日常92(歳三、鉄騎、鉄衛)

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 歳三は根っからのダンジョン狂いではあるが、考えなしに高難度ダンジョンへ潜るほど愚か者ではない。


 できる準備はするし、色々と浅いながらも事前の情報収集くらいはする。


 だから富士樹海ダンジョンへの威力偵察をすると決めても、軽々に電車に飛び乗ったりはしなかった。


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「ってことでよ、何か知らねぇかなって思って声をかけたってワケだ。それにしても久しぶり……になるのか?」


 品川駅中央改札の前、待ち合わせ場所の定番となっているトライアングルクロックの前で、歳三は怪しげな二人組と親しげに話をしている。


 男女とみられる二人組の見た目はとにかく怪しい。


 性別はボディラインを見れば明らかだが、問題は服装だ。


 無貌の仮面をかぶり、黒いボディスーツに身を包み、さらにその上から黒い外套を羽織っている。


「はい、マスター。連絡は常に取りあっていましたが、ここ半年ほどは連絡が取り合えずに心配していました」


「ダンジョンでは時間の流れが異なる事もあるから、もう半年くらいは待つ積もりだったヨ。Sterm端末は生きていたしネ」


 女の黒ずくめとこの黒ずくめが交互に言った。


 女の声は低くめで、いわゆるハスキーボイスというやつだろう。


 男の声の方はやや幼さが見られる。


 声そのものはさほど違和感はないのだが、両者ともに抑揚がなく、それが二人のミステリアスな面を強調していた。


「俺もこんなにずれたのは初めてだよ、世の中広いなァ」


「とにかくご無事でよかったです。それで富士樹海ダンジョンについて知りたいとのことですが……色々と伝えておきたい話もあります。協会の機密に属する話でもあるので、どこか落ちついて話ができる場所へ移動しましょう。マスターのご自宅などはどうですか?」


 黒ずくめの女の方──鉄騎がそう言うと、歳三の時が止まった。


「ご自宅……家? そうだ、俺は……」


 悲壮感たっぷりに、歳三はその場で頭を抱えてかがみ込む。


「もしかしテ……」


 黒ずくめの男の方──鉄衛が歳三の気質などを考えてとある可能性に思い立った。


「どうされたのですか?」


 鉄騎が心配そうに言うと、歳三の代わりに鉄衛が代わりに答える。


「俺は、ホームレスになっちまった……」


 そうして歳三は二機に事情を説明する。


 ところで言葉にはなるものがあるという。


 もしそれが事実であるならば、話せば話すほど心身が軽くなるはずだ。


 しかし歳三は、話せば話すほどに心がずしんと重くなり、頭がぐぐっと落ちてくる。


 ホームレスという単語が形を持ち、歳三ですら敵わぬ程の力を以て頭を抑えつけてきているかの様だった。


 頭が下がれば見えるのは当然だ。


 鉄騎の足、鉄衛の足、道行く人々の無数の足、足、足! 


 その足の持ち主の一人一人に行く場所、そしてがある事を考えると、歳三の精神は過呼吸寸前にまで追い詰められてしまった。


 ──足、足、アシ……葦……ああ、そういえば望月君が人間は考える葦だって言ってたっけな……葦ってのはすごくか弱い植物らしい。でも考えることができるから偉大なんだと。じゃあ俺は何だ? 考えられない葦……ただの、葦……


「マスター、大丈夫ですか? なぜそこまで落ち込むのですか? もしや、今井さんが探してくれた物件へも入居できなくなってしまったのですか?」


 鉄騎がそういうと、歳三は「え?」と顔をあげた。


 ああ、そうだったと慌てて思い出し、「すまねえ、ちょっと電話をかける」と断りを入れて友香へ通話要求を送る。


『はい、どうも佐古さん! ……ああ、物件ですか? はい、大丈夫ですよ、押さえてあります。そうですね、京王線千歳烏山駅から徒歩で10分くらいですね。小田急線の祖師ヶ谷大蔵駅からも近いです。あとは近所にシャミットスーパーもありますし~……ダンジョンもいくつかありますよ! 心霊系ですけどね、まあ佐古さんなら問題ないでしょう! でも等級は丁級指定なので、少し物足りないかもしれませんね』


『そりゃありがてぇ! すぐに住めるんですかね?』


『ええ、大丈夫ですよ。見た目はちょっとクラシックな感じですけど内装はリフォームしてあります。最低限の家具はありますが、必要なものがあれば買い足してくださいね。ただ、この物件はあくまでも佐古さんの様に困っている人用の緊急避難先という意味合いもありますので、なるべく……そうですねえ、1年以内には別の物件を探すようにしてください。別に1年過ぎたからって強制退去ということにはなりませんが、まあ良識の範囲内で。それと端末に巣鴨プリズンの件の報酬振り込みの通知が届いていると思いますけど、一応佐古さんの目でも確認してくださいね』


 友子はそう言って歳三の端末に住所などを記載したメッセージを送った。


『これで大丈夫そうですね、それと近々案件を振ることになると思います。これは私からのものではなく、もっと上からの案件になります。詳しくはまだ話せませんが死地へと向かう準備はしておいてください』


 さらっと死地などと言う友香だが、歳三の探索者マインドは常在戦場の域に達している。


 歳三は快く是と答え、通話を終了した。


「ってわけだ、もし話をってことなら少し移動することになると思うがいいかい?」


 歳三の問いに鉄騎も鉄衛も了解を返す。


「じゃあ早速電車で……」


 億の資産家な癖に妙に貧乏くさい歳三だが、「もうハイヤー呼んだヨ」と鉄衛。


「は、ハイヤーだと!?」


 歳三は慄くが、せいぜいが4万円程度なので探索者の収入からしたら端金もいいところだ。


「サイゾ、前から思ってたけド、金銭感覚おかしいから直していこうナ」


 歳三は何も言い返す事が出来ない……






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悪役貴族物にも手を出しちゃった!「悪役令息はママが好き」作者ページから飛んでみてくださいね!書き溜めありまぁーす!

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