新宿歌舞伎町Mダンジョン⑨

 ■


『金庫を見つけました』


 鉄騎の言に歳三はツイてるな、と思う。


「宝箱のお出ましか。探索らしくなってきたな」


 歳三は言うなり、金庫に手を掛け力任せにこじ開けた。


『アホカヨ コレハ ホメテイル』


 鉄衛がアホかよと呆れるのも無理はない。

 金庫と言うものは力任せでこじ開けられないからこそ金庫なのだ。しかし歳三には余り関係がなかった。

 ただ、探索者なら同じ事が出来るのかと言われればそれは否だ。


 電気亜鉛メッキ鋼板、耐火材として高炉セメントと樹脂塗装が施されている一般的な耐火金庫があったとして、その重さが240kgであると仮定した場合、これを腕力でこじ開けるにはおおよそ握力5000kg、デッドリフトで約2トンを持ち上げる程度の力を要求される。なお、デッドリフトの世界記録は約500㎏程だ。


 しかし歳三の場合は金庫をこじ開けるだけでは済まない身体能力と、その超人的な能力を制する高度な制御能力を有するため、仮に歳三がデッドリフトの数値を測定した場合、その数値は優に数十トンを超えるだろう。


 こんなものは探索者界隈は元より、モンスター界隈を見渡しても割と滅茶苦茶であり、色々な意味で歳三はアレなのだ。


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 金庫の中にはいくつかの宝石があった。


『コウイウノデ イインダヨ コウイウノデ』


『鑑定額にもよるでしょうが、良い額になりそうです。当機はマスターに早く借金を返済していただき、我々に対しての所有権を完全なものとして頂きたいと考えています。もっと沢山働きましょう。より多く働き、より多くの金銭を稼ぎ出し、経済発展への一助を担う。これが模範的社会人のあるべき姿です』


 鉄衛が満足気に頷き、鉄騎が勤労意欲を刺激する激励を述べる。

 歳三は確かにそうだ、と重々しく頷いた。

 鉄騎の目が仄かに赤く輝いていた事に歳三は気づかない。


 ──俺はもっと働いてもっと稼いで、1日でも早くこいつらを自分のモノにするんだ。ダンジョン素材を沢山買い取って貰えばよ、それだけ沢山貢献するって事にもなる。鉄騎の言う通りだぜ


 哀れ歳三は乗せられてしまったのだ。

 しかし根が悲しいまでに単純な歳三だが、適当な事を適当にぶっこかれてそれでハイわかりましたと納得するほどには単純ではない。歳三も歳三なりに思う所はあるし、都合良く使われ続ければ反旗を翻す事もあるだろう。


 しかしこの時歳三は鉄騎に乗せられたとは考えなかった。

 なぜなら…


 歳三の脳裏に一人の男の姿が過った。

 恰幅が良い禿頭の中年男性…金城権太である。


 ■


『佐古さん、やあやあやあ、ま、飲んで飲んで。ぐっふっふっふ、良い飲みっぷりですね。ままま、今日もお疲れさまでした。…あれぇ?なんだか少し元気がありませんね、探索はここ最近順調のはずですが…え?人間関係?ふむ、どれ、私で良ければ話を聞きますよ。その代わりそこの出汁巻き玉子は全て私がもらいます。はい、はい、なるほど、最近他の探索者に話しかけられる事があるけど、中々上手く話せない…ふむふむ、もし親しくなれたとしても、何かがあって後から冷たくされたら落ち込んでしまう?』


 歳三のなんとも甘な悩みを聞いた権太はケェッ!と威勢よく歳三の言を切り捨てた。


『ケェッ!なんですか、そのスイーツな悩みは。おっと、死語でしたねこれは…。ま、ともかく、人間関係なんてのはね、絶対不変なんて事ァないのです。人と人は時に合理的、時に非合理的な理由で親しくなり、しかし同じ様に時に合理的、時に非合理的な理由で別離するのです。こんなものはねアンタ、悩んでも仕方がない事なんですよ』


 ただ、と記憶の中の権太はクソ不味いビール擬きを一気に煽り、ゲプゥとアレをして語を継いだ。


『ま、どうしても特定の誰かと親しくあり続けたい、別離の可能性を下げたいというのならですね、条件を早めに知る事ですな。条件とは勿論別離の条件です。それが例え親であれ子供であれ恋人であれ、数十年来の親友であったとしてもですよ、条件を満たせば別離に至る事を知る事ですな』


 権太は箸を使わずに指で出汁巻き玉子をつまんで、ぽいぽいと口に放り込んだ。

 金城権太という男はデリカシーに欠ける部分があるため、しばしばこの様な反社会的な振舞いを見せる。


『条件ってのはまぁ色々ありますわな。嘘をつかないだとか、金銭の相談を持ち込まないだとか、色々ね。それを侵しちゃあならんというモノがあるんですよ。ま、それは心情的な条件です。他にもね、大切な人とは治安の悪い地域に住まないだとか、災害が多い地域に住んでるんだったら川沿いは避けるようにするだとかね、環境的な条件もあります。別離に至る条件なんて色々ありますが、こういうものを分かる範囲で避ける様にするとよいかもしれませんな。え?私の条件はなんだって?そうですなあ…』


 権太はふと忘我にあるような風情で、のろりと懐からタバコを取り出した。


 バチン!


 権太がタバコを咥えると歳三が火を点けてやる。

 権太は礼をいい、紫煙を吐き出す。


『愛する人が出来たとしてですよ、まあその愛をね、盾にね。恩のある組織を裏切れと…そう持ち掛けられて。その愛が本物だったならともかく、実の所は愛ですらなかったら…豊島区親切おじさんベスト30に入る程の私でもですよ、この手にかけなければならなくなるでしょうねえ』


 根がしょうもな察しに出来ている歳三ではあるが、この時ばかりは権太にまつわる不名誉な噂について思いを馳せずにはいられなかった。


 ──つまり、あの噂は


 ■


 ──ま、人生色々あらぁな。ともかくよ、借金ってぇのはよくねえんだ。今は桜花征機とも悪い関係じゃあねェが、一生そうかっていうとわからねぇ。いつか関係が悪くなった時、お前は金を払ってないからてっこやてっぺーと仲良くする資格はねェなんて言われたらたまったんもんじゃねえよ。まあ所有権…とかそういうのはどうにも、なんつうか…しっくりこねえ部分もあるが…。ま、とにかく条件よ。金城さんの言っていた条件…借金ってのは別れの条件になるかもしれねぇからな。早めに潰さなきゃぁな


 ウムムと歳三は唸り、金庫の中に手を突っ込んで宝石をつかみ取った。


『デカイネ デモチョット カット ガ ザツダネ 。コレハ シロウト シゴト デス』


 鉄衛がナマ(生意気)な事を言うが、鉄騎も歳三も特にはつっこまない。それぞれがそれぞれの考えを尊重する良いチームであった。


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