第138話 人里の縁日①

 あれから一ヶ月。調査は続けられているものの拓眞による危険が去ったことで、本来の案内役と護衛役が戻ってきた。ただ、椿と巽は俺についたままだ。


 これには実は一悶着あったのだ。


 里はまだまだ不安定な状態。不測の事態が起こっても問題無いように、俺にも柊士にも護衛役補佐という役回りが増やされることになった。


 当初、俺の護衛役には、亘に加えて柾と椿がそのままつけられる予定だった。しかし、その計画は脆くも崩れ去る。


「拓眞の始末がつき、亘が目覚めたのなら御役御免でしょう。護衛役などに興味はありません。」


と、柾が飄々と辞退したのだ。


 補佐とはいえ、まさか護衛役を断る者がいると思わなかった周囲の者達は一様に呆気にとられた。そして何とか説得を試みたのだが、柾の耳には一切届かず全て躱され、結局その努力は徒労に終わることとなったのだった。


 柾は以前にも、亘に気持ちよく自分と戦わせるために亘不在の間だけは俺につく、と言っていた。だから俺に驚きはない。柾は主張がハッキリしてるな、と再認識しただけだ。


 ただそうなってくると、代わりに誰を護衛役にするか、という問題がでてくる。椿は確定だが、力があり信頼のおける者を選出するのに難航したらしい。


 亀島との関わりが薄く、雀野の信頼が厚く、西や北の里ではなく日向のお膝元に居る者、という基準に当てはまり、何の問題もなく守り手の護衛役を任せられる者が、なかなか見つからない。

 あれだけ武官がいるのだから、その条件に合う者の一人くらい居るだろうと思っていたのだが、代理なら兎も角、正規の役目となると、いろいろ柵も多いのだそうだ。


「拓眞様の事件で不明瞭なことが未だに残っているせいで、護衛役選びにも神経をとがらせているのです。」


 俺の様子を伺いに来ていた汐が困ったように言うと、亘が呆れ顔で


「というのは建前で、しょうもない政治的な駆け引きが原因のようですよ。あちらを立てればこちらが立たず、という状況のようですね。本来的には力量が全てのはずが、亀島のせいで前提が崩れて政の介入が起こっているのです。面倒なことに。」


と付け加えた。

 せっかく言葉を濁したのに余計なことを言うなと汐が亘を睨んだが、亘は素知らぬ振りだ。


「前提って何?」

「里の者は守り手様に無条件に忠誠を誓っているという前提ですよ。柾のように無関心な例外も居ますが、拓眞のように明らかに敵意を向ける者は居ませんでしたから。」


 人ごとのようにそう言うが、それで言うと亘も多分例外に近い部類なのではと思う。

 柊士の護衛役なんてお断りだ、と言っていたくらいだ。今は俺の護衛役だけど、もし俺が居なくて柊士から打診されていたら、護衛役を受けていたかはだいぶ怪しい。


 それを指摘すると、亘はこれ見よがしに眉を上げる。


「奏太様に誠心誠意お仕えしているのですから良いではありませんか。それに、柊士様個人はともかく、里にいる以上日向家への忠誠心は一応持ち合わせていますよ。余程のことでもない限り命じられれば従うだけの分別はあります。流石に。」


 言葉の端々に気になる言葉がついているが、汐は窘める労力すら惜しむように、大きく息を吐き出しただけだった。



 そうやって追加の護衛役が見つからない状態のまま、結界の綻びが見つかったという報告を汐が運んできた。


 護衛役の最後の一枠が決まりきらなかったこと、見つかった綻びが小規模であったことを鑑みて、今回はひとまず巽が同行することになったそうだ。


 しばらくの間は綻びの大きさによって、護衛役補佐が変わることになるらしい。

 椿は固定だが、大きな綻びで危険が多い時には柾が、小さな綻びのときには巽が、状況に応じて柊士の護衛役である那槻なつきかずらが同行する、といった具合だ。


 臨時であれば、という条件で柾が渋々了承したようで、しばらくは交代制になるのだと、汐が眉を下げつつ教えてくれた。


 本家に着くと、巽が喜色満面で俺の前に跪く。


「流石に奏太様のお伴を外されるかと思っていたので、御一緒させて頂けることになって嬉しいです。」

「まあ、俺も見知った者の方が気安くてありがたいよ。」


 声を弾ませる巽に笑顔で応じると、亘がヒョコッと俺の後ろから巽を覗き込む。


「あくまで臨時ですよ。このまま補佐を続けさせるなら、相応の力をつけさせねばなりません。今はまだ、若干強い案内役です。」


 亘に言葉に、巽の表情がピキッと固まった。

 なんでこいつはいつも、こう意地の悪い言い方をするのだろうか。


「もうちょっと言い方考えろよ。武官なのに案内役やらされてること気にしてるんだから。巽だって努力すれば、ちゃんと護衛役になれるかもしれないだろ。」

「そ、奏太様……!」


 巽の向こうでこちらの様子を伺っていた椿が慌てたように声を上げる。俺が首を傾げると、


「奏太様こそ、未だに巽のことを護衛役とは思っていないではありませんか。」


と亘に面白がるように言われた。

 ハッとして巽に目を向けると、キュゥッと口を引き結び目を潤ませてこちらを見上げている。


「ご、ごめん。」

「……いいんです。お気になさらず……」


 巽は消え入るような声でそう呟いた。



 綻びへ向かう道中、俺は今までの感謝の気持ちと共に巽を持ち上げ、とにかく宥めすかすことに腐心する。先程の俺の失言が余程堪えたらしい。申し訳ない。


 ただ、そうやって言い繕っているうちに、まるで他人事のように俺達のやり取りを聞き流し始めていた元凶が、


「それにしても、汐の前でここまで案内役を拒否するとは、巽は勇気があるな。」


と別の火種を投げこんだことで、その場の空気が凍りついた。


 確かに汐にとっては、案内役より護衛役、という態度は面白くないだろう。それを証拠に、ただでさえ口数の少ない汐がさっきから殆ど喋っていない。


 亘の発言によって巽もしょげている場合ではなくなり、結局俺と一緒に汐の機嫌を取る側にまわらざるを得なくなった。



 綻びは小さな町の外れにある竹林の中にあった。

 町では祭りが行われているのか、遠く離れた向こう側で明るくざわめく音がする。

 町の道沿いに提灯が灯り、小さな町の夜の割に多くの人が出歩いているようだった。


 流石に町の外れの何もない竹林の中に分け入るような者は居ないが、上空から遠目でチラと見ただけでも、祭り特有のワクワクするような高揚感が伝わってきた。


 汐から聞いていた通り、綻びはごくごく小さなもので、鬼が現れるでもなく、邪魔が入るわけでもない。特に大きな問題もなく陽の気を注いで御役目はあっという間に終了した。



 地元からの場所が近く出てきた時間も遅くなかったので、夜はまだまだこれからという時間帯だ。遠くから聞こえる笛の音やざわめきに、


「いいなぁ、祭りかぁ。」


と俺は思わず呟きを漏らした。


 里の祭りがあんな事になったので、平和な普通の祭りを楽しむ人々が羨ましくなってくる。

 今年は友達を誘って花火大会にでも行こうかな、と音のする方を眺めていると、視界の端で巽と椿が顔を見合わせたのがわかった。


「あの、せっかくだから行ってみますか?」


 巽に遠慮がちに言われて、俺は目を瞬く。


「え、この面子めんつで?」


 妖連中と人が集まる場所に行くという発想自体が無くてきょとんとしていると、椿がコクリと頷く。


「ええ。今なら我らがお伴できますし、奏太様がご友人と人の祭りに参加するのは難しいと思いますから。」

「……なんで?」


 先程まで誰を誘おうかと考えていたのに水さされて眉根を寄せると、汐が蝶の姿で羽ばたきながら俺の前まで回り込み、小さな目で真正面から俺を見た。


「まだ里は安定していると言い難いですし、お出かけはなるべく控えていただかなくてはなりません。特に夜間は危険が多いですから。」


 ……女の子や小さな子どもでもあるまいに、ついに近くの祭りに行く事すら懸念されるようになったらしい。


 ここぞとばかりに釘を刺そうとする汐の口調に、思わず溜息が漏れる。


 少しずつ行動範囲を制限されていっている気がするが、そのうち家から出る事すら渋られるようになるのではなかろうか……


「……あのさ、心配しすぎだよ。拓眞の件だって一応片付いたんだし、子どもじゃないんだから……」

「奏太様が妙なことに巻き込まれやすいのは拓眞様の件とは別ではありませんか。」


 汐は一体何を言っているのかと言わんばかりに呆れたような声を出した。亘はそれにクッと笑う。


「奏太様には疫病神がついていますからね。」

「……疫病神っていうか、まあ……」


 先祖が犯した罪のツケを支払わされてるらしいけど、と途中まで出かかった言葉を俺はそのまま飲み込んだ。


 千年以上子孫達がツケを払い続けて終わらなかったものが俺達の代で終わるわけがない。つまり、これから先も厄介事に巻き込まれるのは確実だ。


 余計なことを言えば、また汐の締付けがきつくなる気がして、俺は訝しむ皆の目を誤魔化すために


「まあ、ひとまず、護衛がいれば良いって事なら行ってみようか。」


とニコリと笑って見せた。

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