日常51(歳三他)

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 旭真大館が主催する旭真祭は、外部団体も招いての世界的空手道大会である。少年・青少年・壮年・女・無差別にカテゴリ分けがされた全日本大会であり、 無差別級にはダンジョンで生物としての階梯を昇った者も参加できる。


 協会所属の探索者達が参加するのはカテゴリとしては無差別級であり、旭真大館と探索者協会の対戦はエキシビジョンマッチという形で行われる。


 そこで参加する探索者だが、基本的には乙級以下から選ばれる。しかし無作為というわけではなく、格闘技経験があるもの、攻撃的な気質ではないものなどが選ばれる傾向にある。


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 探索者協会京都支部長の西方月 仁よもつき じんは、探索者協会京都支部の支部長室の豪奢な椅子に腰かけて葉巻を吸っていた。一本88万円の高級葉巻だ。といっても一般人向けではない。葉巻に含まれる医療用ナノマシンによって、吸えば吸う程健康になる葉巻である。


 床には高級絨毯が敷かれ、壁には有名画家の絵画が掛けられていた。何よりも目を引くのは、彼が座っているその豪奢な椅子。ゴールドとレッドの装飾が施され如何にも金がかかっている。


 その部屋の主である西方月は痩せぎすの中年男性で、体格も良いとは言えない。葉巻を摘まむ指は細く、まるで骨に皮が張り付いているかのような不健康さを感じさせた。目はぎょろりと大きく、どこか爬虫類を思わせる。頭髪は白いものが多く混じり、前髪を含めて後ろに流していた。いわゆる総髪というやつだ。


「今年は久しぶりの真剣勝負。去年は旭真の勝ちという話で決まっていたが今年は勝ってほしいですねぇ」


 男にしては少し甲高い声が部屋に響いた。

 確かに、と他の声がそれに応じる。


 ダンジョン探索者協会京都支部.外部調査部部長の石田一行いしだ いっこうである。石田もまた、こういってはなんだが貧相な男だ。ちんまりしょんぼりした中年男性然とした外見で、とにかく全体的に覇気がない。


 旭真祭の無差別級団体戦のエキシビジョンマッチで例年旭真大館と探索者協会が衝突するが、その通常はその際にはどちらが勝つかを水面下で決めている。その理由は両団体の面子だけではなく、政治的な理由も影響している。だが毎年そうというわけではなく真剣勝負の年もあり、今年がそれにあたる。


「それと池袋本部から一名、乙級の探索者が参加するという情報が入ってます。空手の達人らしいですよ。ほら、あのニンジャ擬きが未帰還ですからね。その代わりと言う事で。アレはアレで有能だったのですが、ソロ探索者を気取っていましたから。遅かれ早かれ死ぬと思ってました」


 ソロ探索者の名前は甲賀 平一といい、体術に優れた男であった。エキシビジョンマッチは5対5で行われるが、甲賀 平一はその大将として試合に参加する予定だったのだ。


「空手の達人ならば、旭真大館の人たちとも十分に渡り合えるかもしれませんね」


 石田が言うが、どこか投げやりであった。


 勝てるとは思っていないのだ。餅は餅屋という言葉もある。空手の大会で空手団体と競うというのはどこからどうみても不利である。例えるならばメジャーリーグの首位打者がサッカーのワールドカップで活躍できるかどうかという話だ。


 しかし協会サイドとしてもそれなりに矜持を示さなければならない。ダンジョンは日本の経済の大動脈であり、ダンジョン探索に必要なものは多々あるが、一番必要なものは生物としての力である。多くのダンジョンでモンスターが出没するのだから力が無いと話にならない。


 探索者とは力の象徴であり、少なからぬ一般人がその力に憧れて探索者を志す。だからこそ力を示すような場所で醜態を晒すわけには行かないのだ。もし醜態を晒すような真似をすれば、探索者を志す一般人の絶対数が減る事にもなりかねない。


 旭真祭が国内だけの空手大会ならばともかく、世界的格闘団体である旭真大館が主催する格闘大会ともなると、誇張なしに世界中から注目されている。


 西方月は続けた。忌々しそうな口調だ。


「渡り合えるかも、ではなく渡り合ってくれないと困ります。……ですが、難しいのは事実でしょうねぇ。一応は空手大会ですから。銃も刃物も使えないし、サイバネ手術を受けた者でも通常の人体機能を逸脱する機能は使えない。PSI能力もだめです。探索者というのは戦闘技術を持つ者が多いですが、徒手空拳ともなるとあくまで余技になりますから。ニワカの空手が空手家に通じるかどうかというのは疑問です。本部の探索者とやらが」


「それに団体戦には彼が出るって話じゃないですか。旭真大館の館長が在野から引っ張ってきた武術の達人……でしたっけ。確かウチもスカウトしたんでしたよね。支部長が蹴りましたけど」


 石田の言葉に西方月は渋い顔を浮かべた。


「あぁ、あの獣みたいな男ですか。アレは要りませんよ。ああいう人擬ひともどきは間に合っています。それに人擬きなら人擬きで、ウチの連中の様に多少なり殊勝に協会に協力して居場所をねだるならともかく、アレは自分で作ろうとするタイプでしょう?」


 そんなモンは要らん要らんと西方月は大きく煙を吐き出し、かぶりを振った。


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 その頃歳三はシャワーを浴びていた。歳三は基礎体温が非常に高い。それは彼の運動性能の高さゆえの事でもあるが、それに加えて体毛も濃い。となると、少し外出しただけで汗をかくのだ。それは夏場は勿論だが、真冬であっても同様である。


 歳三は極力汗をかきたくないとおもっている。

 不潔でいる事に抵抗は然程ない彼だが、汗をかくことで周囲の人間からの不興を買いたくないと思っている。


 良く思われたい、認められたいというよりは、良い意味でも悪い意味でも目立ちたくないのだ。朝の雑踏にまぎれるスーツ姿のサラリーマンの様に、世界に溶け込んでしまいたいと思っている。過去、悪い意味で世間から注目されてしまったがゆえだろう。


 歳三は自分の体臭が相当におうと考えており、それもまた彼の大きなコンプレックスの一つとなっていた。まあそうは言っても人間、特別に可哀そうな体質でもなければ汗をかいても1日やそこらで全身から悪臭を発するという事は無い。


 それは歳三も同じで、彼の汗腺には別に異常はない。

 しかし歳三の場合はやや事情が特殊で、彼の余りある生物的強度は極めて濃密な男性フェロモンという形となって、一部の者達にとってユニークな作用をもたらす。全員が全員にというわけではなく、相性もあるが。


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 歳三は灰色のタワシの様なもので全身をワシワシと磨いていた。少し柔らかい軽石のようなスポンジだ。


 これは探索者向けのスポンジで、灰色大蛞蝓なめくじの肉体から作られた高級品である。


 強力な摩擦力と反発力を持ち、丈夫さも既存の一般人向けとは比較にならない。特筆すべきは、強い圧力を加える事でぬるぬるとした液体がにじみ出てくる点だ。これは生体組織を癒す効能がある。基本的には素材や装備を磨く為に使うスポンジだ。装備の中にはモンスターの素材を使ったものも多く、そういったモノの手入れは特別な道具を使う必要がある。


 かなりの高級品で、値段は20万円程度だが普通に使っていれば3年はへたれない。


 歳三はその高級スポンジで毛だらけのボディをごしごし磨いている。本来は体を洗う為のものではないのだが、歳三は体洗い用のスポンジは硬めを好むので愛用しているのだ。


 一般人向けの安マンションに住んでいる癖して歳三はちょいちょい高級品を使う。基本的には我慢がきかない性格なのだ。これがいい、これが気持ちいいとなれば特に悩む事なく購入してしまう。鉄騎や鉄衛らといった超高級品を購入して借金塗れになってしまったのも、彼の我慢がきかない性格が影響していると言える。


 この理屈で言えば性欲も抑えがたい筈なのだが、その心配は無用である。


 確かに歳三はかつて溢れ出る性欲に屈してしまった事がある。あやまちを犯したのだ。そしてあくまでも彼視点の話だが、社会から居場所を失った。それ以来、再び社会に居場所を取り戻すため、マラを磨く代わりに業を磨いてダンジョンに入り浸った歳三だが、これはどういうことか具体的に言うと、マラが疼いたらダンジョンに向かって体を動かし、性欲を発散していたという事である。


 それがどう作用したか、10年20年と経つ間に歳三は性欲を感じる代わりに探索欲を感じる様になってしまったのだ。


 性欲とは欲求の中でもっとも制御する事が難しく、根が意志薄弱である歳三がそんなものを制御できるわけがない。制御出来るような強い意志の持ち主ならば、そもそも過ちなど犯してはいない。


 だが、性欲が探索欲へ転換したならば、探索欲(性欲)に屈しても世間様へ迷惑をかける事はないどころか、社会貢献まで出来てしまうのだ。


 これでいて根がシコ猿である所の歳三は、それこそ自慰を覚えた猿のようにダンジョン探索性欲発散をした。


 ゆえにダンジョンは歳三が大好きだ。強く純粋に、そして何度も何度もダンジョンに潜る歳三は、ダンジョンにとって甘露に等しい。だから歳三の事を贔屓してしまう。


 歳三もまたダンジョンが大好きである。ダンジョンは歳三の居場所であり、歳三を育ててくれたゆりかごであり、歳三の欲望を受け止めてくれる存在でもある。


 つまり、非常に歪んではいるが、歳三はダンジョンから特別扱いされていることになる。だから他の者よりも恩恵……ダンジョンの干渉の度合が大きいのだ。そして歳三の様にダンジョンから特別扱いされる者というのは少ないが他にいないわけではなく、そういった者達の多くは甲級となっている。

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