三は基本的にどんなダンジョンでもどんとこいといった風にできているのだが、苦手なダンジョンもないわけではない。


 それはこの巣鴨プリズンダンジョンの様に(少なくとも歳三基準では)構造が複雑なダンジョンだ。


 今歳三は初見の横浜駅か新宿駅にいるような気持ちになっている。


 どこをどう歩けばいいのかわからない──心細げに体を震わせるストレイシープマインド。


 そんな中、「ここはどこどこだから出口はそこそこですよ」と案内してくれる知人の心強さよ。


 だから蒼島に何かあってしまっては本当に困るのだ。


 ──心配をかけてしまった


 申し訳ない気持ちになりながらも、蒼島は自身の精神に生気が満ちていくのを感じていた。


 生気とは文字通り生きる力だ。


 これは2種類存在する。


 体にとっての生気──血と、精神にとっての生気──心。


 そして心配とは心を配ると書く。


 相手を気遣い慮ることは、相手の精神に生気を吹き込んでやることに他ならない。


「大丈夫です!すみません、心配かけてしまって。ちょっと考え事があったんです。それにしても、ここは本当に変わったダンジョンですよね……ダンジョンとしての性質より、刑務所としての性質の方が強く出ている気がします」


 蒼島はのべつ幕なしにそんな事を述べ立てた。


 耳や頬がやや赤らんでいることには気づいていない。


「刑務所はやだな……なおさらここから出たいなァ、ちょっと落ち着かなくって。ジィ~っと見られてる気がするンで……」


 歳三は厭そうに周囲を見た。


 確かに、と蒼島は思う。


 ──まるで床や壁、天井にびっしりと目があって、それが僕らのことをじっと見ている様だ


 監視されている──そんな気分になる。


「もしかしたら僕らの進行方向に何かしらの罠が設置されているかもしれません……ある種のダンジョンは、探索者が手ごわいと見るや内部構造に干渉して罠なり強敵なりに誘導をすると聞いたこともあります。本来のルートとしては正面に見えるドアの先へ向かうのですが、迂回をするという手もあるかもしれませんね」


「なるほど、いろいろ考えているんだなァ」


 何も考えていない歳三は呑気にそんな事を言っていた。


 ・


 ・


 ・


 実際のところ、巣鴨プリズンダンジョンの"意思"は歳三と蒼島を監視していた。


 理由としては、身も蓋もない言い方をしてしまえば「早く出ていけ」と考えていたからである。


 ダンジョンの意思が思うところの更生を成し遂げた彼らは、ダンジョンの意思からしてみれば速やかにここから出て行かなければならないのだ。


 この辺の理屈は満期を迎えた受刑者が刑務所に延泊できないのと一緒だ。


 だから蒼島の言葉はダンジョンにとっては言語道断であった。


 ◆


「あれ?蒼島さん、このドア開かないぞ」


 歳三がドアノブを握って首を傾げている。


 このドアは先ほど蒼島が言った迂回ルートにつながるドアだ。


「本当だ、おかし……くはないのか。ダンジョンですもんね。しかしそうなるとますます怪しいですね。破壊できるかどうか……」


 蒼島が言うなり、歳三が拳を固めてドアに一撃加えた。


 全力ではない、耐久力を確認するためのいわば試しの一撃だ。


「うーん……あの牢屋より骨が折れそうですぜ」


 壊せなくはないが、といったふうに歳三が難色を示す。


 人間でも特定の箇所に力を集中すればその部分の耐久力が向上するように、今この瞬間ダンジョンを回流するエネルギーはこのドアに集中していた。


「だったら罠かもしれませんが、本来のルートへ進んだほうが良いかもしれませんね……余り時間をかけるのも得策ではない。いや、そもそもその本来のルートのドアはどうなんでしょう、もしあのドアみたいに開かなければ……」


 もしそうなれば一丁やってやるか、と思いながら歳三が本来のルートのドアのノブへ手を掛け──


「開いたぜ」


 ドアはすんなりと開いてしまった。









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スガモプリズン編は長くなりすぎてしまったので特に山なく終わらせようと思います。このパートの目的は、蒼島のメス化と歳三の成長ですが、どっちかといえば前者の比率が大きいです。それと歳三が化け物になりすぎてしまったので、明確な弱点のようなものを描写したかったです。それは済んだし、まあボス戦?みたいな部分も終わったのでもう巣鴨プリズンに用はありません。


また、活動報告/近況ノートで告知していた新作について


§


【屍の塔~恋人を生き返らせる為、俺は100のダンジョンに挑む】


数十年前、突如として世界中に「ダンジョン」と呼ばれる謎の構造物が現れた。


これらのダンジョンが誕生した理由や仕組みについては依然として解明されていないが、その内部には希少な資源が眠っており、人類はそれらの恩恵を享受してきた。


特にダンジョンの探索者たちは命を懸けてこれらの資源を回収し、その見返りとして巨額の報酬を手にしていた。


これはそんなダンジョンの存在が当たり前となった時代に生きる青年「片倉 真祐(カタクラ マサヒロ)」が、ダンジョンに挑みそして望みを叶える物語。


しかし望みは天高く、そこに至るまでの道は険しい。


道を往く度に積み重なっていく骸は、果たしてどこまで高くなるのだろうか。


週2、3回の更新となります。


§


上記のような感じでネオページさんで連載を開始しましたので、気が向けばよろしくです。問題は現時点でスマホ対応しておらず、PCからしか読めないってとこですね。スマホ対応は急いでいるみたいですが……。


当該作品はしょうもなおじさんの世界観とは同一ではないですが、オマージュ要素を取り入れています。それに加えて別作Memeto moriのフレーバーがあるようなないような……。

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