日常3(歳三、金城権太)

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 南蒲田・蒲田探索者医療センター


「やあ~~、佐古さん。随分な大怪我をしちゃいましたね」


 とある日中、そんな事を言いながら見舞いにやってきたのは、協会職員の金城権太であった。手には紙袋を下げている。歳三は手を上げ挨拶し、視線を紙袋に向けた。


「ああ、これ?お土産ですよ。お土産。いぶりがっこ。好きでしょ?それとほら、ウチが発行している月刊ダンジョンです。暫くココの住人になるんですからね。情報収集はしておかないとね。それとこれとこれと、これ。そうそう、このダン★マニ?ですか?これはちょっと買うのは勇気が要りましたわな。紙よりは電子の方がかさばらなくていいンで、代替の端末を渡してあげたいんですけどね。その辺も色々手続きがありますから。ま、その辺は退院したら追々ね。所で、佐古さんのStermは回収出来ましたけどもう酷いもんでしたよ。一体全体何をしたらあそこまで壊せるんです?いや、経緯は聞いてますけれどね」


 確かにいぶりがっこは好きだが、と歳三は訝し気に紙袋を受け取り、サイドテーブルに置いた。そして、お酒は?とでも言いたいような歳三の視線を権太は重々しく首を横に振る事で跳ね除け、代わりにこれで満足しろと言わんばかりに何冊かの雑誌を手渡してきた。


 全く代替にはならないが仕方ない、と雑誌を受け取った歳三は月刊ダンジョンをぱらぱらと開く。


 これはダンジョン探索者に配布されている端末であるStermにプリインストールされているのだが、探索者界隈の外向けに紙媒体でも発行されている。


 ──PSI能力特集。覚醒する条件は?


 ──肉体改造の真実。ダンジョンが作り出す理想の肉体美とは


 ──探索者御用達!必須アイテム50選


 ──地域ダンジョンランキング発表!競い合う各地の協会支部


 ──難関ダンジョンに挑む前には遺書を!生前葬のすゝめ


 雑誌の内容はかなり健全というか、大人しい。

 それもまあ当然で、ダンジョン探索者協会は国営なのだから余り過激な内容は掲載できないのだ。


 次に歳三はダン★マニを手に取る。

 これはダンジョンマニアの略で、歳三もたまに読んだりする。

 全体的にアニメアニメした感じの軟な雑誌であった。


 探索者は多々いるが、その全てが歳三の様に、 "モンスターとの死闘からしか得られない殺意という名の純粋な感情の交流" を求めているわけではない。当たり前だが。


 ダン★マニも実はダンジョン探索者協会が発行する雑誌なのだが、これはカジュアル探索者達を対象としている。

 彼等にかかっては時に命も落とす探索者稼業も趣味の一環程度に落としこまれてしまうのだ。

 しかし、案外にその死傷率は所謂 "ガチ勢" より低い。

 絶対に何があっても無理をしないからである。


 ダン★マニの表紙には妙にふりふり、ゆらゆら、きらきらとした防具を身に着けた女性探索者が、これまた歳三の眼には珍奇にしか映らぬ奇妙なポーズで掲載されていた。


 ──キラキラ輝くアバターコスチューム!ダンジョン探索者たちの個性的なスタイル大特集。ポイントは火熾魔鳥の羽!


 ──『役立たず探索者として協会を追放された少年、実は一歩歩くたびに1%強くなるスキルの持ち主だった!?』第2期の見所


 歳三が好きなのはもう少し少年誌っぽいものなのだが、これはこれで、頷いて権太に礼を言う。歳三はこれでいて大人になり切れない47才であるので、小難しい本よりはちょっとバカっぽいものの方が性に合っていた。


 権太はダン★マニを見ながら、しわくちゃな狸の様な表情で言う。


「なんかこう、ダンジョン探索もカジュアルになりましたよねえ。この雑誌を見て探索者を志す若者もいるんじゃないですかねえ、だって私が見ても楽しそうですからね。そうそう、ご存じですか?最近は動画配信業にも手を出す探索者がいるそうで。ウチの探索者じゃないですけどね。といってもダンジョン内部は電波の類はちょ~っと工夫しないと届かないので、もっぱら録画したものを投稿しているそうですが」


 探索者とは何もダンジョン探索者協会所属の者ばかりではなく、他の団体、組織に所属する者も少なくない。


 ダンジョン探索者協会は国の後押しもあって、探索者に対してのフォローが手厚く、探索者稼業を辞める際にもそれまでの実績に応じて年金が支給されたりする。こういった福利厚生面の手厚さからもっとも多くの探索者を擁するが、全員が全員そこに所属するわけではないのだ。


 とはいえ、有象無象の中小探索者組織などは設立されてもすぐに潰れてしまうのだが。


 歳三は権太からそんな話を聞きながら、ほお、だの、ハア、だの理解できているか出来ていないか判然としない間抜けな相槌を打つ。歳三もこれはこれで話は聞いているのだが、本当の意味で理解をするのはもう少し時間が必要なのだ。権太もその辺の事情は分かっているため、歳三の間抜けな相槌にも特に気を悪くしたりはしない。


「それにしても佐古さんをそこまで追い込むモンスターというのは、これは問題ですなあ。私なんかが分かった様な口叩くのはどうかと思いますけどね、いくら等級が同じだからって、イレギュラー個体だからといって、早々大怪我負うような人じゃあないでしょう、佐古さんは。協会の等級制度が不正確だって事じゃあないですか。ましてやそのネズ公は本来は違うダンジョンに現れるってんだからね、こりゃ並々ならぬ話ですよ」


 権太は悩まし気な様子で、太い指で首元のホクロをいじくりまわしている。歳三が注視すると、そこには白くて長い毛が一本生えていた。


「ああ、これ?なんだかホクロから生えてきてしまって。抜こうと思ってたんですけど、なんだかほら、アレですよ、無理に抜くと目が見えなくなったりするって聞いた事がありまして。怖くないですか?どう思います?」


 どうもこうも、と言った様子で歳三はかぶりを振る。


 困惑している歳三の顔を見て、権太はガハハと唾を飛ばしながら笑い、それから "ああ、そうだ" と思い出した様に続けた。


「先日ね、佐古さんが救助した探索者が三名ほど居たじゃないですか?」


 歳三は頷く。


 あれは運が良かったと歳三は今でも思う。

 自分にとっても、三人にとってもだ。

 イレギュラー個体と予期せぬ遭遇をしてしまった探索者というのは、これは大体が死ぬ。


 だのに、三人が三人とも生還したというのは非常に運が良い。

 三人は生還出来てハッピーだし、歳三も炎上せずに済んでハッピーである。序に人道的な行動によって、薄汚い己の精神も多少なり白く磨かれただろうという自己満足も得られた。歳三としてはこれ以上ないという程文句のない結末であった。


「その三人の探索者さん達がですね、まあ佐古さんにお礼をしたいそうで。ただ、佐古さんはあの時、協会を通さず救助したでしょう?だから私が干渉する事ではないんですが、ま、一応聞いておこうとおもいましてね。もし佐古さんが構わないというのなら、病院名を教えておきますが」


 無論歳三は断ろうとしたが、権太は左手の掌を歳三に向けて制止した。掌の中心には何やら古傷がある。

 金城権太がまだ探索者であった頃、犀の化け物の刺突突進を素手で受け止めて穴が開いたそうだ。


「これはおせっかいなんですがね、礼というのは受け取れる時に受け取っておくべきですよ。でないとね、当人の中でどんどん恩がでっかくなっちゃうわけですな」


「そして、そのうちに自分じゃあ抱えきれないほど膨れ上がった理するんです。そうなるとね、まあ…拒絶されたと変に歪んだりしちゃうこともあるんですよ。時には逆恨みされたりすることもある。特に真面目な人はね」


「ダンジョン探索が精神に干渉するというのはご存じでしょ?心がグネグネと歪んだ人の末路なんて、まぁ~きっとロクなもんじゃあありませんわな。佐古さんが他人なんぞ知ったこっちゃない、という人ならわざわざこんな事は言わないんですが、佐古さんはどうもお人よしな部分がありますからね。ま、礼を受ける分には佐古さんは損はしませんし、会ってみるのも手ですよ。特にね、飯島比呂さんという若い男性がとにかくうるさくって!佐古さんにどうしても会いたいみたいでしつっこいんです。アナタ何か、そう、けしからんことでもしてませんよね?彼も見た目は中性的ですけど…駄目ですよ、変な事をしちゃあ!」


 冗談めいた権太の言は繰り返し否定したものの、歳三は権太の言葉には一定の納得を感得していた。

 基本的に歳三という男はドチョロい。

 非常に頑なな部分もあるにはあるが、例え否定的な考えを持っている事でも、納得できた瞬間に手首はくるりとひっくり返る。


 そしてこの金城権太という男は、どうにもその辺が上手いのだ。

 道理というか、理屈から入る。

 どうにも説教臭い部分もあるにはあるが、その説教臭さが歳三にはヒットするのだ。


 結局歳三は、三人の礼という名の見舞いを受け入れる事にする。


 それを聞いた権太は何だか羊の様な薄い笑いを浮かべて、二人はそれからなんだかしょうもない話…例えば最近権太がハマっている巣鴨の熟女風俗の話とか、歳三も顔だけは知っている協会調査員の久我善弥がポジティブ・ハラスメントなどという奇っ怪な事で訴えられている事だとかについて談笑をした。


「わたしゃちょっと理解しかねますよ。確かにね、探索者稼業ってのは時に悲劇に見舞われる事がありますけどねぇ…。だからって普段から常に最悪のケースを想定して、ちょぉ~っと前向きな相手を見つければ吠えかかるんだから。久我さん、無駄にポジティブだから、悲観主義探索者界隈からは目の敵にされてるそうです。本当にしょうもない話ですよ」


 権太の言葉に、歳三も "しょうもないな" と思った。

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