戌級規定、教導実践講義②

 ◆


 行けと言われても、というのが三人娘の偽らざる本音だが、ともあれ講義は始まった。


 ダンジョン自体はなんの変哲もない戌級ダンジョンだ。


 元は都内某所にあるゴミ処理施設だったが、数年前にダンジョンと化した。


 こういう吹き溜まりはダンジョンになりやすい。


 なぜなら、"ゴミ" というものには色々なモノが宿るからだ。


 ただ、捧げられたりしたものではなく所詮は捨てられたモノである為、想いにせよなんにせよ、"濁り" がある。


 良くも悪くも上質なダンジョン形成の為にはひたむきな念が必要であるため、ゴミ処理の類はほぼ丙級以下、大抵は戌級のダンジョンとなる。


 全国にはこういった元ゴミ処理施設のダンジョンが200箇所以上あり、これはゴミ処理施設全体のおよそ5分の1にあたる。


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 ダンジョンに入場した三人は、まず各々が周囲を確認した。


 入場してすぐ奇襲を受け、負傷して何も成果を得られないまま撤退というケースは決して少なくない。


「うわ……ゴミばっかりです~……」


 みみがゲンナリした様子で言う。


 視界の限りに広がるのは高く積み上げられた廃棄物の壁だった。


 錆びついたした金属、プラスチック、紙くずがまるで迷路の壁の様にそびえている。


 上空には重苦しそうな灰色の雲が広がり、地面はといえばやはりゴミがばらばらと散らばっていた。


 色あせた容器や壊れたおもちゃ、とにかく色々なゴミが風に吹かれて音を立てている。


「Stermのマップだと……ええと、この通路みたいな所を抜けたら少し開けた場所に出るみたいね」


 ジェシカはすでに端末を操作してマップを開いていた。民子はと言えば周囲の警戒だ。


 THE・武者は三人を後方から見守っているのみ……ではなく、やはり端末を操作していた。


 ──何をしているんだろう?誰かと連絡を取っているのかな。……あ!そうか、評価をつけているのかな。だったら多分大丈夫な筈……座学で習った通りに行動出来ているし


 民子がTHE・武者を見てそんな事を思った。


 しかし、THE・武者が端末に打ち込んでいる文章をみたら果たしてどう思うか。


 幻滅はしないまでも、不安になるに違いない。


 ◆


 THE・武者は教導支援アプリケーション、「教え太郎」を起動した。これは自然対話によって必要とするマニュアルを確認出来るSterm用のアプリだ。


 ──『ダンジョン入場、同行者3名。周囲に敵の姿はない。資源となる物資が周辺には散乱している。今後どうするべきか』


 打ち込むとすぐに応答がある。


 ──『HELLO!!佐古 歳三!その状況では、初級探索者たちに以下の行動を推奨します。


 ①安全確保: まず、周囲に敵がいないことを再確認します。見えない敵や罠がないか慎重にチェックしましょう。


 ②物資の収集: 周囲に散乱している資源や物資を収集します。ただし、罠や敵の誘い込みである可能性も考慮し、慎重に行動してください。


 ③役割分担: 同行者たちと役割を分担し、効率的に物資を収集します。一人は見張りを担当し、他のメンバーは収集を行うなど、チームワークを重視しましょう。


 ④環境の観察: 収集活動中も、常に周囲の環境を観察し、変化に注意を払います。敵の接近や環境の変化に素早く対応できるようにしてください。


 ⑤次の行動計画: 物資を収集した後、チームで次の行動計画を立てます。ダンジョンの更なる探索、退避、休息など、状況に応じた適切な判断が必要です。


 安全第一を心掛け、チームワークを大切にしてください。ダンジョン探索者協会は探索者たちの安全と成功を祈っています』



 THE・武者は大きく頷く。


 ──①は済ませた。次は②……


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「じゃあ周囲を警戒しながら先へ進もうか」


 民子がそういうと


「待たれよ」


 とTHE・武者から待ったが掛かる。「待たれよってなに?」と普段の三人娘なら笑い飛ばすところだが、THE・武者の威圧感がそうさせない。むしろ、そういう古めかしい話し方が様になってるような気すらしていた。


 雰囲気は怖いし外見も怖いが、それでもダンジョンという危険な空間で頼りになる人がいるというのは随分違う……などとジェシカあたりは思っている。


「見よ」


 THE・武者は短く告げ、足元に転がる空き缶を拾い上げた。


 それは単なるアルミの空き缶にしか見えないが、ダンジョン素材ではある。


 THE・武者はひよっこたちに、まずは資源や物資の収集をしなさいと示したのだ。


 金を稼ぐことは大事な事である。金が無ければ装備も整えられないし、怪我も治せない。少しでも多く良質なダンジョン資源を持ち帰り、金へと替え、次の探索の足がかりとする。探索者稼業はその繰り返しだ。


 それの意思は彼女たちにも伝わった。


 伝わったのだが……


「あ、あの~……」


 みみが恐る恐るといった様子で挙手すると、THE・武者がみみの方を向いた。


「そ、その缶は~……凄い安いし、きょ、教官は平気で持っていますけど数キロはありますよね……?だから、素材を集めるならもっと奥で……って思ってるんですけど……」


 みみという女は根が銭ゲバに出来ている。とにかくお金が大好きなのだ。でなければ詐欺で刑務所になんて入っていない。だからこそ、安いうえにかさばる入口の素材なんかを集めたくはなかった。この探索で稼いだ金はみみの財布にも入るのだから。


 THE・武者はみみの言葉を聞くと黙り、みみに視線を向けた。


 みみとしては生きた心地がしないのだが、大好きなお金の為にみみは頑張った。


 ややあって、THE・武者が頷いて言う。


「……予習は、しているようだな。この先も試しはある。もし、オレの試しを乗り越えられない様ならば……」


 と、THE・武者はそこまで言って黙り込んだ。


 かなわないのは三人娘だ。


 試しってなんだ。


 試しを乗り越えられないようなら一体なんだというのか。


 何をされるのか。


 気まずい沈黙がその場に流れる。


 そして……


「往け。探索を継続せよ」


 THE・武者の言葉は三人娘たちが聞きたかった事ではなかったが、ともかく三人は各々返事をして探索に戻っていった。


 ◆


 一行はダンジョンを進む。


 ジェシカとみみは側面のゴミの壁が気になって仕方ないようだった。


「倒れて~~…きませんよね?」


 みみの言葉にジェシカは助けを求める様に民子を見る。


 THE・武者に尋ねる事はしたくなかった。おっかないからだ。


「わからないわよ、もしかしたら倒れてくるかも。だからしっかり警戒しておかないとね」


 民子が答える。


 彼女は元低レベルとはいえダイバーとしてダンジョン探索をしてきた経験がある。


 だからダンジョンが時に悪辣な罠をしかけてくることも知識としては知っているのだ。


 ジェシカの目線は落ち着きがない。


 そこかしこに飛び、ビビり散らしている。


 みみも普段の世間を舐め腐っているような様子はみられない。


 表情は硬く、ほとんど無表情に近かった。


 一方で民子は比較的落ち着いている様に見える。


 時折軽い冗談さえも口にしたが、その声には切迫感があった。


 やはり戌級とはいえ、ダンジョンはダンジョン、緊張を強いられても仕方ない……というわけではなかった。


 彼女達を緊張させているのはダンジョンではなく、最後尾を歩いているTHE・武者だ。


 鬼気とも言える様な威圧感を放射している。


 これは三人娘にパワハラしているわけではなく、このままではまずいぞ頑張れよと自身を鼓舞しているに過ぎない。


 THE・武者にも自覚はあったのだ。


 先のシーンでは初手からちょっと上手くできなかったと。


 収集マニュアルは①~⑤工程まであったというのに、①しか実施できなかった。


 みみの言葉で、マニュアルに忠実に従うだけではだめなのだと悟った。


 それにしても先程の無様、果たしてしっかりと教導できたと言えるのだろうか?


 THE・武者は胸中で大きく否定し、次こそは上手く教え導くのだと心に誓う。


 この時、THE・武者はこの教導ミッションに失敗したならば腹を切る覚悟を決めていた。


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「あ、道が開けてきた……かな?」


 ジェシカがいい、先を指し示す。


 それを "開けた" といっていいのかどうか。


 壁めいたゴミがやや崩れ出している。


「マップによればこのもう少し奥が稼ぎ場みたいね」


 民子の言葉に一同は頷き、しかし。


 音だ。


 音がする。


 ──がらり、がんがん


 ゴミが崩れる音だろうか?


 いや、これは……


「モンスター!」


 民子が銃を抜き、照準を合わせる。


 照準の先にはまるでゴミが集まり、人の形を取ったかのような姿をしたモンスターが立っていた。








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近況ノートに画像、そして本更新は一部にちゃとぴぃを使っています。どこで使ってるかはいうまでもないとはおもうのですが、アプリケーションの「教え太郎」です。


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