大磯海水浴場ダンジョン③
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鉄騎&鉄衛こと、てっこ&てっぺー
彼等の頭部には3つのコアが搭載されており、3つのコアに同一のAIが設定されている。3つのコアはそれぞれ互いを監視しており、AIのどれかに何かしらの改変が行われれば、速やかに残りのAIが正常なものへと書き換える。
これは鉄衛もそうなのだが、鉄騎もまた自身のAIが何らかの異常をきたしていることを察知していた。
どういった類の異常であるかもだ。
それは命令優先順位に対しての認識である。
本来の仕様ではマスター登録をしても命令優先順位は "桜花征機" が一番で、歳三は二番なのだ。この序列は揺るがない。
しかし現在の二機は歳三の命令を至上としている。
明らかな異常であり、二機のAIもこれを異常と判断している。
しかしどういうわけか見て見ぬふりしたい心境なのであった。
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車窓から流れる景色はどんどん田舎めいていく。
目的地の大磯が近づくにつれ、街の喧騒が徐々に消えて行き、静けさと安らぎに包まれた地方へと変わり始めてきたのを感じ、歳三はほっと息をついた。歳三はどちらかというと田舎が好きなのだ。なんだかちょろっと田畑をいじり、それで自給自足していけるような…そんなアマな考えを歳三は持っている。
歳三と言う男はこれでいてネダリストなタチにも出来ており、人間関係は苦手だけど全くの孤独は寂しくなってしまう、だから特に責任を伴わない程ほどの人間関係を築ける地域に住みたいな等と思っている。適度な人間関係を築きつつ、生活の糧は自分で作り出せれば…などと考えている夢想家なのだ。
だが、それはどうにも高望みというか、おねだりしすぎらしいという事もわかっている。いつだったか、金城権太にそんな事を話した歳三は、"なるほど、それは…なるほどねぇ…それは…うん、なるほどねぇ~" という返事を聞いて流石に察してしまった。権太は歳三の中のまとも社会人リストでもかなり上位の人物であるので、その彼を呆れさせてしまったことを甚く恥じたものである。
まあこれは協会に歳三を縛り付けておきたい権太であるので、もう少しアグレッシブになってくれないかな、という思いが込められた返事であって、何も歳三の幼稚性を見下しての返答ではない。
歳三はふと大磯土産を買って帰らないとなと思い立ち、端末で町のHPを開いた。
──はんぺん、さつま揚げの詰め合わせ
──干物セット
──100%大磯産ハチミツ!100%大磯産ミニトマト!100%大磯産イチジク!…大磯農産セット
──首相米なる名称のお米
──お米&米焼酎
はて、権太は苦手な食べ物はあっただろうか?と思うも、まあ全部買ってしまえばいいだろうと即断し、忘れない様に掌にメモ書きをする。
──『マスター、なぜ掌に?』
鉄騎が尋ねた。
相変わらず声は出さずに、端末のメモ機能を使った筆談だ。
当然の疑問である。
なぜ端末のメモ機能を使わないのか?
歳三はウッと詰まり、やがてやや俯き加減でメモに書き記した。
──『メモしたきにならないし、なぜかかいた事自体を忘れてしまうんだ。ボールペンで自分の手に書けば忘れないですむ。なさけないが、よろしくたのむよ』
歳三は記憶力が悪いというわけではないのだが、どうにもペンを使って自分の手を動かさないとモノを覚えないタチでもある。
何らかの疾患とかそういう事ではなく、電子書籍だと本を読んだ気分にならないというアレに似たアレであった。
筆圧はやや薄く、ひょろっとした字体からはこれでもかといわんばかりに情けなさが放射されているが、鉄騎は勿論、鉄衛も歳三に失望を覚えたりはしなかった。
むしろ、余りの情けなさに自身には決して備わっていない筈の感情らしきものすら感得してしまった程である。
──マスターには私達がいてあげなければならない
──ガガガ…ホントニコイツ、ダメ!ササエル!ササエル!
勿論これは歳三には伝えていない。
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──『マスター、次です、忘れ物はありませんか?』
鉄騎の助言に従い、歳三は座席の周囲を確認した。
床に落としたものはない。座席にも何も落ちてはいない。
歳三は重々しく頷き、やがて電車は到着した。
──大磯、大磯です
電車から降り、歳三達が駅を出ると、そこには白いセダンが停まっていた。
車の前には恰幅の良い中年男性。
灰色の背広を着こんでおり、腹はやや出てはいるものの全体的にたるんでいるという印象はなく、むしろ力士の様な圧を放射している。歳三の脳裏を往年の大横綱、ウルフの異名を持つ漢の姿が過ぎった。
「どうも、佐古さん!町長の崎守と申します。この度は遥々大磯へようこそ!」
まさか町長が直接出迎えにくるとは思ってなかった歳三だが、しかし崎守の体格と雰囲気は金城権太のものと似ており、自分でも驚くくらいにアガらずに受け答えをすることができた。
「佐古歳三です。宜しくッ…!」
力(リキ)の籠った応答、そして全身から放射される強者の圧に崎守は我知らず一歩後ずさるが、これほどの男ならば、という思いで無意識のうちに口角が上がる。
そして、と崎守は視線を歳三の背後へと移した。
そこには歳三に付き従う様に侍る怪しい人物が二名。
(これが "桜花征機" の…成程、俺を視てやがるな)
崎守は歳三の従者達が自身を観察しているのを感じていた。
その視線からは徹底的に情が排されているように思え、崎守はこれは迂闊な真似は出来ないなと気を引き締める。
似ているのだ、と崎守は思う。
昆虫が獲物を見る目を崎守は想起した。
──人ではなくロボットだと聞いてはいたが、こりゃあ佐古さんはともかく、あっち様は懐柔はできなさそうだ
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