日常42(城戸我意亞他)
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ティアラはひそかに "協会探索者は脳筋集団" という評価を下した。これは協会からしてみれば侮辱に等しい罵言であるかもしれない。協会も協会なりに、色々と苦慮しているのだから。
だが同日、歳三ら四人が新宿で食事会をする頃と同じくして、池袋にはセンシティブな事象……つまり、微妙で取り扱いに注意を要する現象を非常に暴力的な手段でもって解決しようとする粗雑な者たちがいた。
協会探索者である。
◆
池袋北口を出て左手を見れば、妙に雰囲気のある喫茶店が目に入る。珈琲公爵という店だ。
店内は濃い茶の内装を基調としており、壁には中世を思わせるブラケットライトが掛かっている。如何にも高級店を思わせる様子に、初見の者ならば臆してしまうかもしれない。だがソファめいた座席に座ってみれば、ゴワゴワした……どう見ても安物の生地が使われている事に気付くだろう。
珈琲の価格もチェーン店相応といった所で、味も同様だ。
要するに高級店とは真逆という事である。ちなみに珈琲公爵は二階建ての建物の二階部分にあり、一階部分は居住部分だ。そして地下には24時間営業の居酒屋、"超都会" がある。
この建物自体が個人の物で、珈琲公爵も超都会も一人の人物が経営していた。元丁級探索者という経歴を持つオーナーは、協会から引退後のアフターフォローを受けつつ今日まで特に不自由なく余生を過ごしている。
そんな店に三人の探索者が雁首を揃えていた。
たまたま集まったわけではない。仲間の一人によびだされたのであった。
「あぁ? 除霊だぁ?」
ええ、と答える声がする。
我意亞の正面に座っているのは男女二人組であった。
一人は
突っ込む方は飽きたから、次は突っ込まれる方はどうか知りたいという甚だ下品な理由で性転換を試み、見事に成功した恐るべき男……女である。
更に言えば現在、女となった丈一郎は一人の一般人男性と交際し、婚約状態にある。遊び人がひょんな事から真剣恋愛の沼にハマる事は往々にしてある事であった。
「分類としてはそうなるわね。あんた達に助けてほしいのよ」
丈一郎はそこで言葉を切って、珈琲を飲んで喉を潤した。
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私が恋人と最高にハッピーな関係を築いている事は知っているわね? 愛しいダーリンと結ばれて、次は子供を産むつもりよ。四段のシは幸せのシってやつね。……なによその目は! ……とにかくね、私は凄腕の探索者だし交友関係も円満なわけ。でもそういう探索者って長くは続けないモンよね?
十分に稼いだら引退……あとは資産運用なりで後進の指導なりでのんべんだらりと過ごすケースが多いわね。大切なものがあるのにいつまでも命をはりつづけるなんて余程の変態野郎ってもんよ。
でもそういう探索者には決まって任せられる役割もあるわよね。そう、これはっていう才能あるヒヨコちゃんの指導よ。
人格者で実力もあり、ある程度の年齢に達していて、更に近々引退をする探索者……まさに私の事なんだけど。そういう探索者に与えられる最後の仕事が後進の育成なのはあんた達も知ってるでしょう?
まあ簡単な仕事ではあるわね。戌級卒業までに探索者の基本的ないろはを叩き込めばいいわけなんだから。それと協会への忠誠心も摺り込んだりね。
さあ、ここからが問題なんだけど……そのヒヨコちゃんがね、連絡がつかなくなっちゃったのよね!!!
いえ、ダンジョンではないわね。心霊スポットって言ってたわ。配信をしたいんだって。DETV? ああいうのに所属するんじゃなくて、個人でやりたいそうよ。一般人の子とチームを組んでね、心霊スポットを巡って配信してるんだって。
場所は山梨の某所にある精神病院よ。もう廃病院なんだけど……。ん? うん、そうね、さっきも言ったけれどダンジョンではないそうよ。出入りは自由だそうだし、勿論モンスターも出てこない。これは高野グループが調査をしたそうよ。あの辺は協会支部もないからね。そういう場所では大抵高野グループが根を張っているから、ダンジョンの察知・調査で連携しているわけね。
それでね、そこにね、行ったっきり帰ってこないの。一般人の子たちと一緒にね。でも心霊系でヤバい場所っていうのは高野グループから注意喚起がされているじゃない? 山梨の廃病院のデータはあがってきていないわ。心霊領域としてはヤバくはなく、そしてダンジョンでもない。
だからこそ私も好きにすればって言っちゃったんだけど。
問題はね、Stermを忘れて行ってるのよね……。
ダンジョンじゃないなら紛失を注意して端末を置いていくっていうのは分からないでもないけど、そういうのを抜きにしてもStermは強力な通信能力があるのだから、少しでも日常から離れた場所に行くんだったら持っていくべきだと思うわよ。
とにかく現地で何かあったのはほぼ確実でしょう?
ヒヨコちゃんだって戌級とはいえ探索者なんだから、そこらの半グレや悪タレなんか一人で蹴散らせるわ。事故も考えづらいわね。あの子はそれなりに素質はあるし、身体能力だって戌級にしては大したもんよ。車に轢かれたって死にはしないでしょうね。
なのに帰ってこないっていうのはちょっとねぇ。
え? 一人でいけばいいだろって?
やあね、それじゃあ怖いからあんた達に声をかけたんじゃないの。私はお化けが嫌いなのよ、辛気臭いから。幽霊なんて陰キャの極みじゃない? 陰キャが好きな女の子なんて銀河系に存在しないわ。
は!? 男じゃねぇよ! 小次郎、殺すぞてめェ!! 文句垂れるんだったら、見るか? あ?
……ああ、そう、まあ冗談は言葉を選びなさいね。
それを言ったら殺し合いしかないって言葉が世の中にはあるのよ。
何よ、まだ何かあるの小次郎。ああ、報酬ね。勿論それは出すわよ。我意亞はどう? ……あらー♪ さすがね、持つべきものは友だわ。
ん? なに? ああ、協会に相談しない理由? どうせ動いてくれないわよ。だって協会って馬鹿は死ね、もしくは有効活用してやるってスタンスじゃない? ここだけの話、私は協会をあんまり信用してないのよね。怖い組織だと思うわ。有能には優しいけど、無能には人権を認めてもいないってかんじ。
◆
山梨の僻地、某所に一棟の廃精神病院がある。
ひび割れた壁に覆われ、屋根には苔が生え、窓ガラスはほとんど割れている。
この廃病院は関東屈指の心霊スポットだ。
夜になると奇怪な音が聞こえ、物音が響き渡り、暗闇の中で見えない何かが動いているような感覚に襲われる……とされている。
元は重度の精神病患者を受け入れる病院であったが、病院内では日常的に虐待行為が行われ、多くの患者が虐待の末に命を落としていた。それも院長自らが主導してのことである。
院長は当然逮捕されるに至るが、院長としては虐待を主導している自覚はなかった様だ。むしろ、歪んだ精神を、傷ついた精神を癒す為の新しい治療を確立させようとしていたとの事だった。当の患者たちを使って。
事件後、病院は取り潰され、患者たちは他の施設へと転院した。院長は自殺し、以後この場所には幽霊が出るとの噂が立つようになった。
病院に一歩足を踏み入れると、昔の光景が蘇るかのような感覚に襲われるだろう。廃墟と化した廊下、壊れた窓から漏れる風、さび付いた鉄製のベッド、壁に残る血痕。
全てがかつての惨劇を物語っている。
こういった曰く付きの建築物は "出る" のだ。
だから正しく管理しなければならない。
国内の心霊案件に対応する高野グループも、当然この廃病院のいわくを把握しており、調査の為に高野坊主を送りこむに至る。仮に病院がダンジョンになっていたならば、領分は高野グループから探索者協会へ移るだろう。
だが……
──廃病院はダンジョンではない
調査の為に赴いた高野坊主たちからそんな報告が入ったのを最後に、結局皆未帰還となった。
高野グループはこの件について探索者協会へ相談はしていない。廃精神病院は山梨の僻地にある。ダンジョンでもない。実社会に影響を及ぼすものでもないため、協会が動くかどうかが微妙であるという理由もあった。協会も協会で国内のダンジョン問題への対応で忙しいのだ。緊急性が高いわけでもない心霊現象に人材を割くというのは協会としても本意ではない。
それに、高野グループにも面子というものがある。
協会におんぶにだっこではグループの存在意義が問われてしまう。
結局高野グループはこの恐るべき心霊領域を除霊保留とし、立ち入り禁止区域とした。高野グループはこの領域の除霊には
悪性心霊領域をかたっぱしから潰そうなどというのは愚の極致である。なにせ日本にはそんな領域はそれこそ死ぬほどあるし、ダンジョンもうんざりするほどあるのだ。リソースを投入するならば、場所を選ばねばならないというのは高野グループも探索者協会も同じであった。
◆
「ダンジョンじゃねえってんなら得物は自由か。岩戸重工の新製品なんだが、ソイツを持っていくか。使いどころを選ぶんだよな。何でもかんでも木っ端微塵にしちまうから素材も取れねえ。でもよ、岩戸からはレポートを出せとせっつかれてるんだ。契約探索者だから仕方ないとはいえ、無体なもんだぜ。まあ丁度いいさ、探索者流の除霊ってやつを見せてやろうぜ」
弾薬費はお前が払えよと丈一郎に言って、我意亞は笑った。
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話それますけど、今日明日で終わる感じの小話です。
グレイブエンカウンターズってホラーが面白かったので書きました。
この作品はこんなふうに思い付きを話にするようなグダグダ日常作品です。
四段と流石のイメージ画像は近況ノートに公開しておきます。
二人については日常20(城戸我意亞、その他)が初出です。
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