戌級規定、教導実践講義④

 ◆


 THE・武者は某ゲームに出てくるキャラクターを歳三が模したペルソナである。


 そのキャラクターは刀を佳く使うが、歳三は刀なんて振るったこともない。


 だが、親切な妖刀の囁きに身を委ねれば前の所持者であるシシドと同等とまでは言えなくとも、多少は刀を振ることが出来る。


 そう、妖刀は歳三に対してあれやこれやと囁くのだ。


 ノンデリの権化である歳三は妖刀がどれだけ悲しんでも他人事として片づけてしまい、妖刀としては残念な主人ではある。


 しかし自分をこのように振れば良い、あのように振れば良いと囁けばそれに応じてくれる為、妖刀はとりあえずコイツでいいやとキープしている……両者の関係はそんな所であった。


 まあともかく、自分が自分じゃなくなる時、つまり餓鬼の遊びの様な成りきりに興じる時、歳三は解放感を覚える。


 歳三は自分の事が好きではないのだ。


 もっとも、自分が好きでは無いという感情を口に出す事は余りないが。


 あくまでも胸中でウジウジするだけに留めようと努力はしている。


 なぜなら、かつての約束があるからだ


 ◆


 これでいて歳三は根が自己嫌悪の塊に出来ている男だ。


 自分に価値があるとはこれっぽっちも思ってはいない。


 だが、それを口に出す事はなるべくしないでいた。


 確かに歳三が鈍感ニブチン野郎である事は否めないが、それでも金城 権太など極少数の人間から良くしてもらっている事は自覚している。


 彼等は彼等なりの価値観でもって歳三に目をかけてくれている……という事を歳三は理解している。


 だからこそ、胸中にわだかまる自身への否定の言葉を表に出す事は控えていた。


 なぜならかつて、当時中学生であった望月にこんな事を言われたからだ。


『佐古君どうしたの?そうか、道徳の時間で先生が言っていた事が気になっているんだね。"自分を好きになれない人は他人を好きになる事ができない、他人を好きになれない人は他人から好かれる事もない" ……という奴だね』


 望月の言葉に、歳三少年は頷いた。


 歳三少年は自分がクラスで腫物扱いされている事を気に病んでいたのだ。


 確かに歳三は勉強が出来ない。


 先生は将来自分が困るから勉強をしなさいという。


 しかし、ナントカ方程式だとかが何の役に立つというのだろうか。


 歳三はそんな疑問をぶつけるが、先生は歳三が納得するような答えを返してくれはしなかった。


 むしろ、面倒くさいものを見る様な目で歳三を見てくる。


 歳三少年はその目が嫌いだった。


 彼は良く言えばこだわりが強く、悪く言えばアレな気質がある。


 だからよく厄介扱いをされるのだが、その時自身に突き刺さる他者からの視線は無形のナイフと化して歳三の精神をザクザクと突き刺してくるのだ。


 歳三少年は望月に対して「自分が駄目だから」みたいな事を言うと、望月はやや目を細めて口を開いた。


『僕はそうは思わないよ。自分を好きになる事と他人を好きになる事は別の話だ。自分に価値を見いだせていないからこそ他人に価値を見出し、それをよすがに生きていくというのもアリだと思う』


 ただ、と望月は続ける。


『自分を卑下する言葉は出来るだけ口に出さない方が良いかも知れないね。佐古君がそういう事を言っているのを聞くと、単純に僕が悲しくなる。道徳とは何の関係もないし、個人的な事なんだけど』


 ◆


 THE・武者は妖刀を鞘に収め、ビビり散らしている民子、困惑している他二名に一瞥をくれてから端末を取りだした。


 THE・武者は単に教導支援アプリ「教え太郎」を開いただけなのだが、その所作は三人娘にある種の危機感を抱かせる。


 民子は内心忸怩たる思いを募らせていた。


 三人の中では一番探索経験があったにも関わらず、あろうことか戌級指定のモンスター相手に不覚を取ったのだ。


 まあ彼女自身の実力がへっぽこなのもあるのだが、油断をしていたのも事実で、これはジェシカやみみに示しがつかない。


 ジェシカとみみは民子の不覚を責める気持ちは毛頭なく、民子を心配する気持ちが大なのだが、結局こういうものは当人の心の持ち様である以上、彼女自身が納得するしか心のしこりを取る方法はない。


 §


 THE・武者はみみを一瞥するだけで特にフォローなどはしなかった。精神崩壊しているわけでもなし、メンタルケアをする様な精神状態ではないと判断してのことだ。


 それに、THE・武者は次の教導段階を考える必要があり、そのヒントを「教え太郎」に求めていて忙しかったのだ。


 ──『ダンジョンで最も警戒しなければいけない事、それはイレギュラーの出現です。探索者は常にこの可能性を念頭に置き、探索を進める必要があります』


 イレギュラー。


 それは簡単にいえば特別強力な力を持つモンスターの事だ。とはいえ、その出現率は低く、ある程度ダンジョンの格が伴っていないと出現はしない。


 つまりこのゴミ捨て場ダンジョンにはイレギュラーは出現はしないという理屈だし、これまでの記録でも出現したという記録はなかった。


 実践講義は続く。


 ・

 ・

 ・


 それからも一行はゴミ処理場ダンジョンの探索を続け、金になりそうな素材をある程度収集した。


 ヒトゴミ・モンスターも現れたが、民子も今度は油断せず、またジェシカやみみの援護もあって問題なく撃破していく。


 ヒトゴミ・モンスターは膂力こそあるが鈍重だ。それに耐久力自体もそこまでタフではない。ヒトの形を取る以上、なにがしかの法則に縛られているのか、適切な箇所を銃撃すれば意外にあっさりと倒せる。


 民子が不覚を取ったのは単に銃の威力が足りなかったからで、もう少し金が掛かった銃を使えば再起動は許さなかっただろう。


 §


「もうすこし沢山出てくれればいいんですけどね~」


 先頭を歩くみみが振り返って笑顔を浮かべながらアマな事を言う。すると、民子が慌ててその口をふさいだ。


「だめだって!教本に書いてあったじゃん。そういう事をダンジョンで言っちゃだめだってさ!」


 民子も厳しい目でみみを見ている。


 ダンジョンで口走った言葉は形となる──…あくまで都市伝説レベルの話だし何の証明もされていないのだが、ダンジョン探索者協会は「余りダンジョンを舐め腐らない様に」と警告している。


 これに対して、探索者達の間では賛否両論だ。


 ダンジョンの干渉がどの様なものかを考えれば警告はあながち間違ってもいないが、不確実な事を教本に載せるというのはどうなのだという声もある。


 この点、探索経験豊富なTHE・武者……歳三も良くわからない。なぜなら歳三はソロ探索率が非常に高く、いつも黙々と探索をしているからだ。


 みみはうんうんと頷き、小さい声で「ごめんなさい……」と謝罪した。モンスターが沢山出てくるなど、戌級探索者にとっては死を意味するからだ。


「本当それだよ。もし本当にモンスターが沢山でてきたらどうするの?今日は鎧の人……佐古さんがいるけど、私たちだけとかだったら大変な事になるんだよ。ダンジョンでは何が起こるかわからないんだから。例えばイレギュラーとかさ。ここは出ないトコだからいいけど……」


 民子がどこか先輩風を吹かせて言うと、すぐに「あっ」という表情を浮かべた。


 ちなみにジェシカとみみは「えっ」という表情だが……


 ジェシカの「えっ」は民子に向けられ、


 そしてみみの「えっ」は一行の後方からうじゃうじゃと湧いてくるヒトゴミ・モンスターの群れに向けられて発されたものだ。


 そして次の瞬間、民子が「えっ」と言う。これはやや深刻だ。


 なぜなら──……


「ここにイレギュラーは出ない。そうだ。だがダンジョンでは何が起こるか分からない。仲間だと思っていた探索者から裏切られる事も、ある」


 THE・武者が不穏な気配を放ちながら三人娘を見ていたからだ。


 刀は抜かれてはいないものの、今にも抜き放たれて斬りかかってきそうな厄さがある。


「き、聞いた事ある……」


 ジェシカが震える声で言った。


「きょ、協会は……間引きをすることがあるんだって、や、役立たずとか、スパイとかを、そのっ……」


 みみと民子は愕然としてTHE・武者を見つめた。


 THE・武者は答えるかわりに鞘を一度、二度と撫でる謎の所作を挟んだ後、一息に刀を抜き放ち、その切っ先を三人娘へと向けた。

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