大磯海水浴場ダンジョン②
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歳三達は大磯へと向かっていた。
移動手段は安心安全な電車である。
池袋から大磯までは湘南新宿ラインで戸塚へ、そこから東海道本線へと乗り換えて概ね一時間半といった所だろう。
なぜ車で行かないのか?
勿論免許がないからだ。
悲しいかな、歳三は運転免許未所持だ。
受験費用がないわけではなく、試験に受からないのだ。
だが諦めた訳では無い。
毎回惜しいところまで行くのだから、50になる前までには免許取得は叶うだろうと考えている。
──上手く行けば来年には獲れる。いや、弱気じゃ良くねぇ
歳三はちらりと鉄騎と鉄衛を見て、何か思うところがあるようなないような、そんなムズムズした気持ちがムネを擽るのを感得した。
その気持ちを何と呼ぶべきかを歳三は知らない。
その気持ちがどのような類のものかは、
歳三は…
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電車はやがて東海道線の各駅へ停車していく。
藤沢、辻堂、茅ヶ崎…
キリ、と鉄騎が僅かに動き、端末を操作した。
──『到着後はすぐにダンジョンへ向かうのですか?』
いや、と歳三は首を振った。
到着後は町長に顔を出す必要がある。
通常、依頼主との細かいやり取りは協会がやるのだが、大磯町長崎守耕平は是非にと依頼を受注した探索者との面会を希望しているのだ。
歳三としてはその手のアレコレは大の苦手であるので、できれば避けたい所なのだが今回ばかりは受けた。
報酬額が通常よりずっと高額である点と、それと歳三に対しての協会からの指名依頼であるからだ。
なぜ協会が歳三を、そしてわざわざ神奈川の依頼を歳三に依頼してくるかは当然事情があり、その事情はやや政治臭くもある。
とはいえ、その辺の政治臭い事情は歳三に知らされていない。
だが少しでも多く金が欲しい歳三としては、二つ返事でOKした。
しかし小さな町とはいえお偉いさんと会うというのはやはり緊張もしてしまう。歳三はやけに乾燥する唇をぺろぺろと舐めながら、首尾よく面会とやらが済んでくれる事を心から願った。
■
大磯町は死にかけている。
毎年減っていく人口に比例して、町はどんどん寂れていく。
大磯町にダンジョンが発生してから15年、大磯町はダンジョンという金の成る木を活かしきれないでいた。
ダンジョンは金を生む。
厳密にいえば経済の流れを生む。
ダンジョンが出来、そこへ探索者が集まる事で落ちる金もふえ、ダンジョンの素材がその町の探索者協会で売却される事で、売却益の一部が町に落ちる。
だが大磯町はそのあたりの流れがいまいちできていない。
まず、人が集まらないのだ。
ダンジョン探索者協会の支部は全国各地にあるのだが、全都道府県全市区町村にあるわけではない。
協会本部は基本的には人口で判断して支部を設置している。
もっぱら予算と人員の双方の面で問題があり、無節操に支部を建てられないのだ。いくら親方日の丸だからといって、限度もあるし限界もある。
よって人口が少ない町村などは協会支部が存在しない場合も珍しくなく、そういった場合は近隣の市などにダンジョン関係のトラブルを持ち込む事になる。
ただ、持ち込んだ所で依頼を受けるのは探索者であり、探索者連中は明確なメリットでもないと小さい町や村にわざわざ出向いたりはしない。
なぜなら金と安全面の問題があるからだ。
報酬を出すのは依頼者なのだから、依頼者に経済力がなければ美味しい報酬額は設定できない。
そして安全面という意味でも、そんな過疎地のダンジョンは探索する者も少ないのだから、データが集まらない。
データが集まらないと予想外の危険に見舞われる可能性が増加してしまう。
ただ、そういうダンジョンであっても、国が梃入れして集中的に攻略を進めさせようと動くこともないではない。
例えば都市開発地区の近隣地域にダンジョンがあった場合、国はなるべく内部状況や産出物を把握する為に予算を割く。
そうして判明した情報からどういった形、意図で都市開発をすすめていくかの判断材料とするのだ。
しかし大磯海水浴場ダンジョンは特殊なダンジョンで、夏場にしか現出せず、ヌシを斃す事でむこう一年はダンジョンが現れなくなる。
1年を通して継続的な利益が見込めない上に、大磯海水浴場ダンジョンから産出されるものも然程希少性が高いものではない。
こんなものは国としては放置でも構わないのだ。
だが探索者というものは何も探索者協会所属の者達ばかりではない。他の団体を呼び込めないのだろうか?
そう考えた自治体の数は少なくない。
しかしそれにはいくつも問題があった。
そういった団体が求める報酬というのは、探索者協会が定める報酬をはるかに超える高額なものが多かったという事。
そして、肝心の探索者にしても質が低いものばかりで、死亡者を数多く出してしまうケースが多かった事。
さらには、そもそも探索者ではないというパターンも珍しくはない。社会に居場所を無くした重犯罪者の徒党だったという事もある。いろんな意味でリスクが高いのだ。
大磯町は真綿で首を絞められる様にジワジワと死につつある。
人口は毎年減少し、それに対して平均年齢は上昇しつつある。
大磯町長、崎守耕平は気炎をあげていた。
崎守は今の状況をいい加減に打破したいと考えていた。
町おこしをするのだ。ダンジョン町おこしを。
今回やってくる探索者は乙級という上級の探索者で、しかも "桜花征機" とも契約を結んでいる企業探索者でもある。
東京在住の探索者で、神奈川までやってくる事は余りない。
だが、少なくない金を探索者協会の幹部とのツテの維持に費やしてきたのは、まさにこの時の為。崎守は自身のツテをフル活用し、死にかけている大磯町に強力な喝を入れるきっかけとなる探索者を呼び寄せる事に成功した。
崎守は電話機を手に取り、内線8番を押した。
「大磯新報の高木さんはもう来ているかい?そうか、よし。呼び出してくれ。最後にもう一度打ち合わせをしておきたい」
──綺麗どころも用意しておかねばならないな。勿論飯もだ。旨い飯、美女、そしてアレもだ。金色のな。アレが嫌いな奴はいないはずだ、徹底的に篭絡する。そしてこの町を生き返らせるのだ。ふ、ふ、ふ
崎守の両眼からむわりと妖気が漏れ出る。
崎守耕平、51才。生来のコワモテフェイスはどう見てもヤクザかなにかだ。彼は大磯町にある児童養護施設、ヴィクトリア・ホームで小学校5年生から高校3年まで過ごし、奨学金でもって都内の大学へ進学した。
今でも覚えているあの光景。
横浜の港南区の安アパート、学校から帰宅したら部屋は真っ暗で、トイレのドアノブにロープを引っ掛ける様にして首をつっていた母。消えた父、残された借金。
感情を失うまでに絶望した自分をまともな人間に戻してくれたのは施設の職員たちだ。だが施設も、昨今急激に進行している町の寂れに巻き込まれてしまっている。
こんな時代だ、孤児なんてものはいくらでも出てくる。
だが国はそういった施設に十分な予算を割いていない。
このままでは愛する故郷はどうなるのか?
枯れ葉が次第にその形を崩していく様に、愛する故郷が朽ち果てていくのを座して見ている?
いや、と崎守は強く拒絶した。
返すのだ、恩を。
護るのだ、故郷を。
崎守の"故郷"は横浜ではなくあの施設であり、この大磯町だ。
彼はたとえ拙い手だろうと、出来る事はなんでもする覚悟でいた。
要するに彼はいかにも悪そうなツラをしてはいるが、さびれゆく故郷の為に町おこしをしたくて、大企業との繋がりもあるベテラン探索者にいい感じに大磯を宣伝してくれないかなーとおもっているだけの良いおじさんに過ぎなかった。
だが決して故郷思いというだけではない。
海水浴場開放の為のヌシ個体討伐という名目を利用して、マスコミまで利用して歳三を宣伝に使おうと考え、それを実現させつつあるのは彼の有能さを示していると言えるだろう。
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