新宿歌舞伎町Mダンジョン⑩

 ■


 歳三達の探索は順調と言えた。

 西棟、北棟、東棟、1F、2F、3F…


 探索が進むごとに戦闘の頻度は上がっている。

 頻度だけではない、質もそうだ。

 遭遇するヤクザモンスターもより強く、凶悪に。


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 ──南棟4F、エレベーターホール


 ばん、ばん、と銃撃音が二度。

 そしてほぼ同時にギンだとかガギンだとか、弾丸を弾く音が2度。


 鉄衛の銃撃を、対面するヤクザモンスターがドスで弾き飛ばしたのだ。ただしドスは最初に対面したカタツムリヘッドの様に手に握ったモノではない。ドス=頭部である。つまり対面しているヤクザモンスターは、頭部そのものが刃物となっている非人道的な姿をしていた。


 乙級指定、ブレイドヘッド・ヤクザモンスターである。

 頭から下はやはり背広で、半身に構えた姿からはちょっと只者ではないオーラが醸し出されていた。


『オイオイ』


 呆れる様に呟く鉄衛の傍らを鉄騎が駆け抜けていき、バーナー・ブレイドで袈裟に斬りつけた。


『ヤッタカ!…モクヒョウ ケンザイ…カイヒ サレマシタ ヤッテイマセン…デモ シカク ニ タヨッテルネ…"SKR-001 鉄騎" ニ タイシテ 戦術提案…』


 ブレイドヘッドは軸を一切ぶれさせずにスゥッと後退し、鉄騎の斬撃を回避していた。だが鉄騎も躱されたと同時に次の攻撃準備を整えている。


『タイ センコウ ボウギョ!』


 鉄衛が告げると歳三は目を瞑り、耳を抑え、口を開ける。

 瞬間、鉄騎の頭部から120万カンデラの閃光が迸り、肩部から180デシベルの殺人的爆音が響き渡った。


 この極近距離でこれほどの音圧を受ければ、防御態勢を取っていたとしても何らかの損害を被るのだが、全身を黒桜鋼で造られている両機や、しょうもな超人である所の歳三には余り関係がない話だ。


 しかし根が生真面目にも出来ている歳三は、効かないからといってノーガードに受け止める等という真似はしない。

 それは池袋銃撃事件からでも窺い知れる事で、歳三は仮に十中八九大した事はないと踏んでも、しっかり身を護ろうとする防衛意識の高さがある。


 これは大変結構な事だ。例えば歳三の頭部は探索者用大口径スナイパーライフルでぶち抜かれても脳震盪程度で済むほどに硬いが、極端な話、乳首だとか金玉袋だとかは引っぱたかれたら普通に痛いのだ。眼球なども良くない。というのも、そういった箇所は鍛えようにも術がないと歳三自身が "納得" してしまっているからである。


 仮に池袋銃撃事件の犯人の2度目の銃撃の際、銃口が歳三のもろな急所各所へ向いていたなら、それが一般人向けの銃であっても歳三は防御行動を取っただろう。


 ■


 あくまでも原則的にと但し書きがつくものの、視覚に頼っているならば閃光が通用するのは道理だし、例え金属だろうとも非常に高い音圧を受ければ何らかの悪影響を受けるというのも道理である。


 それはブレイドヘッドも例外ではなく、この恐るべき反社会的モンスターは暫時忘我に囚われた。

 とはいえそれは1秒の数分の1程度の時間であり、文字通り瞬時に態勢を立て直す。


 だが鉄衛と鉄騎には、そのコンマ何秒かの僅かな時間があれば十分であった。鉄衛から放たれた銃撃がブレイドヘッドの脚を撃ち抜いて再び体勢を崩し、続けて鉄騎が腕部タクティカル・ダイレクショナル・ジョイントの可動域を活かした剣筋も糞もない滅茶苦茶な斬撃を繰り出した。得物はバーナー・ブレイドである。


 これは丁度鞭を振り回す様に似ており、触れれば熱断される一撃が十重二十重にとブレイドヘッドを襲う。


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『どちらか一方のみが先程の個体と戦闘した場合、その勝率は私の場合は11%、鉄衛の場合は6%にまで低下するでしょう』


『バージョンアップ シナイト ムリ』


 ズタズタに焼き斬られたブレイドヘッドの死骸を見ながら歳三はウンウンと頷いた。今回の戦闘では手を出さなかった歳三だが、それは二機だけで乙級相当のモンスターに挑んだ場合、どの程度やれるかを確認するためであった。


 大したものだな、と歳三は思う。


 ──それにしても


「なあ、てっぺーは銃を使うんだな」


 歳三が聞くと、鉄衛はウンと頷く。


『鉄衛の戦術AIには各種銃火器の取り扱い技術がインストールされています』


『センシャ トカ セントウキ モ ウンテン デキルヨ』


 この時、歳三が察しの良い男であったならば、なぜ戦車や戦闘機の操縦マニュアルまでインストールされているのかを疑問に思ったかもしれない。しかし歳三はやっぱり歳三であった。


「凄いじゃねェか!それに比べて俺は駄目だ。車も運転できねェんだ…試験が突破できねぇんだよ…」


 鉄騎は項垂れる歳三を暫時見つめてから言った。


『……マスターは4車線の直進道路を運転しています。2車線がマスターの進行方向、2車線が反対方向です。マスターの進行方向から見て左側には中央分離帯があり、右側には駐車場があります。前方には右折専用レーンの表示がある右折レーンが…』


 歳三は鉄騎の言を最後まで聞く事が出来なかった。


 頭の中に謎の用語や謎の解釈があぶくの様にブクブクと浮かんだかと思えば固形化し、トゲトゲボールと化す。

 そのトゲトゲボールが歳三の脳みそという密室空間でびょんびょん跳ねまわるのだ。歳三の脳みその内壁は棘に抉り取られ、歳三はまるで自分の正気が水に溶かしたオブラートの様に溶けていくのを感得した。


「うわあああ…」


 歳三が頭を抱えると、鉄衛が抗議めいた口調で鉄騎を嗜める。


『サイゾ ヲ イジメルナヨ…』


『申し訳ありません。ただ…私はような気がしたのです。奇妙な話です。つい先ほどまでその様な趣味嗜好は設定されていなかったというのに。まるで人間の様に"ように、いつのまにか…』

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