大磯海水浴場ダンジョン⑧
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とは言うものの、と歳三は少し悩んだ。
歳三は徒手空拳…ドーグを使うとしても、たまたま道に落ちている石だとか、たまたま締めているベルトだとか、地面を蹴りあげて陸の津波めいたモノを発生させるだとか、その場で発生させるプラズマ・ヴォルテクスだとかその場で発生させる爆炎などである。
遠く距離のある飛行物体を撃墜する技など、歳三は知らなかった。
そういう場合、他の探索者であるなら例えば銃器を使ったり、なんだったら捕鯨砲のようなものを持ち込んだり、乙級以上のPSI能力者であるなら強力な念動で引きずり下ろしたりするのだが。
『バショク イワク !ココロ ヲ セメルハジョウサク! シロ ヲ セメルハゲサク ナリ!…──、ヴィヴィヴィヴィ…"SKR-001 鉄騎" ニ タイシテ 戦術提案…』
"鉄騎" と "鉄衛" のモノアイが明滅し、 "鉄騎" が頷く。
二機の間での意思疎通は言葉を介さずとも可能なのだ。
歳三は散発的に飛んでくる雷撃を蹴り砕いているが、その表情は浮かないものだった。
──なんとかこっちに来てくれねェものかな
歳三がそんな事を思っていると、背後からべちゃだとかグチャだとか、何か柔らかいものを潰している音が聞こえ、更には何やら熱気で背が炙られているような感覚を覚えた。
どうにも気になって振り返ってみると、そこには先程捕獲した雷気海月を火炎放射で焼いている "鉄騎" の姿があるではないか。
既に斃したはずなのになぜ?
歳三の脳裏に過ぎる疑問、しかし質問する余裕は無かった。
先程まで散発的に飛んできた雷撃が、ドンドコドンドコ飛んできたのだ。明らかに "鉄騎" の所業に反応している。
"鉄騎" はゆっくりと死骸の一つを手に取り、視線をヌシに注ぎながら、手にぎりりと力を籠め…雷気海月の死骸はぐちゅりと潰れた。
歳三は "鉄騎" の所業の意味を察した。
──成程、怒らせようって肚かい
ここで正義感が強い者だと、いくらモンスターとはいえ死体を凌辱するような真似には強い抵抗を感じるかもしれない。だが歳三は全くこれっぽっちも抵抗などは覚えなかった。
というより、安心したのだ。
そう…あ、そういうのはOKなのね、と歳三は安堵した。
根が見栄坊に出来ている歳三は、例えば過日の買い取りセンターの時の様にちょっとしたヒソヒソ話にも顔をトマトの様に真っ赤にするほどしょうもない感じのおじさんだ。
なので、あんまりダーティなファイトをすると "鉄騎" や "鉄衛" に嫌われないか心配だったのだ。
歳三の中でモンスターとの戦いはある種の神聖性を伴う行為なのだが、歳三の中での "戦い" とは、もちうる手段を限り採用して全力で相手をぶち殺す事を意味する。
だから人質…モンスター質も、それはそれで一つの戦術なのだ。
要するに何したってかまわないから、相手を殺す為に全力を尽くす、殺意という純粋な感情を相手に捧げる…それが礼儀だと歳三は考えている。勿論、漫画だかアニメだかの受け売りなのだが。
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"鉄騎" のダーティな所業が功を奏したか、ヌシは雷光を纏いながらゆっくりと歳三達の元へ近づいてきた。
ヌシに、ましてや巨大なクラゲに人間と同じ様な情緒があるかどうかは疑問だが、少なくとも同胞の死骸を辱めた者達の事は直接縊り殺さねば気が済まないとばかりに、雷撃投射は鳴りを潜めている。
──近寄らせるのは良いが、それでも空を飛んでいる事には変わりないんだよなァ
やはり飛びつくしかないか、と思うがもう少し良い手があるようにも歳三には思える。だがその時、歳三の脳裏に過日の思い出が想起された。
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歳三がまだ少年だった頃、彼の趣味というか、生きがいは植物の世話であった。自宅ではミニサボテンを世話し、小学校では植物係に立候補した程だ。毎日けなげに植物に水をやり、害虫を駆除していた。
だが、ある日、クラス内カーストがシュードラ(隷属民)、あるいはダリット(不可触民)であった歳三は、クラスの悪ガキにお気に入りのジョウロを破壊されてしまう。
もっともそのジョウロは学校の備品であるため、それを壊された所で歳三に被害はなかったのだが…。とはいえ、ジョウロを失った歳三は仕方なくホースから直接水をやらざるを得なくなった。
しかしそこは機転がきかない歳三少年である。ホースからドバドバと水を垂れ流し、過剰に水を与える愚行をやらかしてしまった。
土に水がドバドバと流され、泥と化し、もう地獄の窯の底の残り汁のようになってしまう。泣きそうな歳三!だが、それをみかねてか、クラスのアイドルである天童有希が歳三に教えたのだ。
──『あのね、佐古君。ホースね、先を摘まむといいかも。こうして…ほら、勢いよく水が出るでしょ? それでね、水の量をもう少し減らしてあげるといいかも…。そうしたらお水をあげすぎるなんて事はなくなるかもよ』
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──天童さん、ありがとよッ…!
歳三は太く笑う。
過去の学びから解決の一手を見出した時、歳三はとても嬉しくなる。それは自身のこれまでの人生が無駄ではなかったことを実感できるからだ。
だが課題はもう一つある。高度をどう稼ぐかだが…、それも問題なかった。歳三の脳裏にとある国民的アクションゲームが想起されたからだ…ジャッシィという緑色の恐竜に乗った主人公が、恐竜を踏み台にして普段より高く飛ぶという非人道的なテクニックを。
「なあてっこ、俺の踏み台になってくれねェか」
『勿論です。我々をマスターの踏み台にしてください。我々は貴方の覇業を全力でサポート致します」
歳三の足りなさすぎる言葉に、 "鉄騎" は仰々しく答えた。
しかし歳三は覇業がどうこうとかは全く考えておらず、これはもう言葉のままである。歳三は "鉄騎" に踏み台になって貰いたいのだ。
「いや、ごめんなさい。よくわからないが、ジャンプしてほしいんだよ、つまり…」
歳三が申し訳なさそうに言うと、 "鉄騎" はモノアイをビカビカと光らせた。
『勿論です、飛距離を稼ぐという事ですね。問題ありません』
『オイ、ゴマカスンジャネー』
「助かる。俺に秘策があるんだ。俺もたまには頭を使う所を見せてやるぜ」
歳三が太く笑いながら言いながら、ぐびりと水筒を煽った。
ぐびり、ぐびりと…しかし喉は動いていない。
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歳三と "鉄騎" 、一人と一機は互いに視線を交わし、走り出す。
"鉄騎" の クォンタムキャパシタ駆動システム "陽炎" が起動し、十数分に限り、 "鉄騎" の身体能力が急激な上昇を見せた。
その速度は秒速1020mにも達する。
──クォンタムキャパシタ駆動システム "陽炎"は "桜花征機" の前衛的試作機構だ。これは光子の量子効果を利用して電力を生産しているが、供給量が余りにも膨大というのが研究課題となっている。そして、この使用を鉄騎は原則禁止されてもいた。 現在の鉄騎のボディは大電力に伴う高起動の負荷に耐えられないからだ
…という事情があるのだが、 "鉄騎" は蒲田西口商店街ダンジョンの一戦を経験して、そのデータを元に多少改良されているため、対アルジャーノンの時ほどすぐに限界は来ないだろう。
"桜花征機" の技術部の人間には人道的ではない部分も多々あるのだが、それはそれとしてその技術は確かだ。キ印めいた熱心さで "鉄騎" と "鉄衛" のバージョンアップに努めている。
なお、これは余談だが、歳三が幼かった時、サイボーグ666というアニメが放映されていた。そのアニメに出てくる島町ジョンというキャラクターが設定ではマッハ3…つまり、秒速1020mで走る事が出来る。幼き頃の歳三はそのキャラクターがとても好きだったのだが、奇しくも齢47となって憧れのキャラクターと同じ速度で走る仲間を得た事になる。
だが、そんな "鉄騎" に歳三は易々とついていき、 "鉄騎" が膝を曲げて跳躍の準備に入ると、飛び上がるまでの僅かな時間の間に歳三は "鉄騎" の背へと飛び移った。
つまりは二段ジャンプである。
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"鉄衛" が発案し、"鉄騎" が実行した非人道的挑発が効いていた。ヌシもまた接近してきていたので、稼ぐべき距離、高度に多少余裕が出来たのだ。
高く飛び上がった歳三は鼻からスウと息を吸い込み、バキバキのシックスパックがべこリと凹む。
ヌシは歳三がいきなり飛び掛かってきたものだから、僅かに怯んでいるようだ。
しかしそこはヌシのヌシたるスピリットがあるのだろう。
たちまちのうちに雷気海月の比ではない大発電を行い、飛び掛かってくる "羽虫" を撃ち落とそうとするが…歳三の方がやや早かった。
ぱんぱんほっぺにしこたま溜め込んだ水が、歳三の口内で凄まじい圧力を加えられ、歳三の唇の間から噴射された。
つまりは水圧カッターである。
歳三が言う所の秘策、"頭を使っている" 結果がこれなのだが、それが本当に秘策であり頭脳プレイなのかは甚だ疑問だ。
しかし、ともあれ結果は出た。
「ば く は つ す る ーー !」
右から左へ、文字通り一息に横断されたヌシは、大発電の為の核をぶった切られる。それだけならいいのだが、発電中というのがまずかった。ヌシが大爆発を起こしたのだ。歳三も "鉄騎" も爆風で吹き飛ばされてしまう。
とはいえ、直接雷撃を受けたならまだしも、爆風に煽られる程度なら歳三はもちろん、 "鉄騎" も深刻な損傷は受けなかった。
爆発の恐ろしい所は瓦礫の飛散なのだが、ヌシはヌシといえど所詮はクラゲでしかなく、その肉体はぷりぷりと柔らかい。
更に爆発の際の熱で飛散中に溶け消えてしまったりもしており、そういう意味でも歳三達へのダメージは限りなく抑制されたと言えるだろう。
潮風がひゅるりと吹く。
辛気臭い空色がだんだんと蒼味を帯びてくる。
異界化が解けつつあるのだ。
『ソウハナランダロ…』
歳三の秘策を目の当たりにした "鉄衛" はロボットに似つかわしくなく呆然と呟き、やがて海中に落ちた一人と一機を拾いあげるべく浜辺へと歩いて行った。
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次で大磯海水浴場ダンジョンは終わりです。
近況ノートに海野千鶴の画像をあげておきます。
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