第131話 騒動の後始末②

 案内された場所には、翠雨と側近である蝣仁ゆうじん、その護衛や妖界側の文官、伯父さん、粟路、柊士、柊士の護衛役達、そして瑶を含む人界側の文官が複数集まっていた。

 そこに榮の姿はない。代わりに都築が皆から少し離れたところに座している。


 事情を聞かれていたらしい椿も、体の至るところに包帯を巻いて座っていた。


「伯父さん、椿は休ませてやってよ。事情は十分に聞いたんでしょ。あとは俺が説明する。」


 俺がそう言うと、椿は躊躇いがちに声を上げる。


「いえ、奏太様、私は……」

「椿、俺は休めって言ったんだよ。」


 椿の言葉を遮ってそう言うと、柊士が眉根を寄せて俺をじっと見る。


「奏太、お前、今自分がどんな顔をして言ってるか、わかってるか?」

「どんなって?」


 柊士がそれに口を開きかける。でも、直ぐに伯父さんがそれを制した。


「柊士、今はいい。後にしろ。それから、椿はもう下がっていい。」

「……はい。」


 椿は小さく返事をすると、静かに立ち上がる。

 部屋を出ていく時にチラと俺に向けられた視線には、何故か悔恨と悲痛の色が浮かんでいるように見えた。



「白月様が鬼に襲われる前辺りから、お前が見たことを説明しろ。」


 伯父さんにそう言われ、あの時の事を思い出す。


 亘と柾の戦いに見入っていたところで、布を切り裂く音とハクの悲鳴が聞こえた。

 皆が駆け寄りハクを助け出そうと御簾が取り払われて、俺は初めてそこで、ハクが鬼に襲われているのだと認識した。

 こちらの騒ぎに気づいた亘と柾が結界を破ろうとして大きな音を出し、淕が土俵の結界を解かせた。

 それとほぼ同時に、別の場所からも悲鳴が上がったんだった。

 それから、湊と紅翅がハクの手当をしていて、何やら口論をしていたのも覚えてる。


「確か湊が、他にも鬼が迫ってるって言ってて、それで広場の向こう側にも鬼が出たんだって知ったんだ。」


 俺がそこまで説明すると、伯父さんが小さく唸る。


「そこまではほぼ柊士と同じか。そこから先は?」

「柊ちゃんに、先に本家に戻ってハクを受け入れられるように村田さんに伝えろって言われて、亘に抱えられて里の入口に向かった。」


 里の入口には、あるはずの晦と朔の姿が無くて、亘との口論の末、巽を知らせに戻らせた。

 入口を抜けると鬼の首に鎖をつけて待ち構えていた武官四名、鬼三体と遭遇した。

 朔もそこに居たけど意識を失った状態で、晦の姿は見つからなかった。


 柊士が俺を先に逃がすだろうと読まれていたことを話すと柊士はあからさまに苦い表情を浮かべる。


 亘が武官達の相手をして、椿が鬼の相手をしている間に、俺は何処からか現れた拓眞に晦を盾にされて刀を突きつけられた。

 赤黒い液体を飲むように強要されたけど、瓶から匂いが上がって来ると、急に胸が痛みだして立っていられなくなった。


「ハクの席から漂って来た匂いに似てた。何処かで嗅いだことがある匂いだと思ったけど、前に樹と碓氷に襲われた時にも、同じ匂いがしてた。」


 そう。ずっと思い出せないでいたけど、拓眞が持っていたのを見て、後になってからその事を思い出した。

 あの時も、匂いと共に胸が痛み出したんだ。


「碓氷達に襲われたあの時、樹が持っていた香炉の匂いに惹かれて鬼が鬼界の穴から出てこようとしてた様に見えた。ハクのところに一番先に鬼が行ったのも、もしかしたらそのせいかも。拓眞が、何でそれと同じ匂いのものを俺に飲ませようとしたのかは分からないけど……」


 鬼に襲わせるつもりなら、わざわざ飲ませる必要はない。でも拓眞は執拗に俺にあれを飲ませようとしていた。


「拓眞に押さえつけられて、無理やり飲まされそうになった。でも、口に含まされて飲み込む前に、亘に助けられた。……ただ……そのせいで……」


 そこまで言って俺は言葉を続けられなくなった。声が出てこない。思い出すことを頭が拒否して、胸焼けを起こしたような不快感が押し寄せる。


「奏太、続けろ。そこからどうなった?」


 伯父さんに先を促され、手が震えだすのを必死に抑えて、ギュッと目を瞑る。


「…………俺を庇って……亘が、斬られた……それ……から……」


 絶え絶えに、なんとかそう続ける。しかし、そこまで言ったところで、


「もういい、奏太。」


と柊士の低い声が響いた。伯父さんは柊士を咎めるように見る。


「柊士。」

「親父には分からない。奏太は少し休ませるべきだ。ここから先は、椿の証言で繋がる。陽の気を放出させた事も、奏太には記憶がなかった。もう十分だろ。」


 伯父さんはじっと俺を見つめる。それから、ふうと息を吐いた。


「……わかった。奏太、お前ももう戻っていい。」


 しかし、俺は小さく首を横に振る。


 一体何が起こったのか、何で俺達があんな目に会わなきゃいけなかったのか、きちんと整理しておきたい。


「……大丈夫だよ。その後のことは柊ちゃんが言うように殆ど覚えてない。俺に説明できるのはこれくらいだ。でも、このまま状況の整理をするんでしょ。俺もここに居る。知る権利はあるだろ。」


 できるだけ、その後の出来事を思い出さないように手早く説明を終えると、俺はそう主張する。


「お前、寝てないだろ。少し休めよ。」

「それは柊ちゃんだって同じだろ。大丈夫だよ。」

「奏太。」


 柊士は言い聞かせるような声音だ。でも、俺はもう一度首を横に振る。


「寝れないんだ。さっきまでの事を思い出して……頭を別の事に使ってた方が気が紛れる。」


 そう言うと、柊士は考えるように僅かに目を伏せる。それから、もう一度、俺の目を真っ直ぐに見た。


「わかった。ただ、辛くなれば直ぐにここを出ろ。巽、奏太を頼むぞ。」

「はい。承知しました。」


 俺は巽の誘導で部屋の端の、直ぐに退席できる場所へ移動する。

 追求したそうな翠雨達の視線から避ける意味もあったのかもしれない。



 俺の話、椿の話、ハクの側に居た者達の話、祭りの前までに起こっていたこと、それらが時系列に並べて整理される。


 でも、大体は俺が知っている情報だった。


「整理すると、以前から亀島家の次子に、奏太様と亘という護衛役を排除するような動きが見られた。祭でうまく二人を誘導し始末するために、里に鬼が放たれ、白月様がそれに巻き込まれたと、そういう事で宜しいですか。」


 翠雨の後ろに控えていた蝣仁がそう口を開く。

 でも、それだと要素が足りない。


「里を混乱させるだけなら、ハクの席からあの匂いがしたことの理由にならない。」


 俺がそう言うと、全ての視線がこちらを向く。


「それに、拓眞が何で事を起こしたのかの理由もよく分からないままだ。拓眞は、亘と椿を殺そうとはしたけど、少なくとも俺をその場で殺そうとはしてなかった。何か狙いがありそうだったけど、あの時は何も言わなかった。」

「席を用意したのは湊だったな。何と言っていた?」


 伯父さんが言うと、調査をしていたのか、瑶が難しそうな表情で答える。


「手配は湊様が行ったようですが、香りの指示まではしていなかったそうです。湊様も奇妙に思われたそうですが、用意した者が気を利かせたのだろうとお考えになったようです。」

「誰が準備を行ったのだ?」

「亀島家の使用人が……ただ、今は姿を消しているようです。」


 ……拓眞に始末されたのだろうか。


「他に事情を知っていた者は?」

「……それが、全て……」


 実行犯と黒幕を焼き尽くしたらしい俺が言うのも何だけど、完全に行き詰まった感じだ。


「誠に、申し訳ございません。」


 都築が厳しい表情で頭を下げる。


「都築、榮はなんと言ってる?」


 柊士が尋ねると、都築はゆっくりと首を横に振った。


「何も存じ上げないようです。息子が仕出かした事に憔悴しているのもあって、どうにも話にならず……」

「憔悴しているなどと、白々しい。」


 翠雨が吐き捨てるように言う。


「そこまで責任を感じているならば、子の成した罪は亀島の当主に背負わせよ。」


 厳しい声音で言い放たれた言葉に、人界の文官連中がザワリとする。


「家を取り潰しても良いくらいの行いだ。当主の首を差し出すくらいせねば収まらぬ。」


 翠雨が睨むように見回すと、文官連中の声が徐々に小さくなっていった。


 それから、翠雨は柊士に見定める様な視線を向ける。


「此度の件、白月様がお目覚めになった後で如何に仰ろうとも、それくらいの誠意は見せていただかねばなりません。それとも、亀島家だけでなく人界総出で事を企み、主上へ害を成したと仰るおつもりで?」


 じっと見据える翠雨の目を、柊士は、しっかりと見返したまま、


「都築、お前の考えを聞かせろ。」


と問う。


 都築はギュッと眉間に皺を寄せたあと、厳然とした態度で頭を低く下げた。


「はい。妥当な御処断かと存じます。」


 柊士はそれに首肯する。その顔はいつになく厳しく硬いものだ。榮の命も、里の未来という重荷も、全てを背負う覚悟なのだろうか。


「俺にも異存はない。親父もそれで良いな。」


 そう声をかけられ、翠雨と柊士のやり取りを目を伏せて聞いていた伯父さんが、静かに口を開く。


「では、私も此度の責任の一端を負い、亀島家の後始末を終えた暁には、日向の当主の座を降りましょう。跡目は正式に柊士に。」

「しかし、それでは……」


 粟路が珍しく口を開く。しかし、伯父さんは全てを言わさず首を横に振った。


「柊士をお願いします。粟路さん。」



 こうして、スッキリしない状態のまま、亀島家当主と日向家当主が責任を取る形で、一旦の事態の幕引きが行われた。


 妖界側は恐らく完全には納得していない。それでも、これ以上の責任追求はできず、釈然としない様子を見せながら妖界へ戻っていった。


 そして、こちら側。


 さっきも言った通り、まだまだ疑念の残る状態だ。それでも、この時はただただ事態を収束させたくて、皆がこれ以上探りようのない事柄を棚上げにした。そしてそれと共に、小さな違和感も見て見ぬふりをした。


 そのしっぺ返しは、それからしばらく後にやって来ることになる。


 これで全部が終わるなんて、そんな簡単な問題じゃ無かったんだ。

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