蒲田西口商店街ダンジョン⑧


ぐしゃりと水入れが握りつぶされ、歳三は掌中に水を握り込む。

そして素早く胸元まで手を持っていき、両手を組んでじっと瞑目した。轟轟と燃え盛る炎に炙られながら、歳三は掌中の水の圧力を高めていく。


──太陽


高温環境下で水が超高圧で圧縮され、水中の分子がイオン化し、プラズマが発生したのだ。こんなもの人力で出来て堪るかという話ではあるが、歳三だから仕方ない。


発生したプラズマは放電しながら歳三と "アルジャーノン" を飲み込み、両者の肉体を超高熱で焼き焦がし膨れ上がり、渦状に姿を変えつつあった。触れる者すべてに破滅を与える絶死のプラズマ・ボルテクスだ。


美しき殺しの渦はまるで必殺の意思が籠められているように流動し、歳三と "アルジャーノン" の肉体を炭化させていく。

"アルジャーノン" はこれに抗おうとするが、内に詰め込んだ無数とも思える命は凄まじい速度でプラズマに焼き払われていった。

逃げようにも、肝心の足が再生しては炭化するのだからどうにもならない。


対して歳三はと言えば、"アルジャーノン" よりは大分マシな肉体崩壊速度であった。とはいえ、それでも手足の先から徐々に炭化していく様をみればとても無事だとは言えない。


しかしなぜ両者の炭化速度にこうまで格差があるのか。


ダンジョンは探索者の肉体と精神に干渉をする。

それが機械であっても干渉をする。

機械は生物ではない。決められたプログラム通りに動く無機物だ。

で、あるなら "力" や "現象" に干渉しないなどと言う法はあるだろうか?いや、無い。


あるいは、ダンジョンの干渉がプラズマに作用し、それが為に歳三が速やかな死を迎えずに済んだのかもしれない。



『ヴィガガガガ!!!!バカモノ!!』


"鉄衛" がノイズをまき散らしながら腕を伸ばし、ワイヤーが発射され、プラズマ・ボルテクスに半ば飲まれていた歳三を救出する。当然ワイヤーも融解を始めるが、ダンジョン産出の希少金属の耐熱性能は尋常ではなく、歳三救出の僅かな時間程度はもってくれたようだ。


『ダッシュツ!ダッシュデダッシュツ!』


"鉄衛" のバックパックの底部からワイヤーがびょんびょん伸び、再び歳三を絡めとり、そして "鉄騎" の胴体にも巻きついた。


『キンキュウ!キンキュウ!』


"鉄衛" もまたクォンタム・キャパシタ駆動システムの緊急時一時使用を自己判断で決定し、一人と一体をワイヤーで引きずったままダンジョンの出口に向けて爆走する。 "鉄衛" が一切戦闘に参加しなかったのはまさにコレが "鉄衛" の "仕事" だからだ。

"鉄衛" が後方で控えるからこそ "鉄騎" も全力稼働が出来るという訳だ。



"鉄衛" に引きずられながら、死にかけの歳三も 壊れかけの"鉄騎" も、互いが互いに同じ様な事を思っていた。


何故、身を呈してまで自分を護ろうとしたのだろう、と。


歳三は "鉄騎" が壊れかけてまで自分を護ろうとした事に、大きな衝撃を受けていた。これまでの人生、そんな者はただの一人も居なかったからだ。まあこれは歳三が嫌われてるからというわけではないし、生命を護る云々ではなく、もっと違う形で彼の立場や心を護ってきた者も少なくはないのだが。


例えば飲み友達の金城権太などはその筆頭と言えるだろう。


ともかくも、そんな "鉄騎" の心意気に応えるにはもはや捨て身で以て応えるしかないと歳三は考え、極めて危険な技の使用を決断したのである。


何故禁忌かと言えば、"太陽" は、歳三がとあるアニメ番組からインスピレーションを得た代物だが、流石の歳三も数千度の高温にはまだ肉体が耐えきれないのだ。場合によっては死ぬ。

死なないまでも、死ぬ程危険だというのは歳三も認識していた。

使えば死ぬかもしれない技というのは、流石の歳三も怖気づく。


歳三は肉体の痛みには鈍いが、自殺志願者という訳ではないし、むしろ死というものに対して怯えてすらいる。

そういった忌避感が無ければ、20数年前のSNS痴漢晒上げ大炎上で自殺なりなんなりしただろう。


たかが誹謗中傷で自殺などと揶揄する者もいるかもしれないが、日本中からバッシングされる事のストレスの大きさたるや、大変異前では自殺者すらも珍しい事ではなかった。


歳三はヘタレである。


だがそれでいてどこかリアリストな部分もあり、確認のしようがない事についてはどうにも及び腰であった。

探索者界隈に身を投じたのも、探索者という職業が世間に対してオープンな気風を持っているからであり、当時歳三は歳三なりに業界の事について調べたものだった。


まあ、探索者の高すぎる死傷率は歳三の気をこれ以上ない程にくじけさせたものの、"望みの自分へなれる" という協会のプロパガンダにホイホイとつられてしまったのだ。


協会はダンジョンに伴う肉体と精神の干渉をカジュアルでポップな感じで宣伝文句につかっていたわけだが、あんまりネガティブだと望まない自分にもなっちゃうよ、というのを協会は敢えて言わなかった。


ともあれ、妙に慎重な所もある歳三であるので、調べようもない、経験したこともない死をわざわざ経験しようとは思っていなかった。


だからこそ "鉄騎" の振る舞いには度肝を抜かれたのである。

恐るべき死に向かって、あろうことか自分なんかの為にとびこもうというイカレっぷりに、これでいてフェアトレード精神旺盛な歳三としては、同じだけの熱量で以て応えるしかあるまいという決意が "太陽" 行使に繋がったわけである。



ダンジョンからまろびでるように出てきた一人と二機の有様に、佐々波清四郎は瞠目し、困惑し、口をぽかんとあけて間抜け面を晒した。


「なななな!なぜ!さ、佐古様!? "鉄騎" もここここ…、こっ…ハァッ!!……協会に連絡をしなければ…。工藤君、協会に連絡を。それと佐古様にすぐに手当を施さねばなりませんね。ええと、B-2のナノマシン浸透タイプの奴が残ってたな」


佐々波は最初こそ壊れたニワトリみたいな様子だったが、すぐに精神の均衡を取り戻し、部下にてきぱきと指示を飛ばし始めた。


「 "鉄騎" 、 "鉄衛" 、ご苦労だった。ともかくデータを吸い上げる。その前に…おい、どうした? "鉄衛" も…」


佐々波は鉄騎がモノアイを歳三に固定し、そこから動かさない様子を訝しみ、声を掛ける。


キュイン、という音がした。

佐々波は、 "鉄騎" のモノアイが自身に向くや否や、なにか知らないものを見ている様な感じを覚える。


『マスターは壊れてしまったのですか?』


佐々波はぎょっとする。

"鉄騎" が質問をしてきたことではなく、その質問の内容にぎょっとした。


(おいおい、私は "どうした?" と聞いた筈だぞ。なぜ質問に答えず、逆に質問をしてくる?)


何か常ならぬ事が起きていると理解しながらも、佐々波はその混乱した心中を必死で抑え込み、 "鉄騎" の質問に答えた。


「いや、彼は…佐古様は負傷はしているが死なない…壊れたりはしていない。そんなことより、向こうでデータを吸いだすぞ。自律歩行は出来るか?」


『そんなことより、とは?』


佐々波が言うと再びキュイン、と音がする。

佐々波は "鉄騎" のモノアイが僅かに収縮した事に気付いた。

それはまるで不快な事を言われた者が、目を細める様な…


(おいおいおい…こりゃあまさか…)


佐々波の脳裏に一つの可能性が浮かぶ。

佐々波は、 "桜花征機" は "それ" を危惧して機能行使の際にはマスター登録などという手順を踏む様にしたというのに。


ダンジョン探索に伴う精神の干渉がAIにも及ぶという仮説を唱えたのは佐々波だが、この時ばかりは自説が的中しないで欲しいと心から願った。



なお、歳三は南蒲田にある探索者医療センターに緊急搬送され、全治三か月の診断を下された。


これはちょっとあり得ない診断に思える。歳三の肉体の各所は焼け爛れ、指などに至っては炭化し、切除はやむなしといった状態だった。普通は死ぬのだが、探索者専門の医療施設や医療技術というのは普通ではない。


全身を焼失して死んだとかならともかく、四肢を失ったくらいなら、数か月もあれば培養腕やら培養足やらを繋げられるのだ。ましてや歳三は指や腹とか足の一部をちょっと炭化させただけである。髪や眉毛、まつ毛も人工毛を植毛できるので問題はない。


人工毛は作り物という訳ではなく、患者に植えられれば数日以内に患者の肉体に馴染み、以後、それらの毛は元から患者の身体に生えていたかのように振る舞う。


大変異から50年も経っていないというのに、日本の、というか世界中のあらゆる国のあらゆる業界で、信じがたいほどの技術革新が起きていた。

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