魔胎④~敵~
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宙空で燃え尽き、焼け落ちていく蟲の群れに歳三は世の無常を感じる。
──運が無かったな、あんたらも。でも、来世は大丈夫さ…"次"は、ちゃんと死ねるといいな
歳三の目はどこか遠い所を見ている様だ。
あの蟲の一匹一匹が元はまっとう (かどうかは知らないが) な人間で、それぞれに見合った人生があった筈だ。しかし今、彼らは醜く悍ましい虫けらと化し、人を襲うだけの殺戮マシーンとなってしまった。
歳三はかつて、彼の友人である望月からこの様な事を言われた事がある。
──どうしたの佐古君。隈が出来ているようだけど…え?なるほど、こんな本を読んで悩んで眠れなくなったのか。なぜ?そうか、"きちんと胸を張って死ねる"生き方ができていないから、自分は余りいい死に方ができないんじゃないか心配なんだね。この本が言いたいのは"死に様というのは生き様の帰結"だと言う事だけど、僕はそうは思わないな。もしそうなら、戦争や病気で亡くなった人たち、無惨な事故、陰惨な事件で亡くなった人たちは自業自得とでもいうのかい?
望月の問いに、歳三は暫時思案し、やがて首を横に振った。
──結局の所、死とは生の延長線上に存在する帰結点ではあるけれど、生き方が死に方を決めるということにはならないと思っているんだ。生き方が決めることができるのは、その帰結点の位置を多少ズラす程度さ。それにしたってその帰結点の内訳にまでは干渉できない
──人生とは理不尽であり、無情なんだ佐古君。どれだけ善良に生きても僕らは悲惨な死を遂げる事がある。ただ、これは逆にいえばどれだけ失敗したとしても、何というのかな…まともに死ねるチャンスがあるって事だ
──損得で考えるといいよ。ちゃんと生きれば、少なくとも生きている間はそれに対する報いが得られるかもしれないだろ?これは例えば、しっかり勉強すればテストで良い点を取れる、というようなものさ。だけどその逆…道を外れる生き方をすれば、それに対する報いを受けるという事でもある。なら歳三君、ちゃんと、しっかり生きた方が得だよ。いつ、誰の元に理不尽な死が訪れるかもしれないというのは事実だけど、それなら生きている分だけでも得をせしめなければね
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当時中学生であった歳三は、望月のこの
まあちゃんと生きるぞ、と誓った歳三であるのに、その暫くのちに性欲に屈するあたり、歳三はちょっとしょうもないのだが…。
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歳三は腰元のポーチからピルケースを取り出し、足元に倒れる様にしている黒峰 しゑに手渡そうとして、ハッとしたような表情を浮かべた。
「なあ、あんたは協会の探索者かい?」
歳三が渡そうとしたのは医療用のナノカプセルなのだが、こういった薬物はポイポイと配布してはならないという規約がある。
黒峰 しゑが首を横に振ると、歳三はうかない表情を浮かべて言った。
「そうか…残念だが…」
と歳三が言いかけると
「失礼…僕は高橋 一真といいます。彼女の同門で、まあ、姉弟みたいなものです。あなたは僕らを助けに来てくれたんでしょう?」
「ああ」
「だったら人道的特例として、本来は禁止されている薬物の譲渡も可能な筈だ。このままでは彼女は死んでしまうし、そうなると救出依頼が失敗したと見做されてしまうかもしれない。あなたにとっては一人でも多く助かった方が良いはずです」
「確かに…」
「もし彼女を助けてくれるなら、僕はまだそこまで怪我をしていないからあなたの依頼を手伝えるかもしれない。モンスターとも少しは戦えますし、人を運ぶことも出来る」
「そうか」
と、黒峰 しゑの同門、高橋 一真の言葉に歳三は短く返す。
彼もまた方々に負傷をしていたが、腕がほぼちぎれかけている黒峰 しゑほどではない。
歳三は一真の話に納得し、医療用ナノカプセルを黒峰しゑに手渡した。人道、特例、依頼の成否、このあたりの言葉を並べられては歳三になすすべはなかった。
歳三を説得するなんてその辺の野良犬にだって出来るし、事実として歳三は「ああ」「確かに」「そうか」を並べるだけだった。
まあしかし、歳三がいくら強いといっても人命救助、しかもこう言った場での救助には限界がある。
歳三とて万能ではないので、馬鹿げた脚力で素早く移動して、分身のような真似ができても、実際にその体を複数に分割する事は出来ないのだ。
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高橋一真の周囲には、彼らの戦闘の激しさを物語る蟲の死骸が無慈悲に散乱していた。
黒峰 しゑに医療用ナノカプセルはよく聞いたようで、顔色もすぐによくなる。
「何があった?」
歳三が短く尋ねると、一真は重苦しい声で応えた。
「急に観客が倒れ始めて、世界が歪むような感覚が…体がばらばらに引き裂かれるような痛みを感じました。でも、僕らはなんとか耐え抜いたんです」
一真の言葉はさらに続き、周囲の観客たちに訪れた恐ろしい変化の詳細を語った。
倒れた観客たちの背が突然裂け、羽が生えて、彼らは恐怖の化身、モンスターへと変貌していったというのだ。
「彼らは僕らに襲い掛かってきて…。他にも人間の姿を保っている人たちは居たんですが、皆どこかへ隠れたか、もしくは…」
喰われたか
歳三は周囲を見渡した。
ドウムはとにかく巨大だった。
以前行った事のある東京ドームの何倍も広い。
勿論これは本来の旭ドウムの広さではなく、ダンジョン化によって拡張された結果である。ダンジョン化においては、このような拡張現象は珍しくない。
歳三がよくよく目を凝らすと、各所で戦闘と思われる様子がいくつか見て取れた。
まだ生き残りもいる様だ。だが、その者達を助けにいくためにはこの幾人かの救護対象をどうにかしなければならなかった。
歳三はピルケースの残りを確認し、自分用に一つ取り出し、残りは一真へずいと突き出した。
「あんたがこの人たちを外へ連れ出すんだ。あの出口から…モンスターもいるかもしれないが、俺が来た時はそこまで強いモンスターは居なかったし、俺があらかた斃した筈だ。そして、外に出たら協会の職員を探して、佐古 歳三が助けを求めてると伝えてくれ。俺一人じゃ全員を助けるのは難しいかもしれないからよ。本当なら…Stermがあればダンジョンの中でも通信ができる筈なんだが…」
歳三が端末を取り出し、画面を見つめた。
そしてそれを一真にも見せる。
そこにはERRORの一文字。
「金城の旦那…俺が、その、世話になっている親分だが、その人に昔聞いた事がある。本当にヤバい場所は、端末も効かなくなるってな」
まあ場所がヤバいというより、アレがヤバいのだろう、と歳三は視線の先で鎮座する黒くて大きい繭を見遣った。
不吉であった。
不気味であった。
この繭は時折、生命の息吹のような胎動を見せる。そのたびに周囲の空気が震えるかのような、世界そのものが揺らぐような異様な感覚が走る。
それはただの錯覚ではなく、この場の全てが繭の存在に呑み込まれていくような、圧倒的な存在感であった。
歳三の二つの目がぎょろりと繭に向けられる。
彼がダンジョンやそこに巣食うモンスターに向ける感情は、実の所余りネガティブなものではない。それがどれほど凶悪なものであっても、歳三にとってはモンスターはモンスターであった。モンスターとは歳三にとってある意味で友である。まあ殺し、殺されはするが、その辺はどうでもいい。
しかしこの時、歳三の本能はこう囁いた。
"アレ"は敵である、と。
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