日常45(金城権太、日野まほろ、みぃちゃん他)
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ある日、戌級探索者である日野まほろは探索者協会池袋本部で講義を受けていた。講義を受けているのはまほろだけではなく、種々雑多、様々な恰好をした同期の探索者達も同様だ。
戌級探索者は登録後しばらく経つと講義の受講義務が発生する。なぜ登録後すぐではないかというと、登録者の背景事情の洗い出しの為にある程度の時間が必要だからだ。
例えば逃亡中の重犯罪者、例えば潜在的に敵対している特定諸外国のスパイ、そういった人材ならぬ "人害" を排除する為である。これには協会の内部調査部があたる。
§§§
「まほぉ~」
まほろが講義が行われるレクリエーションルームに入室すると、なんとなくダダ甘い砂糖水を連想させる甘ったるい声が響く。
「美奈子、今朝はちゃんと起きられたんだね。…あ、彼氏さんに起こしてもらったんでしょ」
まほろはにやりと笑いながら、栗木 美奈子の隣に座った。まほろと美奈子は講義期間の間に知り合い、そして友人となったのだ。探索者を志望する理由は人それぞれだが、美奈子の場合は恋人が探索者を志したということで、その支えになりたいという理由で自身も探索者を目指す事にした。根が非戦的気質であるまほろとしては美奈子の理由に大いに共感をしたという次第である。
ちなみに講義は大学の様に単位制で、規定の単位を取得したら合格となり、いわゆる仮免から本免に移行する。探索者登録したての美奈子とある程度活動してきたまほろでは同じ戌級でも格が違うのだが、単位制という性質上、同じ講義を受ける事もあるということである。
そして肝心の単位だが、規定単位を取得して戌級としての仮免が返上されて、それで何が変わるかといえば、報酬のレートが上昇するのだ。
探索に必要な物品の購入金額が等級に応じて割り引かれるようになる。この割引率は非常に大きい。極端な話、一発500万円の銃弾があったとして、戌級探索者が購入するならば費用は500万円だが、甲級探索者が購入するならば5千円となる。
普通は逆だと思われるかもしれないが、対峙するモンスターの格が違う事を考えると合理的と言える。協会としては一発500万円の弾を格安で購入されても、甲級モンスターの素材というそれ以上の見返りがある。要するに、強い者には強い武器で沢山強いモンスターを倒してくださいね、という事だ。勿論横流しをして利ざやを稼ごうとする者もいないでもないが、そういったものは粛清の対象となる事は言うまでもない。
§§§
それにしてもさ、と美奈子が言う。
「講義っていうから~、なんだかすっごいことを想像してたけど!普通に講義するだけなんだもんね。探索者の人たちも見た目は普通っぽい人ばかりだし。好んで危ない所へいこうとしてるんだから、変な人ばかりだと思ったよ~」
美奈子の言葉にまほろは苦笑する。
──変な人…結構いるけど
まほろがそんな事を思っていると、バンと大きな音を立ててドアが開かれた。というより蹴り開かれた。
「戌級探索者諸君。俺は君たちの教育を任された増田というッ!! 等級は乙級だ。まず最初にこれだけは言わせてもらう。君たちは役立たずである。君たちは現時点でこの探索者協会の底辺、社会の屑、一般人に毛が生えたような存在だ。探索者と呼ぶにはあまりにも未熟、未完成、未発達だ。このままではダンジョンのモンスターにすら笑われるだろう。君たちが持っている特殊端末"Sterm"は、ただの高級なGPSと化している。それを使いこなす技術もない、理解もしていない。単なる装飾品、道具としての価値すら発揮できていない」
大柄で角刈りの壮年男性がバンと机を叩いた。
ネームプレートには増田とある。
その増田だが、陸上自衛隊の迷彩戦闘服を着用しており、まほろと美奈子のみならず、その場のほとんどの者がなんだか厭な予感がしていた。
──熱血講師
そんな言葉が頭を過ぎる。
彼ら、彼女らも別に遊びにきたわけではないのだが、叶う事ならば優しく教えてほしいという気持ちがある。熱血なんて柄ではないのだ。
だが、そんな願いを嘲笑うように増田はドンと床を踏みつける。注目を促す為なのだろうが非常に威圧的であり、このドンでこの場の三分の一の者がすでに帰りたくなっていた。
「ダンジョン探索は単なる遊びや冒険じゃない。人々の命がかかっている真剣な仕事だ。君たちはその重要性を理解しているのか? 甘えた心で臨むなら、今すぐにこの協会を去るがいい」
か弱き犬野郎である所の戌級探索者達はのっけからガンガン圧をかけてくる増田教官にビビり散らしている。
「だが、君たちには可能性もある。底から這い上がる力がある。そのためには今この瞬間からでも遅くない。訓練に励み、知識を得て、一日でも早く戌級から抜け出すんだ。君たちがどれだけ努力しても、この協会の一員として認められるまでは遠い。しかし、その遠くのゴールに辿り着くための第一歩は今!!──この瞬間に踏み出されるのだ!」
増田は拳を握り締め、天に掲げながら叫んだ。
その余りの時代錯誤的なスタイルに一同はドン引きする。
「うわぁ、まさかいきなり組み手を…みたいなこといわないよね…」
まほろがげんなりした様子で呟くと、美奈子の瞳も僅かに曇る。まほろにせよ美奈子にせよ、そのマインドはまだ探索者染みてはいないので、いきなりゴリゴリ来られると心がしんどくなってしまうのだ。
よし、と増田が言うと教室内に張り巡らされた緊張の糸に不可視の力が撓んだ。増田が一体全体何を言いだすのか…皆が固唾を飲んで見守る。
すると増田は教本を取り出して一同に見せた。
「さてダンジョン総合の教本は手元にあるな?君たちはダンジョンについて少しでも理解を深めなければならない。まずはダンジョンとは何なのか、どの様に生成されるのか、それらを説明しよう。教本の4ページ目を開きなさい」
あれ?とまほろと美奈子は思った。他の者達も同様だ。
それはそれでどうにも肩透かしのような…もっとこう、探索者仕込みの対モンスター格闘術のようなものを想像していた一同であった…。
§§§
■ダンジョン総合:異界化メカニズムと想念の影響によるダンジョンの性質・構造■
ダンジョンという特殊な空間は多様な側面を持つ。本稿ではダンジョンの基本的な性質、異界化のメカニズム、及び"想念"による影響、そしてダンジョンの抵抗性について深く探る。
【ダンジョンと異界化の関係】
ダンジョンは現世が異界化した結果として存在する。その概念は、物理的空間だけでなく、生物学的、そして心理学的な要素も含んでいる。異界化のプロセスは、現実と別の次元や法則が交錯する点に起源を持つと考えられる。この交錯が現世にどのように影響するのかは、物理学的にも哲学的にも未解明な部分が多い。
【異界化の範囲と影響】
基本的に特定の範囲内で異界化が発生し、その範囲内の生物は異形化する。無機物も特殊な性質を持つ別の物質に変わる。異形化する生物や物質は、そのダンジョン独自の法則やエネルギーによって形成されると推測される。この変化は進化論的な観点からも興味深く、突然変異や適応の極端な例とも言える。
【異界化と想念の相互作用】
ダンジョンの性質は、その範囲内の"想念"に大きく影響される。例として、墓地がダンジョン化する場合、その内部は不気味なホラー要素が強くなる。"想念"とは何か、そのエネルギーが物質世界にどう影響するのかは、心理学や量子力学とも関連する未解明の問題である。しかし、この"想念"がダンジョン内で形成される現象に影響を与えることは確かであり、さらなる研究が必要である。
【ダンジョンの抵抗性】
ダンジョンは内外から破壊可能であるが、破壊行為に対してダンジョン自体が抵抗する可能性が高い。ダンジョンが抵抗するメカニズムは、ダンジョン自体が持つ独自の"自己保存本能"に由来する可能性がある。この抵抗により通常よりも強力なモンスターが出現することがあり、これはダンジョン内の生態系の自己調整機能とも解釈できる。
結論として、ダンジョンの形成と性質は異界化メカニズム、範囲内の"想念"、そしてダンジョン自体の抵抗性という複数の要素によって影響を受ける。これらの要素が複雑に絡み合ってダンジョンが形成される過程には多くの未解明の点があり、今後の研究で更に解明されるべき課題である。
§§§
「つまり!どこにダンジョンができたかで、それがどういったダンジョンなのか…つまり、モンスターの傾向や内部の環境がどのようなものなのかはある程度想像がつくという事だ!もし!この協会本部がダンジョン化したならば、我々は全てモンスターと化し、関東一円に済む動植物…もちろん人間を含むが、それら全ては深刻な生命の危機に晒されるであろう!もっとも!君たちがモンスターと化したところで野良犬に毛が生えたようなものだがな!…そうだな、岩泉!!!」
増田は突然教室の最前列に座る女性を怒鳴りつけた。
目つきはまるでチンピラの様だ。
増田に睨まれている岩泉という女性は涙目となり、可哀そうに小鹿のように震えてさえいる。
「なんだぁそれは!シバリングか!?寒冷地では有効だが、いまここでする必要はない!震えを止めろ!なお!シバリングを利用して振動を発生させ、その振動を以て硬い表皮を持つモンスターを打倒せしめる拳術もある!君たちが一端の探索者となったなら、出来るようになる者もいるかもしれんがな!」
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◆
一通り講義が終わり、増田はさっさと教室を出て行く。
そして。廊下の向こうからふくよかな男性──金城権太が歩いてくるのが見え、増田は軽く手を上げた。
「やあこれはこれは増田さん」
「どうも、金城さん。むむ?また少し膨れたんじゃあありませんか?」
増田がにやりと笑い、権太の腹をぽんぽんと叩く。
権太は気恥ずかしそうに笑い、講義帰りですか?と尋ねた。
「ええ。まあ、例年通りですよ。来年には半分以下になってるでしょうな。件の拾い上げもいますが、ありゃあ覇気がたりません。丙級の四段に預けられたそうですが、奴はダダ甘でしょう?行儀はいいが、もう少し血を見せてやったほうがいいと思いますがね。ところで、歳三の奴はどうです?調子は…。またウジウジと!悩んで塞ぎこんでるんじゃあないでしょうね」
増田が言っているのは歳三の事だ。
同じ乙級であるため、意識する所も大なのだろう。
「そうですねぇ…」
権太は考え込む。
歳三の調子は大体いつも同じだ。
良くもないが、悪くもない。
それはもうここ10年以上ずっとそうである。
それを安定とみるか停滞とみるか。
「まあ、佐古さんは最近話す人も増えたようで。いい刺激になってくれるといいんですが。ウジウジはいつもの事ですからその辺は、ね。まあ、ね」
増田はハァとため息をつく。
「奴にあったらたまには顔を見せろと言っておいてくださいよ。アイツは俺を避けてますからね」
増田は言う。そう、歳三は増田を避けている。
顔が怖いからだ。それと男らしさを要求してくる為である。
男ならこうあるべき、男なら、男なら、と歳三の自尊心をナチュラルに傷つけるため、歳三は可能な限り増田を顔を合わせないようにしているのだ。
「佐古さんも増田さんを嫌ってはいないんでしょうけどね。もう少し堂々としてもいいような気がしないでもないですが」
権太は脂でぬめってきた頭部をハンカチで拭きながら言った。
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