日常4(飯島比呂他)


飯島比呂は歳三の件で悩んでいた。

歳三へ礼をしにいく事は確定事項だとしても、そこに四宮真衣と鶴見翔子を連れていくかどうか。

脳裏に浮かぶのは久我善弥の言葉だ。


──お礼を言いたいのでしたら注意して話しかける事です。特に若い女性は避けるべきでしょう。彼は若い女性に話しかけられると赫怒するのです。顔が真っ赤になる程怒るんですよ


これは久我善弥の協会職員としての判断で、歳三の精神状態に悪影響を与えない様に女性を近づけまいとする配慮なのだが、勿論飯島比呂には気付く事が出来ない。


「万が一の事もある。お礼には俺だけで行こうと思うんだけどどうかな?」


「そうね…お礼をしにいって不愉快にさせたんじゃ元も子もないし」


「わ、私もそれでいいと思います…あの、本当にありがとうございましたって伝えておいてください…」


飯島比呂のそんな問いに、四宮真衣と鶴見翔子は了承する。

女性嫌悪者…所謂ミソジニストというものは存在しており、歳三もそうである可能性があると三人は考えたのだ。

歳三は別に女性を嫌悪していないどころか、人並みには関心がある。ただ、それを上回る恐怖心とも警戒心ともつかない感情を抱いているだけだ。


歳三は歳三なりに自身の劣情を管理しようと思っており、ただその手段というものが極めて極端で、女性には極力関わらないという極論めいたやり方を実践している。


極論というものは思考の放棄であり、幼稚性の証左でもあるのだが、歳三は実年齢や見た目は47歳中年男性ではあるものの、精神的にはベビベビしているため、極論に流れるというのもある意味仕方ないとは言える。


ともかくも、飯島比呂はそういった流れで歳三に会おうと試みたのだが…



「ぜ、全然会えない…」


買取センターの隣にある休憩所でコーヒーを飲みつつ、飯島比呂はボヤいた。歳三の個人通信先…コードというのだが、そのコードを知らない為に朝一番から買取センターに張り込む事数日。飯島比呂はいまだに歳三と出会う事が出来なかった。


では、と他の探索者達に聞いてはみたものの、誰もかれもが歳三がどうしたか、どこにいるかなど知らないという。

まあこれは無理からぬ事で、歳三は他の探索者と一切交流を持っていない…とまでは言わないが、その交友範囲は極めて狭い。


──まさか探索中に…?


死んだのか、という言葉が思わず口から洩れそうになり、慌ててコーヒーを飲み下す。もし口に出せばそれが実現してしまうかもしれないという根拠のない不安があった。

しかし、そんな不安はすぐに打ち消される。

何故なら飯島比呂は、雑司ヶ谷ダンジョンで歳三が戦う姿を直接見たからだ。



小さい頃から何でも出来た。

僕だけじゃない、真衣も翔子もだ。

真衣と翔子、そして僕。トライギフテッドなんて言われていた。


運動も勉強も、そしてケンカも。僕は昔から顔立ちが女の子っぽくて、よく馬鹿にされていたけれど、馬鹿にしてきた奴はみんな黙らせてきた。学校の成績で、運動能力を見せつけて、時には腕っぷしででも。舐められない様に外では自分の事を僕ではなく俺と言ったりもした。これは真衣や翔子からは不興だったけれど。


経済的にも恵まれていた。大きな一軒家、充実した教育。

欲しいものがあれば、ねだれば何でも買ってもらえた。


僕ら三人の両親はとても親しく、三つの家族が一緒にキャンプや旅行、ホームパーティなどを共に過ごしていた。その結果、僕ら三人は生まれてからというもの、何をするにも一緒だった。


2つの家族が非常に親しいというのはよく聞くけれど、3つの家族がとても親しいというのはあまり聞いたことがない。これには理由があった。僕ら三人の両親は探索者で、同じチームだった。妙に裕福なのも探索者としての稼ぎだったわけだ。


僕らはこれまでなんでも出来てきたのだから、これからも何でもできるものだとおもっていた。

でもそんな日々は、ある日突然終わりを告げた。


親たちが姿を消した。

僕の親だけでなく、真衣の両親、そして翔子の両親までがだ。一部誤解を招くかもしれないが、彼らはあるダンジョンに挑戦し、そのまま戻ってこなかったのだ。


親たちからしたら格下の、簡単なダンジョンだったというのに。

富士樹海の丁級ダンジョン。親たちは当時乙級だったらしい。

その探索をもって親たちは探索者を引退しようと計画していたようだ。チームとしての最後の任務、記念すべき探索だったのだろう。


でも帰ってこなかった。

その日から富士樹海ダンジョンで探索者が失踪するケースが急増し、協会はついに甲級探索者のチームを派遣する事態となった。


後日、その5人組のチームは帰還した。たった一人だけ。

その探索者の報告で、富士樹海の特性が明らかになった。

"擬態"していたのだ。下級のダンジョンに。


がやってきたものだから、擬態を解いたという事なのだろう。ちなみに調査をした甲級探索者もまもなく亡くなったそうだ。


残された僕らは親を探す、もしくは親の…認めたくはないけれどその死の原因を知る為に、探索者になって富士樹海ダンジョンへ行こうと約束を交わした。そして周囲とは段違いの速さで階梯を登っていく。


──探索者として少しうまくいっていたからって調子に乗ってしまったのだと思う


豊島区の丙級ダンジョンで、現時点の僕らでは死を避けられないほどの強敵と出会った。戦いを挑んだが、僕らの力は一切通じなかった。その結果、ついに翔子が深刻な傷を負ってしまった。


でも僕らは生きて帰る事が出来た。

とある探索者に助けられたのだ。


──望月


逞しい背がそらに舞い、その日僕は煌々と輝く美しい月を幻視た。


…今回、僕は是が非でも彼、佐古歳三に会わなければならない。仲間と自分の命を救ってもらったお礼をしなければいけないというものもあるけれど、真衣にも翔子にも言っていないもう一つの理由がある。


それは…僕の理想、僕の月に会う事だ。



そういえば、と飯島比呂は思い出す。


──ああ、あの人か。いや、分からないな、すまない。でも、あの人と親しい職員がいるからその人に聞いてみたらどうだ?

金城っておっさんなんだが…ほら、あのハゲオヤジだよ

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