日常21(歳三)

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 朝。歳三は死にかけた独身中年男性の様な顔をして、むっくりと起き上がった。ごりごりと首をまわして、一つ大きなため息。枕元に放り投げてあるタバコを取って、バチンと着火した。


 ヤニカスは朝の一服がないと脳が機能しない。

 肺一杯に吸い込まれた紫煙が歳三に生気を与えていく。


 朝の気だるさは年々強くなっている様に歳三には思えた。


 ──俺も年だな


 本当に弱くなった、と歳三は思う。

 僅かな寂寥感と共に、先日の新宿歌舞伎町Mダンジョンでの事が思い出された。


 ──10年前だったら


 歳三は左腕をちらと見た。

 傷は塞がっているが、腕毛がまだ生えそろっていない。


 ──10年前だったら、腕で受ければ刀が折れてた筈だ。本気で打たなくてもよ、あのシシドの奴だってジャブの2、3発でぶっ飛ばせた…気がする。ぶっ飛ばせたかな…?ぶっ飛ばせたかも…無理かな…無理かも…


 ともかく、このまま年を喰う毎に弱くなり、脆くなり、最終的にはどうなってしまうのだろうかと思うと歳三は怖くなるのだ。独居老人の孤独死という言葉が脳裏を過ぎる。


 鍛えた筋肉がしおしおとなり、歩く事すら困難になって…ある日風邪かなにかが悪化して、そのままくたばるんだ、くたばって死体は溶けて、俺はドロドロの臭い何かになっちまうんだ…と歳三は朝から項垂れていた。


 年々抜けていく力に、歳三は寂しさを感じざるを得なかった。

 老後はどんな仕事をしようか、などと歳三は考える。

 甲級探索者の中には齢90をこえる者もいる、とは聞いているが、歳三は90歳になった自分が探索者としてやっていけるとはとても思えない。


 根がリアリストにも出来ている歳三は、90歳の自分に一体何ができるかを考える。空をぶち抜けるだろうか?海を斬り裂けるだろうか?大地を叩き割れるだろうか?


 ──無理だ


 軽自動車をバラバラに引き裂くくらいが関の山だろうと歳三は思う。


「金城さんに…老後の事を相談してみるか」


 ──そうだ、探索者だけが仕事じゃねえ。やろうとおもえばなんだって出来るじゃねえか。チラシを配ったりなら出来る。歩く事にかけては自信があるぜ


 二本目のタバコを咥え、歳三は端末を開き、冷蔵庫からチューハイを取り出してプシュとタブを開けた。

 どうせやる事もないし、朝から酒とタバコを楽しみながらネットサーフィンをしようという肚である。


「おお…探索者が主人公のアニメ…なに、原作はWEB小説?ふうん」


『役立たずだと追放された元美少女のおっさん探索者!最難関SSSSS級ダンジョンの最下層で最凶スキル"強奪"を手に入れる!でもそのスキルは相手のスキルではなく存在を強奪してしまうものだった!?次々成り代わって復讐を遂げろ!許してくれといってももう遅い、もう私にだって自分が誰か分からないんだから』


 とてつもなく長く、そして不穏なタイトルのアニメだなと歳三はおもった。


 ──最近はこういうのが流行ってるのかねぇ…


 これで居て根がハッピーエンド尊重主義者である歳三は、なんだかなぁと思いながらもタイトルが余りにショッキングなものだったので、どうしても気になって観てしまう。


 朝から酒、タバコ、アニメ!

 余りにも酷い中年の姿がそこにあった。

 しかし、これが歳三の一般的な日常でもある。

 基本的にはしょうもないのだ。

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