色の大炎

 ◆


 うっ、とその場で膝が崩れそうになる蒼島を、歳三は慌てて支えた。


 正対している状況であったため、必然的に抱き合うような形となる。


 ところで恋人と抱き合ったことのある者なら誰にでもわかることだが、男と女の筋肉の質は明確に違う。


 男の体は硬く、女の体は柔らかい。


 これは骨格と筋肉の付き方の問題で、その辺の野良のデブ男と鍛え抜かれた歴戦の探索者女を抱き比べてみても明らかに違うことがわかるだろう。


 そう、普通は分かる──余程の童貞でなければ。


 畢竟、歳三にはさっぱりわからなかった。


「あっ……!」


 蒼島のやけに高い声を聞いた時、歳三は「あるある」と思った。


 驚いたりした時に変な声が出てしまうのは当然なのだ。


 こと歳三にいたっては、平時の自分の声でさえ不快感を伴うドブ声だと思っているので敢えて突っ込むことはなかった。


「ちょっ……大丈夫ですかい? 牢屋の鉄格子みたいなやつかな? あれには俺も力が抜けちまいまして……」


 歳三は牢獄エリアの鉄格子のことを思い出す。


 彼をしてそれなり以上に厄介だったのだ、何せ触っていると生きる気力みたいなものが体からずるずると抜けていく。


 したがって蒼島もそんな感じなのかなと心配そうに体を支えるが──


「だ、大丈夫です! 本当に、大丈夫ですから……」


 蒼島はやはり歳三が知る彼の声より高いトーンで支える手を振り払った。


 この時、歳三がひっぱたかれた子犬のような目をしていたことに蒼島は気付かない。


「と、とにかくこの先に小部屋があって……そこにぼく、俺? 私……僕らの装備も置いてあると思いますから……」


 もしも、うつむき加減に小さな声でそう言った。


 ◆


 小部屋にはみっしりと棚が並んでいる。


 果たして蒼島の言う通り、歳三たちの装備はひとところにまとめて置いてあった。


 棚の上には木箱が並び、所持品はそこにしまわれている。


「埃を被っているものばかりですね……」


 蒼島の表現はいささか過少だ。埃が被っているどころか、埃が積載し、層のような状態になっているものまである。


 それはつまり、それだけ長くこのダンジョンに囚われている者たちがいることを意味していた。


「僕らの装備は……ああ、あの真新しい木箱かな。見つけましたよ、歳三……さん?」


 蒼島が嬉々として振り向くが、歳三は僅かに一歩下がり「あ、ああ、やっとここから出れる、ですね!」などと返事が妙にぎこちない。


「どうしましたか?」


 蒼島が一歩近づく。


「い、いや、特には……。えっと、ナントカ証だなと……装備が見つかったからって油断はできねえなと……」


 そんなこと言いながら歳三が一歩下がった。


 歳三のこの妙な様子は何かしらの状態異常というわけではない。


 単なる防衛本能だ。


 自己肯定感が非常に低い者は、常に自分自身にマイナス評価を下すものだが、だからと言ってマイナス評価に慣れているというわけではない。


 むしろ他人からマイナス評価をされれば人一倍傷つくのだ。


 だからそういった状況──つまり何らかの拒絶をされた時、その者は相手を必要以上に遠ざける。


 これは人間関係に揉まれたことがない者特有の反応で、その者の社会性の低さを指し示す。


 酷い者になると、目線があった時ちょっと目をそらされただけで勝手に思い込み自爆し、無意味に人間関係をキャンセルしようとするものまでいる。


 最近の歳三はそこまでひどくはないが、それでも蒼島の身を心配したのに手を振り払われたことはとてつもない衝撃であった。


 ──調子に乗りすぎた。そうだ、俺はおっさんだった。確かに世の中にはかっこいいおっさんもいる。でも俺はそうじゃねえ。俺はしょうもないおっさんだ。SNSのあの子……"サメかな"はチビのおっさんには人権がないって言ってたじゃねえか。でもよ、俺には人権がねえかもしれねえが、人権がねえかもしれねえが……! 


「油断、できねぇな、と。俺には経験があるからわかるんだ!」


 ──俺には探索者としての経験があるッ! 


 歳三の心の声と生の声が重なり、妙な迫力を醸しだしていた。


 これは歳三の全身全霊の叫びだ。


 生きる上での唯一の拠り所が探索者経験しかない男の魂の慟哭である。


 ・

 ・

 ・


 蒼島はまるで親から叱られたようにびくりと体を震わせた。


 灰色の囚人服の下で、膨らみ始めた胸が僅かに揺れる。


 当初蒼島は再度の性転換現象が起きてしまったことにショックを受けていたが、今はもうそんなことはどうでもいいと思えるぐらい別のショックを受けていた。


 ──そうだ、ここはまだダンジョンなんだ。なのにまるで素人みたいに気を抜いて……そんなので乙級探索者と言えるのか? 


 蒼島は自問し、即座に「否」の自答を返す。


「すみません、歳三さん……油断をしていました。叱ってくれてありがとうございますッ……!」


 頭を下げる蒼島に、歳三は妙に乾いた視線を送る。


 歳三の如き陰キャにとって、一度自分を拒絶した相手は外の人間になってしまうのだ。


 この感覚は嫌いだとか好きだとかそういうものとも違う。


 敢えて言うならば"平面化"だろうか。


 相手の存在に対するリアリティが薄れ、架空の人物のように思えてくる。


「いや、全然いいですぜ……。ああ、よし、装備回収と。Stermもあるな。後はその、ナントカ証か……」


 歳三の自分に対する漫画か小説の登場人物を見るような視線に気づかない蒼島は、歳三とは真逆の高い熱量と潤み切った湿度を以て歳三を見つめながら答える。


「はい、そちらのほうも大体の目星はついています。僕も少しは戦力になれると思うので、すぐに向かいましょう!」


「うん……」


 蒼島は意気軒昂で、歳三はなんだかしょぼくれている。


 歳三はともかくとして、蒼島の意気が盛んな理由は果たして探索者としての希求ゆえだろうか、それとも乙女としての希求ゆえだろうか。


 そんなこんなで、ちょっとしたすれ違いを起こしつつ、二人は最後の目的地へ向けて歩を進めていった。





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※近況ノートに蒼島くんちゃんのイメージ画像をあげました※


また


【屍の塔~恋人を生き返らせる為、俺は100のダンジョンに挑む】


という現代ダンジョン物をこちらでも連載しました!!!


これは「ネオページ」で独占連載契約中の新作を転載したものです。


本来ならば他サイトには転載できないのですが、制限の一部が緩和されたとのことで、ネオページでの連載速度を上回らず、かつ一定の文字数制限を順守すれば転載可能となりました。


なので、ネオページに比べれば非常に遅々とした速度ですが、こちらでも連載を始めました。少なくともネオページにて連載中のものについては契約の事もあり、100%完結します。


長さ的には最終的に30万文字前後になります。


雰囲気的にはダークよりで、主人公には別作Mement-moriの主人公めいた部分がちょっとあるかもって感じです。桜花征機などしょうもなおじさんにも出てくる企業が出てきますが、クロスオーバーではありません

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