日常88(歳三、飯島 比呂)

 ◆


 歳三は駅に向かって歩を進めつつ、「そういえば金城の旦那以外と飯を食うのはいつぶりだっけ」などと考える。


 10年か、20年か。


 長い月日を歳三はボッチで過ごしてきたが、ここ最近は人との関わりが増えてきていた。


 気疲れもするが、一社会人として人との関わりは避けては通れないものだという事に薄々気付いている。


 だから飯島 比呂からの食事の誘いも受けた。


 以前の歳三ならば理由を作って断っていただろう。


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 待ち合わせ場所は池袋東口の交番前である。


 これは比呂が指定した。根っからの官憲苦手症候群に罹患している歳三としては抵抗があったものの、仕方ないとばかりに提案を受け入れていた。


 比呂曰く、変な声掛けがないから良いとのこと。


 ──俺は何もしていない。無実だ。少なくとも、今は


 約束の時間より20分程早く到着した歳三はそんな事を思いながら比呂を待っていた。


 待ち合わせ云々よりも、傍に交番がある事実に歳三の精神は苛まされる。


 そしてついに警官がこちらを見ているんじゃないかという妄想が生まれ、挙動が怪しくなってきた所で──……


「歳三さん」


 声が掛けられる。


 しかし歳三は気付かない。


 俯き、やや薄眼になって地面を見つめている。


 まるで地面にこそこの世のすべての謎の答えが書き記されているのだと言わんばかりの様子だった。実際は警官に目を付けられないように、気配を殺そうと集中していただけなのだが。


「歳三さん?」


 ふたたび声。


「ん?」


 ここでようやく歳三も気づき、ゆっくりと顔をあげた。


 ブラックのレザーブーツ、ついで膝丈のシックなグレーのコートが目に入る。


 脚はストッキングを履いてはいるものの、スカートだかなんだかのひざ丈は少し短い様に見える。この時期に寒くはないのだろうかと思う歳三だが、ともかく視線をゆっくりと上へ。


 そこには首元からブラックのタートルネック覗かせ、やや恥ずかしそうに歳三を見ている飯島比呂の顔があった。


 ──すっかり女っぽくなっちまったなぁ


 歳三は驚かない。


 性別が変わるなんていうことは良くあることだからだ。


 それに、と歳三は思う。


 ──今が女なら、飯島くんは女なんだ。いや、飯島ちゃん?……ちゃんは違うな、飯島さんかな……


 このご時世、性別の事でゴタゴタ言うのは非常に差別的であるとされている。元が男だろうと女だろうと、現在の性別で相手を扱えない人間は非社会的の烙印を押されるのだ。


 心が女で生物学的な性別も女なら、それは正真正銘の女である。


 例え元が男だろうと、そんなものは関係ない。


 ◆


「待たせちゃいました?」


 歳三は首を振る。


「良かった。ところでさっきは何を見てたんですか?地面に何かありました?」


「いや、何もなかった。ちょっと、そう肩こりがね。俺も年なモンでね……」


 歳三は首をまわし、軽く肩を叩きながら言う。


 疲れが滲んだ親父の風情が全身からむんむんと出ている。


 実際この時の歳三の肩はやや重く、これはまた不思議な話なのだが頭のどこかで誰かがダンジョンに行けと囁き続けている様な気がしてならなかった。


 他の事をしていれば掻き消える程度のか細い囁きだ。


 しかし歳三は自分の中にまるで誰かが棲みついている様な気がしてならない。


 武者になり切った時、シシドの妖刀は歳三に語り掛けてきたが、それとはまた違った感触、塩梅であった。


 すると比呂が何か気に障ったのか、ややムキになって歳三に抗議めいた口調で言いかえす。


「まだまだ全然お若いじゃないですか!お、男盛りっていうか……」


 最後はやや尻すぼみだが、とにかくフォローしてくれようとしているのは鈍い歳三にも分かった。


「よせやい、もう初老だよ……」


 初老!


 歳三は自分で吐いた言葉に傷つきながらも、男の意地を見せて苦笑する。


「全然そんな事無いと思いますけど……と、とにかく、ご飯行きましょう、ご飯!お店はちゃんと予約を取っておきましたから、その、個室なので色々な話ができますし……」


 そう、比呂は歳三と色々な話がしたかった。


 別にアダルトな話というわけではない。


「探索の事とか、聞きたいんです。というか、今度一度一緒に探索に行って欲しいというか……歳三さんから、学びを得たいというか……。恥ずかしいですけど、こんな事を言うのは。自分の力で強くなれないって言ってるようなものだし。あ、それと他にも話したい事はあるんですけど、まず私がもっと強くなってから、少なくとも一緒に戦える様になってから、その時にお話しようかなと思って……」


 比呂はもじもじとしながら、照れ隠しの様に街灯のポールを握ってぎりりと握り締める。


 克己こそが一人前の探索者の肝という風潮がある。


 他人様を頼って強くなろうなどというのはアマな行為で、推奨されていないし、他の者から軽蔑されかねない。比呂もそれを知るからこそ恥じている。恥じる余りに金属製のポールを握りつぶそうとしている。


 しかし比呂はどうあっても強くなりたかった。


 理由はもちろん、富士樹海攻略のためだ。


 そして理由の二つ目は、中途半端な今の強さで歳三に告白するというのは余りに調子が良すぎないかという思いがある。


 この辺はややしょうもないというか、見栄のようなものかもしれないが、例えるならば、"無職のまま告白するのと正社員になってから告白するのとではどちらが自分に自信が持てるか"という様な話だ。


 自分という存在、その魅力、長所を余す事なく歳三にぶつけたい、そのためには最低でも乙級以上、叶うならば甲級の強さをというのが比呂の本心であった。


「ちょ、飯島さん、だめだって!壊れちゃうよ!」


 歳三が慌てて言うと、比呂は焦った様に手を離した。


 ポールには手の跡が付いている。


 もう少し遅ければ哀れな街灯は握り潰されていただろう。


 ──き、器物破損……だが、誰も気づいてねぇ。ば、バレなきゃセーフだ。アウトだけどよ、セーフッ……!


「あっ……」


 歳三は比呂の手を取った。比呂が声をあげるが気にしない。


「よしいこう、店はどこだい?俺ぁ、腹が減ってしかたねえや!」等と言いながら強引にその場を立ち去った。


 この時歳三、痴漢以来の犯罪を犯してしまう。


 犯人隠避罪だ。


 その刑事罰は3年以下の懲役または30万円以下の罰金。


 しかし歳三は焦ってはいたものの、後悔はしていなかった。





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今日はSF日常の「★★ろくでなしspacejourney★★」も更新してます。まああっちはさっぱり伸びませんが、自分としてはバトル無しの作品も案外かけるんやな楽しいなって感じではあります。これは近況ノートにごちゃっと画像いれてます。よかったらよろしくぅーです

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