第130話 騒動の後始末①

「やめろ、奏太!!」


 そう呼びかけられ腕を掴まれてハッとする。


 何故か目の前には昼かと思うくらいの強い光が広がっていて、それが瞬く間にスゥッと収束していくのが見えた。

 周囲が再び暗くなると唐突な目眩にグラリと体が揺れる。自力で立っていられなくて、膝を付きそうになると、ぐいっと誰かに支えられた。


 頭がクラクラする。何をしていたんだっけ。

 額に手を当てて、目眩が収まり頭がハッキリしてくるのを待っていると、


「大丈夫か、奏太。」


という心配そうな声音が降ってくる。そこでようやく、自分を支えているのが柊士であることに気づいた。


「……柊ちゃん、拓眞が……」

「分かってる。」

「……亘……が……」

「それも、分かってる。もう心配いらない。」


 俺をその場にゆっくり座らせながら、柊士は周囲に視線を巡らせる。


「あれだけ辺りを明るくする程の陽の気を放出するなんて、お前、何をした?」

「……あれ、俺がやったの? よく覚えてないや。」


 柊士は不安げに俺の顔を覗き込む。


「……お前、ホントに大丈夫か?」


 その言葉に、自分の手を見下ろす。握ったり閉じたりしてみるが、手が震えていつもの様に動かない。


「力がうまく入らない。あれを俺がやったなら、陽の気を放出しすぎたんだと思うけど。」

「他には?」

「あとは別に。」


 そういえば、拓眞に赤黒い液体を飲まされそうになった時に胸が凄く痛くなったけど、今はシクシクした痛みは残るものの、だいぶ落ち着いている。


「あいつら、どうなったの? 拓眞もあいつに協力してたやつらも。それに、鬼もいたでしょ。」

「……お前の陽の気でほとんど焼き尽くされたと椿に聞いた。」


 柊士の声は硬い。


「俺の? さっきのあれで?」


 コクリと頷く柊士に、先程までの状況を思い出そうとしてみたが、やっぱり何も思い出せない。

 亘が倒れたところから、柊士に呼びかけられるまでの間の記憶がすっぽり抜けてしまっている。


「柊士様。晦と朔は酷い火傷ですが、陽の気が直接当たる範囲から外れたところにいたのが良かったようで、息はあります。このまま御本家へ運びます。」


 淕が柊士の側に膝をつく。


「分かった。椿はどうした?」

「そちらも酷い怪我と火傷がありますが、先程と変わらず意識ははっきりしています。奏太様から少し離れて戦っていた事と、本人が陽の気の放出に直ぐに気付けた事が幸いしたようです。二人程の状態ではありませんが、同様に先んじて運びます。」


 柊士が軽く首肯すると、淕は再び指示を出しに戻っていく。

 改めて周囲を見回すと、柊士と共にやってきた武官達がせわしなく動いて状況を確認しているようだった。


「陽の気を直接向けられた武官達や拓眞は焼き尽くされて灰になったと椿が言っていた。鬼は今処理してる。」


 柊士がクイと顎で指し示す方を見ると、黒く焦げた鬼と思われる物体を引きずる者達の姿が見える。


 ……拓眞達は死んだのか。


 正直、俺が陽の気で殺したんだと聞いても、何の感情も湧いてこない。死んで当然だとすら思ってる。

 巻き込まれた椿や晦と朔に関しては申し訳無かったとは思うけど、それだけだ。何だか、心がうまく働かない。


「そう。」


 素っ気なく返事をすると、ぐいっと柊士に肩を両手で掴まれ、目をじっと覗き込まれた。


「奏太、しっかりしろ。」

「……しっかりって?」


 意識ははっきりしてるし、言ってることも理解できてる。柊士に何を求められているのかわからなくて首を傾げると、柊士は、心配そうな表情で眉根を寄せた。

 ただ、そのまま口を噤んで、それ以上は何も言わない。


 よく分からないのでそのまま放置し、俺は虚ろな思いのまま、先程まで亘がいた場所に目を向けた。


「……ねえ、亘は?」


 今は何もそこにない。


 亘の姿を見たくない。でも、あのままにはしておけない。そう思って尋ねると、柊士は小さく息を吐いた。


「お前の背に護られる状態だったことで、陽の気に焼かれる事はなかった。ただし瀕死の状態ではあったから、妖界の温泉水をかけて直ぐに家に運ばせた。向こうは治療の準備をしているはずだ。」


 その言葉に、ピタリと時が止まったような感覚に陥った。何を言われたのかがスッと頭に入ってこなくて、理解するまでに時間がかかる。


「……………………生き……てるの……?」

「辛うじてな。」


 思わぬ答えに、目を見開く。柊士が嘘をついているのではとマジマジと見つめる。でも、柊士の態度は隠し事をしているようなものではない。


 ……まさか、あんな状態で、生きていてくれたなんて。


 俺は深く深く、息を吐き出す。


 冷たく止まっていた血液が、それとともにようやく循環し始めたような、機能停止状態になっていた心が、ようやく動き出したような、そんな感覚がした。


 安堵が胸に押し寄せて、涙がこみ上げる。


「………………柊ちゃん……俺、やっぱり……何を捨ててでも自分を守る覚悟なんて……できない……」


 途切れ途切れに絞り出すようにそう言うと、柊士は何故かほっとしたような表情を見せたあと、俺の頭に手を置いてグシャっと撫でた。


「分かってる。よく耐えた。」


 その言葉に、涙がボロボロと溢れて止まらなくなった。



 今回の件で、首謀者と思われる拓眞は死亡。協力者も文字通り灰と化したことで、一体拓眞が何をしたかったのかは、闇に包まれたままとなってしまった。


 重症を負った、亘、晦、朔は未だ目覚めていない。


 ハクもまた、意識が戻らないまま妖界にそのまま運び込まれた。


 ハクはあの温泉地に向かったらしいが、あちらでの亘達の受け入れは許されなかった。

 状況確認と後処理の為にこちらに残った翠雨によって、人界と妖界を繋ぐ入口の封鎖が命じられたからだ。


 本家の広間で事情の説明や、今回の件に関する措置について人界側と妖界側で話し合いが行われていたが、俺はそこへの出席はせず、別の座敷で寝かされている亘の側でじっと蹲っていた。


 時折尾定が覗きに来て亘の状態を確認していく。


「お前も少し安め。寝てないだろ。」


と言われたが、どうしても、いろいろな事が目の前に浮かんできてしまい目を瞑っていることができなかった。


「薬が必要か?」

「……いらない。」


 尾定は仕方の無さそうな顔をして俺の前に座る。


「体を休ませず鬱々と考えていると、悪い方にしか思考が働かない。心も体も壊す。身を守るっていうのは、何も外敵から自分を守るって事だけじゃない。今は、お前自身から自分を守るべき時だ。体を張ってお前を護った奴が目覚めた時に、元気な姿を見せてやれるように。」


 そう言うと、尾定は慣れた様子で押し入れから薄手の毛布を一枚取り出して、バサリと俺にかけた。


「ここに居たいのならそれでもいい。ただ、寝られる時に寝ておけよ。薬は置いていくからな。」


 コトリと置かれた瓶から、俺はそっと目を逸らす。中に入っているのは白っぽい透明のサラサラした水だ。でも、拓眞が持っていたものとどうしても重なってしまう。そして、芋づる式に、その後に起こった事まで思い出してしまう。


 毛布に顔を埋めると、尾定の方から、ハアという小さな溜息と、部屋を出ていく足音が聞こえた。



 しばらくすると、汐が部屋にやって来た。でも汐はスッと俺の横に座っただけで、何も言わなかった。

 俺も何も言わない。でも、汐が気遣ってくれていることは分かった。


 ただただ無言の時間だけが流れていく。



「奏太様。」


 部屋の外から、巽に呼ばれたのはどれほど経った頃だったか。


 本家の家の中は、妖連中が過ごせるように窓のない場所が至るところにある。いつも開いている窓も、今日は雨戸を閉めたままで、昼なのか夜なのかも分からない。


「奏太様からも、状況を確認したいと御当主が。」


 椿の視点からでは、俺に起こった事が正確にはわからなかったらしい。


「……わかった。」


 俺は重たい腰を上げる。

 起こった事を思い出したくない。でも、妖界勢への説明の為に少しでも情報を集めたいというのもわかる。


「……奏太様。」


 汐が不安気に俺を見上げる。


「大丈夫。亘を頼むよ。」


 少しだけ唇の端を上げてみせると、汐は更に不安そうな表情になった。


 その様子が少し気になったけど、皆を待たせておくわけにはいかない。

 汐に背を向けて部屋を出ると、巽が跪いて頭を下げて待っていた。


「奏太様の大事に、お側に居られず申し訳ありませんでした。」

「あの場を離れるように巽に指示を出したのは俺だ。巽は悪くないだろ。お前が気にすることじゃない。」


 俺が言うと、巽は汐と同じ様な表情で俺を見上げる。それから、何か言いたそうに眉根を寄せたあと、口を噤んで俯き、再び頭を下げた。


「……はい、恐れ入ります。ご案内いたします。」

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